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第3話 付術師と猫侍

 まぁ異世界なんだから魔法くらいあるだろ、とは思ってたが――この世界の魔法はやけに“実用的”らしい。


 ニサンに連れられて入った店の名前は『アルケイン付術店』。


 見た目はちょっとくたびれてるけど、しゃれこうべやイモリの黒焼きが置いてあったりはしない。むしろ小奇麗で、ちょっとした小物屋の雰囲気だ。


 客のいない店内を進んでカウンターに向かうと、カウンターでうつらうつらしていた若い女が顔をぱっと上げた。


「ニサンさまじゃん! ひさしぶり~!」


 なんだ知り合いかと横を見ると、ニサンも笑顔だ。


「元気そうで安心しましてよ、フィロ。景気はどうかしら?」


 フィロと呼ばれた女は、肩をすくめて苦笑した。


「見ての通り閑古鳥だよ。……いまどき、付術なんて流行らないからね」


 俺はあらためて店内を見回した。

 

 背の低い棚には用途不明な色とりどりの石やカケラが、ひと盛りいくらで並んでいる。


 ……なんというか、イ〇ンにあるパワーストーン専門店のような雰囲気だ。俺ならつい冷やかしたくなるような佇まいだが、道行く人々はチラ見すらしない。


「今日は何の用かな。また鍬に“刃こぼれ防止”のエンチャントでも?」


 ニサンが例の鍵をカウンターに置く。


「これの“合い鍵”を作っていただけるかしら。十個ほど」


 とたんにフィロが前のめりになって、詰め寄るように言った。


「――ついに聖女をやめて冒険者になるの!?」


「そんな肉体労働の極み、私にできるわけありませんわ」


 軟弱宣言をしつつ、ニサンは話を戻す。


「それで、おいくらになるかしら?」


 フィロは鍵をじっくり観察してから、指を4本立てた。


「そう複雑な術式じゃないから、銀貨4枚ってとこかな」


 その瞬間、ニサンの目がバチィ!と見開かれ――


「これだから野蛮な異教徒はっ……! ああ星々よ! この強欲な異教徒に天罰を! メテオッ!」


 お得意の十字星ジェスチャーが炸裂。が、当然ながら隕石は降ってこない。


「はぁ……」とフィロの深いため息が響く。


「分かった分かった。先代さまにはお世話になったし、4枚でいいよ」


 後光エフェクト付きの笑顔がニサンに浮かぶ。


「なんと敬虔な……! ぜひ星導教会にご入会を! 異教との掛け持ちも大歓迎ですわ!」


 さっきまで「異教徒は滅ぶべし」みたいな顔してた人のセリフじゃない。


「はいはい、気が向いたらね。んじゃ、ぱぱっとやっちゃうからちょっとまってて」


 カウンターの奥に鎮座した何に使うのかわからないテーブルの上にフィロが向かうと、手持ち無沙汰になった俺はとなりの聖女に尋ねた。


「付術って、物に魔法を宿らせる技術ってことだよな。他には、どんな魔法があるんだ?」


 ニサンは指を折りながら答える。


「えっと……黒魔術、白魔術、それから召喚魔法ですわ」


「聖女ってことは、魔法も使えるんだよな?」


 そう聞いた瞬間、ニサンの肩がぴくっと震える。


「……やっぱ白魔術か? 回復とか、バフとか?」


 バンッ! と小さな手がカウンターを叩いた。


「馬鹿にしないでくださいまし!」


 うお、すげぇ迫力……! 聖女ってからにはもっとすごい魔法でも使えるのか!? 例えば神聖魔法みたいな!?


「そんなもの、使えるわけありませんわ!」


 ……言ってることと態度が一致してねぇ。


 脳の処理が追いつかない俺をよそに、フィロがカウンターに鍵を並べる。


「終わったよー! ばっちり転写しておいたからね。材料費はサービス」


 てっきり1個ずつ複製するのかと思っていたが、まとめて十個にエンチャントできるらしい。


「は、はえぇな……」


 そりゃあ“コピーのコピー”が出回るのも当然だ。俺はそう納得しつつもめちゃくちゃ嫌そうな顔で銀貨を支払ったニサンを小突く。


「んじゃ次はお前の番だな。『聖別』とやらを見せてくれよ」


 チッ、とガラ悪く舌打ち。


「これだから異教徒は……! 神聖なる『聖別』は見世物ではありませんのよ……!?」


「分かった分かった、偉大なる星々のみ使いの聖女さまよ、その奇跡にて我らを導きたまえ~南無~」


 五体投地の勢いで頭を下げてみる。最後らへんはめんどくなってかなり適当だったが、それでもいいらしい。聖女さまは「ふふん?」とまんざらでもなさそうだ。


「――刮目せよ! これぞ星々の奇跡なり!」


 鍵をむんずと握りしめ、目をきゅっとつむる聖女さま。するとそこに星々を思わせる輝きが集まり、鍵にス〇゛ルのパクリっぽい刻印が鍵に刻まれて――!


 ぐう~っ、と謎の音。


 そう言えばそろそろ昼飯だなぁと思いつつ、俺は真っ赤な顔をしているチビから鍵を奪い取る。


「おお。できてるじゃねーか。よし、次行くぞ次!」


 ちらっと横目で付け加える。


「おっと、勘違いすんなよ。次と言っても飯屋じゃねぇからな?」


「――縺。繧?▲縺ィ縲√>縺セ縺!?」


 うん、罵詈雑言すぎて文字化けしてるけど、なんか言い訳をしているのは分かった。


 ぽかぽかと卑劣な暴力を繰り返すニサンを受け流して外に出ると、半笑いのフィロが手を振る。


「まいどあり~! また来てね!」





 次に向かったのは冒険者ギルドだ。ファンタジーでおなじみの、“酒場とセットの荒くれ者の溜まり場”……ではなくて、役所っぽい石造りの堅牢な建物だ。


 カウンター越しに俺たちを出迎えたのは、ぽっちゃりとした受付嬢だった。


「まぁ、ニサンさま~。今日はご融資のご相談かしらぁ~?」


 甘ったるいその声を聞くなり、ニサンが心底嫌そうに顔をしかめる。


「出ましたわね……。食っちゃ寝エルフのカタリナ……!」


 なんちゅう呼び名だ。っていうか、エルフ……?


 まさかと受付嬢の顔を見てみると、丸っこい顔に尖った耳が張り付いている。言われてみれば、たしかにエルフらしくびっくりするくらい美形だ。……ぽっちゃりだけど。


「それでは借用書の方を――」


 カタリナが出した用紙を、ニサンがピシャッと払いのける。


「冒険者でもないのに冒険者ギルドから借りる必要がありまして? 戯れはそれくらいにしてくださいまし!」


「つれないわねぇ~。……それで、今日はどんなご用件かしら?」


 すこしばかりカタリナが表情を引き締めると、ニサンは合い鍵をカウンターの上に並べた。


「こちらを見てほしくてよ。――カタリナなら説明しなくても分かりますわね?」


「これはダンジョンの鍵ね……?」


「ええ、私が聖別した鍵でしてよ。これを冒険者たちに売ってくださいまし。そうね……銀貨8枚くらいでお願いしますわ」


 カタリナは鍵を手に取ると、じっと目を細める。


「――“鑑定”」


 その言葉に、俺は思わずニサンを見やる。


「な、なぁ、鑑定って、まさか……?」


 うんざり顔で唇を尖らせるニサン。


「そのまさかですわ。カタリナは見ただけで物の正体が分かる『鑑定』スキルを持ってましてよ。そのおかげで勤務は4時間、給料は倍。とんでもない罰当たりですわ……!」


 なぜかとても悔しそうなニサンをちらりと見たカタリナは、申し訳そうに鍵を置いた。


「ごめんなさいねぇ。未知のダンジョンの鍵は取り扱いでききないのよぉ……」


 予想していたのか、ニサンが小ばかにするように鼻を鳴らす。


「ふん。いくら“鑑定”スキルがあったって、ダンジョンの中に眠る財宝までは見通せませんのね」


「あらあら。確かに手付かずのダンジョンは魅力的だけれど、うちの冒険者たちに何かあったら困りますもの~」


 カタリナの言い分はごもっともだ。どんなダンジョンなのかもわからないのに、その鍵をギルドが販売するのは信用にかかわる。


「買ってくれそうなやつを探すか……」


 仕方なくあたりを見渡してみる。掲示板の前で依頼を吟味する者、買い取りカウンターにアイテムを並べる者……。


 誰から声をかけようか迷ったときだった。カタリナが意味ありげなウィンクを俺たちに寄越して、掲示板の一角を見やる。


「あら……あれは……」


 その視線の先にいたのは4人組の冒険者パーティだ。とくに変わったところはないが、人の好さそうな柔らかい雰囲気がどことなく滲んでいる。


「……あのパーティがどうかしたのか?」


 そう問いかけたときには、すでにカタリナはカウンターの奥だ。


「じゃ、わたし定時なので~。たのしんでねぇ、ウォーレンさん」


 って、名前バレてんのかよ。――俺が他の世界から来たことまでバレてないよな……?


 思わず引きつった顔になる俺をよそに、ニサンがぽつりとつぶやく。


「あの貧乏くさいパーティは『薄明の輝き』ですわね。ああ見えて、最近Dランクに昇格した新鋭ですのよ」


 俺たちの視線を感じたのか、そのなかのひとり――三毛猫みたいな女がこちらをちらっと見る。


 ――その次の瞬間。


「にゃっ!?」


 謎の奇声とともにこっちに駆けてきたと思ったら、ニサンの古びた法衣を見つめながらおそるおそる声をかけてくる。


「もしかして――星導教会の……聖女さまでありますか?」


 知ってるとは思ってなかったらしく、ニサンは驚いた顔でこくんとうなずいた。


「え、ええ。そうですわ。あなたは……?」


 猫耳も尻尾もピンと立たせて、ぴしっ! と見事な敬礼。


「――それがしは、冒険者パーティ『薄明の輝き《トワイライト・スパークル》』のリーダーであります! 人呼んで猫侍のミィャと申すでありますっ!」


 獣人で、職業は侍。一人称は“それがし”で、軍人みたいな敬礼と口調。そして――誤植っぽい名前。


 おいおい、情報量が多すぎんだろ……!


 思わず俺がこめかみに手を当てていると、ニサンは首をかしげてミィャに尋ねた。


「もしかして、どこかでお会いしまして?」


 ミィャは敬礼を解いて猫目をふっと細めた。


「その法衣は先代の聖女さまの物でありますね」


 ニサンは自分の薄汚れた法衣を見下ろして誇らしげにうなずく。


「そうでしてよ。それが……?」


「やはりそうでありましたか……! 先代さまには大変お世話になったであります」


 ミィャがうやうやしく一礼すると、ニサンは十字星を切ってそれに応える。


「あなたたちに、星々の導きがあらんことを……」


 神妙な顔でそれを受け取るミィャ。彼女の年齢は俺より下、ニサンよりは上ってところか。細身だけど、引き締まっていて、すばしこさと鋭さが同居している感じだった。


 だが――装備があまりにしょぼい。頭にあるのは兜というより鉢金だし、ぶかぶかの着物は擦り切れてしまっている。そして肝心の刀はというと、鞘の塗装が剥げてて木刀にしか見えない有様だ。


 まともな資金がないことは明らかだ。


 しかし、逆に言えば――だ。


 俺は、こそっとニサンに耳打ちする。


「ミィャのパーティは“Dランク”なんだろ。それってすごいのか?」


「大抵の冒険者はFかEで引退しますわ。若いうちにDランクなら、相当優秀ですのよ」


 なるほど……。ミィャたちはまさに“原石”ってことか。


「俺に案がある」


 小さくて薄い耳にそっと作戦を囁くと、ニサンは目をぱちくりとさせた。


「ほ、本気ですの……?」


「ああ、もちろんだ」


 ニサンはしばし逡巡したのち、財布からありったけの銀貨を取り出してミィャに差し出した。


「あなたに依頼がありましてよ。これはその前払いの報酬」


「にゃっ!? こ、こんなにでありますか……!?」


 猫目を丸くするミィャに、俺は合い鍵を差し出しながら。


「この鍵のダンジョンに行って、財宝をかき集めてほしい。ただし――」


 鍵を受け取ろうとしたミィャの手がぴたりと止まる。


「ただし……?」


「この鍵のダンジョンには、まだ誰も入ったことがない。――門をくぐったとたん、ドラゴンが口を開けて待ち構えている可能性だってある」


 ミィャは渡された銀貨をぎゅっと握ると、掲示板の前にいる仲間たちを見やる。


「な、仲間たちに聞いてもいいでありますか……?」


「もちろん」


 そそくさと仲間たちの元に戻ったミィヤが、手振り身振りを交えて相談しはじめると、俺はその仲間たちをじっくりと観察した。


 ――魔法使いに神官、それから守りの固そうな重戦士に、侍のミィャか……。


 目を細める俺を見て不安を覚えたのか、ニサンがおずおずと尋ねてくる。


「彼女たちに任せて大丈夫ですの……?」


 俺はニサンの肩に手を置いて言った。


「俺の投資家としてのカンが言ってる。あいつらは化けるぞ。――“テンバガー”だ」


「転売ヤー? なんですのそれ、炎上しそうな……」


「テンバガーってのはな、買ったときの10倍の値段で売れる株だ。つまり、ダイヤの原石ってことさ」


「カブ……?」


 不思議そうに首をひねった聖女さまは、最終的に「俺が間違っている」という判断を下したようだ。


「――ぷぷっ、野菜は勝手に増えたりはしませんわよ?」


 そっちのカブじゃねぇよ。


「カブじゃなくて株だ。もしかして知らないのか……?」


 それとも、この世界には株なんてものはないのだろうか。


 ギルドの中を見渡した感じでは、まだ産業革命も起こってないくらいの文明レベルだ。株式という概念がなくてもおかしくはない。


 株について説明しようかと口を開きかけたとき、ミィャがぴんと尻尾を立ててこちらに走ってきた。その顔を見れば答えを聞くまでもなかったが、あえて聞いてみる。


「早かったな。どうなった?」


「――その依頼、受けるであります!」


 俺はにやっと笑って言った。


「もう一つだけ頼みがあるんだがいいか?」


 何を言われるのかと、びくりと身を竦ませるミィャ。


「大したことじゃない。もしよさげなお宝を見つけたら、他の冒険者に見せびらかしてほしい」


「は、はぁ。それだけでいいでありますか……?」


「ああ。『聖女ニサンから買った鍵のダンジョンで手に入れた』ってな」

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