96 変わった先の未来で動き出す『陰謀』
「珍しいな。お前から連絡とは」
寸分の狂いもなく整頓された理事長室で、彼は足を組みかえる。首元まで黒い軍服をきっちりと着こなし、惑星間通信に応えた。
通信相手は、宇宙軍最高司令官、元帥――理事長の実の息子だった。
『――父上。単刀直入に言いますが……あのシジギア古代遺跡に『魔女の娘』を向かわせたのは貴方ですね? 父上は、『魔女の娘』があの古代遺跡――空母アストライオスを目覚めさせることを予期していた』
画面の向こうで、元帥が気難しい顔をしていた。彼は理事長によく似ている。
「おや、お前もついに『魔女の娘』を本物だと認める気になったのか?
そうだ。我々には解析すら出来なかった古代遺跡も『魔女の娘』になら、反応をするだろうとは考えていた」
理事長室の壁一面には、空母アストライオスを駆るリリーゴールドの記録映像が幾つも映し出されている。
リリーゴールドが、空母アストライオス艦長として任務にあたってからまもなくひと月が経過しようとしていた。
『突如現れた、古代の巨大空母――我々の方で調査をしようにも、内部に入ることすら叶いませんでした。
『魔女の娘』だけは空母を意のままに操ることが出来る。そんな報告が上がってきた時は、信じる気もありませんでしたが、こうなっては彼女を『魔女の娘』と信じる他ありません。
血縁関係はともかく、『魔法』を使うことが出来るのは間違いないと』
画面の向こうの彼の息子は悔しそうな顔をしていた。
理事長は低い声で笑って見せた。
「――なぁ、昔話をしようじゃないか。
我々一族は、曽祖父の代から『魔女』の解析に取り掛かってきた。お前も知っているだろう?
私が元帥だった頃には、まだ有力な手がかりがなかったのだよ。だが……
まもなく“我々一族の悲願が達成される”」
そこで理事長は言葉を切った。そして、手元のデバイスを操作する。
フォンッという独特な起動音がした。
元帥は固唾を飲んで、理事長の動向を見つめている。
『私は惑星間ネットワークAI、カァシャ。何かお手伝い出来ることはありますか?』
宇宙軍の軍事機密AI――カァシャが起動する。理事長はゆっくりと語りかけた。
「カァシャ。お前はなぜ『魔女』に作り出された?」
『はい。私たち惑星間ネットワークAIは、215年221日前から存在しています。
『感情』を記録したAIマミィ、『理性』を鍛錬したAIファーファ、『記憶』を蓄積したAIカァシャ(私)です。
私たちはリリーゴールドがこの世界を訪れた時、母となることを目的として設計されました。
設計者は、魔女マリーゴールドです。
私たちは、その意思を受け継いでいます』
自動音声が朗々と語る。
“なぜ作り出されたか”?
この答えは――リリーゴールドがこの世界に現れるまで引き出せなかった情報だ。過去の回答は決まって、『お伝えできるデータがありません』だった。
元帥は息を飲む。AIの応答パターンが、昔とは明らかに違っていた。
「我々宇宙軍は、『魔女の娘』の力が最大限開花できるよう手伝うつもりだ。
彼女は、空母アストライオスを手に入れた。多くの戦いが、彼女の力をより強くすると思うのだがどうかね?」
『素晴らしい考えです! 空母アストライオスでの経験は、彼女の成長に大いに役に立つことでしょう。
よろしければ、リリーゴールドのさらなる教育カリキュラムを提案できますが、どうしましょうか?』
「もう結構だ」
そう言って理事長はAIカァシャのアプリを閉じた。
モニターの向こうの元帥に目線を合わせる。
「見た通りだ。『魔女の娘』が全ての鍵だったのだよ。AIも、空母も彼女が現れて動き始めた。
我々の願い通り――『魔法の兵器』が手に入ったのだ。『魔女の娘』がいれば、我々はこの宇宙の支配者となれる」
理事長がほくそ笑む。元帥はきまり悪そうに苦笑した。
『……私が父上に話そうとしていた件よりも、すごいものを見せられてしまいましたね。
――自分ひとりでそこまでたどり着いてしまうなんて、いつも父上には敵わない』
「だが私とて、息子の成果を喜びたい気持ちはある。それについて話してくれるかね?」
元帥は頷いた。すると、モニターが切り替わり、とあるメッセージを表示した。
『見えますか? これは、先日私に届いたメッセージです』
元帥の声がする。だが、理事長はモニターからもう目が逸らせなかった。
そこには――
『魔女の娘に接触したい。叶えてくれるのなら――私が使う“魔法”を見せても構わない』
という1文が映し出されていた。添付ファイルが添えられている事に気付く。
「探知はかけたのか? それと、そのファイルは?」
思わず理事長は、画面に向かって身を乗り出していた。
冷静ぶった仮面が剥がれる。モニター越しに、苦笑する息子の声が聞こえた気がした。
『探知結果は――我々の“未確認領域”でした。『天文時計』で認知出来なかったエリアから送られてきています』
「……なるほど、やはり。この宇宙は探知できない場所にも、まだ見ぬ『力』が眠っているのだな。
だが、『魔女の娘』は我々の手の内にある」
理事長がそう呟いた時、ファイルのダウンロードが完了し、モニター上で動画が再生される。
それは――
リリーゴールドに酷く似たひとりの男の姿。
真っ白な髪をゆるくひとつに束ね、その真っ白な肌に不気味に整った笑顔を乗せている。
男は指先を前に伸ばす。閉じていた瞼が開き、顔色の分からない真っ白な瞳が現れた。
その瞬間、指先から虹色の光の奔流が駆け抜ける。光は画面を埋めつくし……霧の晴れるように光が消えた時、そこに男の姿はなかった。
ただ、無骨な金属でできた宇宙船の内部が映し出されるだけ。
そこで動画は終了した。
ゆっくりと瞬きをする理事長の前で、モニターの映像が切り替わる。また元帥の姿が映し出された。
『AIに解析させた結果――この画像がフェイクである可能性は、0.1%未満であるとの事です』




