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98 人魚姫は新しい恋をする

 イチヒとリリーゴールドが個人船室にいるその頃、サフィールはネフェルスとロビーにいた。


《ね、ねぇサフィールは……やっぱり、イチヒのことが好き?》


 クリスタルスカルのネフェルスは、サフィールの周りをふよふよと浮遊している。なんだかいつもより落ち着きがなく、サフィールの周りをぐるぐると周回しながら。


「え? え?! 何の話?!」


 サフィールは、ネフェルスの声にびっくりしてまとめていた書類を床にぶちまけた。慌てて床にしゃがむと、書類を拾い集める。

 そこに、ネフェルスがふいっと飛んで近付いてくる。


《だって――いつも、眩しそうな顔でイチヒを目で追ってるもん! ウチ、知ってんだからね!》

「ネフェルスはよく見てるなあ……でも、違うよ。ぼくがイチヒを見つめてるとするならそれは、“憧れ”なんだ」

《“憧れ”?》


 ネフェルスが首を傾げた。不思議そうな声音。

 サフィールは照れくさいように笑って、続ける。


「うん。……ぼくも、イチヒがリリーゴールドを守るみたいに――ネフェルスを守りたい、ってそう思ってるから。

 強く……なりたいんだ、イチヒみたいに」


 最初はイチヒのことライバル視して、子供じみた張り合い方しちゃってたんだけどさ。とサフィールは苦笑する。

 昔から、強くなりたいと思ってた。

 でも、それは両親を見返したいって気持ちからきていて、強くなってどうしたいのか? それが、昔のサフィールにはなかった。

 今なら分かる。本当の強さは――誰かを守るために生まれるんだ。


 その瞬間、サフィールの隣に浮かんでいたネフェルスのクリスタルスカルが透明に輝き、解けるように溶けていく。

 解けた端から、白い指先が組み上がっていく。やがて光は小柄な少女の姿に収束した。

 宙に浮いていた彼女は、ふわり、と軽い足取りで床に着地する。

 その姿は――伝説に語られる、白銀の髪に白い尾ひれをもつ『人魚神』の姿ではなかった。

 サフィールより、少し背の低い小柄な身体。サフィールたち宇宙軍の黒い軍服に形を似せた、白い軍服のようなミニ丈のワンピースを着て、彼女は二本足で立っていた。

 白くウェーブした濡れた長い髪を揺らして、彼女は微笑む。くるんとカールしたまつ毛に彩られるその瞳は――サフィールと同じ、深海の青。


「ネフェルス……?」


 目の前で起きた『魔法』を、理解できないと言った顔でサフィールが見つめてくる。

 ネフェルスは、その小さく白い指先で、そっとサフィールの手を取り指を絡める。


「ねぇ、――ウチも一緒に戦う。

 もう一度、今度はサフィールの隣で生きたいの」


 そうして少女は、サフィールの頬に口付けを落とす。


「えっええっ……?!」

「そ、そーゆーことだから! ウチ……サフィールが、好き!」

「す、好きって……ぼくを?!」


 サフィールは、キスされた頬に手を当てて顔を真っ赤にしてネフェルスを見つめる。

 彼は実は、生まれてからずっと15年間勉強と鍛錬漬けの人生を歩んできていて、異性との接触なんてしたことがなかったのである。

 だから彼は、“守りたい”なんて言っておきながら、自分がネフェルスに抱く気持ちに、名前すらつけていなかった。


「覚悟しててよね! ウチ、絶対サフィールに好きって言わせてみせちゃうし!」

「……うん……でも、それすぐ叶うよ。

 ぼくを……好きって言ってくれたの、初めてだから……うまく言えるか分からないけど――」 


 サフィールは真っ赤になりながら、ネフェルスを抱きしめる。今度は、胸に収まりきる硬くて小さな骸骨じゃない。抱きしめた感触が女の子のそれで、ドギマギしてしまう。

 だから、さすがのサフィールにもこれが……恋なのだとすぐに分かった。

 今度はネフェルスが真っ赤になる番らしい。抱きしめられながら、サフィールを見上げる視線がしどろもどろにさまよう。


「えっ ??」

「ぼくも、きみが好きだ。絶対に守るよ」


 言いながら照れてしまったけど、サフィールはまっすぐにネフェルスを見つめて微笑む。

 ネフェルスは、照れ笑いしながらほろほろと涙を零していた。

 サフィールは困ったように、泣いてしまった彼女の頭を撫でながら、もう一度抱きしめた。

 


 サフィールは知らない。

 ネフェルスがどんな思いで、クリスタルスカルだった骸骨の身体を捨てて、新しい身体を得たのか。これは、3次元の存在からすれば、転生と同じだ。

 ネフェルスは、決意する。今度の人生では、ちゃんと好きな男に好きって言って、幸せに生きる!

 寿命が違うとか、そんなのどうだっていいし! 3次元のひとと結婚して幸せになったほうがいいとか、そんな遠慮なんか、もうしてやんない!

 もう一度、今度は好きな人と一緒に何十年だってちょー生きてやるもんね!

 

 思いを告げることすら出来なかった、過去の人魚姫はもういない。

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