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第4話 濃ゆいやつらの帰還

 この世界に来て一週間が経った初夏のその日、俺は教会の敷地のすみっこにある農園をざっくざっくと耕していた。


「ひょお~! 異世界スローライフたまんねぇ~!」


 ただの鉄の鍬のくせに、ミスリル製かってくらい土によく食い込むもんだから、楽しくてたまらない。


 これってやっぱり、フィロが強化したやつか?


 本人は「いまどき流行らない」なんて言っていたけど、大した魔法だ。


 そう思いながら罪なきミミズを避けたときだった。


 青い視線を感じるなと思ったら、やはり聖女さまのお出ましだ。汗をふきふき、俺はニサンへと顔を向ける。


「よぉ! いい天気だなぁ!」


 何か思うことがあるのか、じとっとした目で俺を見上げる聖女さま。


「もう元の世界には帰れませんのよ!? ――もうちょっとみじめになさいまし!」


 その真実を知ったのは昨日の夕食のこと。やけにソワソワしているニサンに、「ずいぶんと遅い思春期だな?」とセクハラをキメたら八つ当たり気味に驚愕の真実を告げられたのだ。


 ……そうか、とも思ったけど。正直、俺にはもう戻る場所なんて残ってなかったんだよな。


 俺は思わず苦笑しつつ、手を動かす。


「みじめにしろってなんだよ。つーか、本当に気にしなくてもいいんだよ。俺なんてもう死んだも同然だったしな……」


 ――仮想通貨と株でぶっこいた俺に自己破産は認められなかった。つまりそれは、膨大な税金を払い続ける人生が確定したことを意味する。


 やけになった俺は蒸発し、身分を隠してドヤ街でその日暮らしをしていたわけだが――


 それと比べてこの異世界の自由ときたら!


「それならいいのだけれど……」


 しかしながら聖女さまは歯切れが悪い。


「どしたん? 話きこか?」


 そう軽佻浮薄にたずねてみても、どんよりとした顔でダウナーなことを言う。


「こんなところまで来てもらったのに……ご飯はいつもジャガイモしか用意できませんし……」


「……なんだ、そんなことか。まぁ貧乏教会なのはしかたねぇよ」


 ニサンさまに聞いたところによると、星導教会ってのはこの世界ではわりとマイナーな宗教らしい。


 他の宗教は神さまだとか英雄だとかわかりやすいものを本尊にしているのに、ただの星が信仰対象ってのは少しばかりプリミティブすぎるからだろうか。


 なんでも、星導教会を信仰してるのは、この町じゃ1割そこそこらしい。そりゃ寄付も集まるわけがない。教会が火の車になるのは必然だ。


「それに――これがあるしな」

 

 俺は併設された孤児院を見やる。いまはお昼寝の時間だから静かなもんだが、あと1時間もすれば8人のチビたちがあふれ出てきて、このあたりは戦場と化す。


 俺はニサンの頭の上に手を置いて、笑顔で言った。


「志が高いほどに生活はタイトになるもんだ。立派だぜ、お前」


 少し顔を赤らめて、もじもじとするチビ聖女。


 そう――こいつってば実は大したやつなのだ。ろくに奇跡も使えないのに、聖女の名を継いで孤児院まで運営している。


 金にがめつい奴だなと思っていたが、自分のためじゃないならそれは美徳だしな。


 俺は雰囲気を変えようと明るい声でたたみかける。


「そういえばあの猫侍って、ここの孤児院の育ちらしいな?」


 金色のつむじがすっと顔を上げる。


「ええ、びっくりしましたわ。まさか先代さまの元で大きくなっただなんて……」


 その先代さまの意志を継いで聖女となったニサンからすれば、義理の娘――いや、兄弟のようなものか。


 ふと、疑問に思って俺はたずねてみる。


「そういえばお前は聖女になる前は何をしてたんだ?」


 一瞬――ニサンの顔が曇った。


 日差しに照らされた金のまつげが、不自然に揺れているように見えた、そのとき。


「――聖女さまぁあああ!!」


 誰かが足音なく走ってきたと思ったら、俺が置いていたジャガイモ袋に引っ掛かって派手に転んだ。


「ふにゃあああ!?」


 噂をすればなんとやらだ。ごろんごろんとジャガイモと一緒に転がってきたのは――。


「「ミィャ!?」」


 俺とニサンの声が見事にかぶった。


 目を回しながらも、しゅばっと立ち上がり敬礼するミィャ。


「ただいまダンジョンより帰還いたしましたであります……!」


 十字星を切ってから、その場にひざまずくニサン。


「われら星の子をお導きくださったことを感謝いたします……!」


 いつものお祈りが終わったタイミングで俺は切り出した。


「で、どうだった?」


「それが……」


 泥や砂で酷く汚れた着物に、赤く塗れた包帯が巻かれた腕。目の下には濃いくまが出来ていて、少しやつれている。


 そのくせ目だけがらんらんと輝いていて――まさに戦場帰りといった姿だ。


「まぁ……生きて帰ってこれただけ、儲けもんだな」


 多少は俺も落胆しつつ、そう慰めたときだった。


「――大成功だにゃ!」


 と肉球ハンドでチョキを作るミィャ。思わずぽかんとしていると、教会の表のほうからどかどかと『薄明の輝き』のメンバーが走ってくる。


「――これ、おいしいよ」


 やけに甘ったるいイケメンボイスを出したのは重戦士だ。フルフェイスヘルムだからその顔は見えないけれど、なぜか俺の脳内では超絶イケメンになっている。


 担いでいた樽をどすんと俺の足元に置くと、目ざとく中身を確認したニサンが目を輝かせる。


「肉の塩漬け……!? しかもこんなにたくさん……!!」


 続いてやってきたのは初老の魔法使いだ。魔法使いらしいローブではなく、びしっとしたベストの上にマントというイケオジな姿で、しゅっと聖女の前に立つ。


「こちらもお納めくださいませ。ダンジョンの古城にて発見いたしました」


 優雅に一礼した魔法使いが置いた麻袋の中には、子供たちの服にするには上等すぎる布がぎっしりと入っている。


「まぁ……! なんて美しいのかしら……!?」


 そしてかなり遅れて最後にやってきたのは、ぜいぜいと息を切らす根暗な女神官だ。聖職者とは思えないゾンビみたいなオーラをまとって、ずるずると麻袋を引きずってきた彼女は――そのまま無言で袋をひっくり返した。


「へへ……私……こういうの、見つけるの得意だから……」


 どさどさと出てきたものを見て、歓声をあげるニサン。


「薬草に……毒消し草まで! ああ、感謝しますわ……!」


 ニサンが満面の笑顔でその枯れ木のような手を握ると、女神官は「にへらぁ」と妖しく笑いながら、ぼそぼそと言う。


「ああ……やわらかい……だめよ私ったら……異教徒の聖女だというのに……」


 俺はあっけに取られていた。もちろん、これだけの物資をダンジョンから持って帰ってきてくれたことにもだが――


 顔が見えないくせにイケメンが確定している重戦士に、いかにもな紳士の魔法使い、そして回復魔法で逆にダメージを受けそうな病み系女神官……。


 ――こいつら……キャラが濃ゆすぎ!!


 しかし聖女さまときたら肝が据わっていて、面々を見渡してぽろりと涙をこぼしている。


「みなさま……! なんとお礼を言えばいいか……!」


 その背中をさすりながら、ミィャが照れ混じりに笑顔で言った。


「聖女さま! この物資はまだ序章にすぎないでありますよっ!」


 こほん、と咳払い。


「――ダンジョンの第3層……あれは禁忌に触れた魔法使いの隠れ家でのことでありました。我らの前に立ちふさがる、魔法使いの叡智の結晶――鋼鉄のゴーレム!」


 突然始まった“語り”に、女神官が「ひゅぅううう~」と風の音のSEを入れる。その音に激戦を思い出したのか、あふれ出した涙と鼻水を「ずびびっ」とすする猫侍。


「しかしながら、我らは『薄明の輝き』。その胸から希望が消えることないのニャ! ――それがしの秘剣がきらめき、ゴーレムの心臓を見事に貫いたのであります!」


 重戦士がどこか遠くを見ながら「うん……貫いたのは僕の槍だけどね」と呟くが、誰も聞いちゃいない。


「そしてゴーレムの中から見つけ出した宝玉がこれであります……!」


 俺たちは思わず息を呑む。


 ミィャが懐から取り出したのは、水晶――というには眩しすぎる、極上の輝きだった。


 震える手でそれにそっと触れるニサン。


「まさかこれは――」


 うむ、とうなずいたのは紳士な魔法使いだった。


「――カタリナさまが金貨100枚の値を付けた、大粒のマナクリスタルです。これでこの教会もしばらくは安泰……!」


 金貨100枚つうと――日本円に換算して250万円くらいだ。


「まさか……こんなことになるなんて……!!」


 ニサンはぽかんと口を開けて、ふらふらとし始めてしまった。しかし、そんな彼女をさらなる衝撃が襲う。


「むっ。……さすが彼女だ。やはり来ましたか」


 魔法使いが何かを察して見やった先には、2頭立ての豪華な馬車。そこから出てきたのは、希少なブルーメタルの鎧に身を包んだ聖騎士のような女だった。


 ただそこにいるだけで――周囲の空気を変える“何か”を持ったその人物に、「ハッ!」と敬礼するミィャ。仲間たちもそれに倣うように、思い思いに最敬礼を捧げた。


 ただものではない女の佇まいに、俺は思わずニサンに尋ねる。


「お、おい……まさか貴族とかか?」


「いえ……でも、同じくらい重要な人物ですのよ。……彼女は――」


 ニサンの言葉を遮るように女は軽く一礼した。ベリーショートに刈り込まれた髪は、無駄のない実用一点張りのようでいて――その一本一本にまで、緊張感のある手入れが行き届いていた。


 どこぞの高級官僚――あるいは大手企業の女役人。もしくは――改革をもたらすラ・ピュセルか。


「ごきげんよう、聖女ニサンさまに――」


 じろっと油断なく俺を見据える。灰色の瞳の力強さに、思わず俺は身を竦ませる。


「君が――『投資家』のウォーレンだな」


 完全に呑まれつつも、俺は聞き返す。


「そうだが……あんたは?」


 女は少しだけ相好を崩して言った。


「私はエリザベート・レイヴンハート。この町の冒険者ギルドのマスターだ」

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