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94 それは『理想の未来』

 その瞬間、次に認識したのは――空母アストライオスの中だった。

 柔らかい光が、アストライオスのロビーを照らしている。

 ここはいつで、どこなんだろう?

 リリーゴールドの脳内がまわりの状況の演算を始める――


 その時、イチヒの怒号のツッコミが飛んできた。


「骸骨! てめえまたネフェルスに見張り押し付けたな?! 夜間の見張りは、睡眠の要らないクリスタルスカルで交互にやろう、って言い出したのお前だろー?!」

「落ち着きなよイチヒ……ね、ネフェルスも何か言ってやって」


 イチヒがセトに今にも飛びかかろうとして、それをサフィールが押しとどめる。

 リリーゴールドは、彼の軍服に光る階級章に目を留めた。――“少尉”の階級章が彼の肩を彩っている。

 

 そして、その隣にいるイチヒの肩にある階級章は、“中尉”……リリーゴールドは自分の肩を慌てて確認した。そこにある証は――“大尉”だった。胸元に目を降ろす。左胸に輝くのは、艦長を示すバッジ。

 ……『未来』が、変わっている。

 リリーゴールドは泣きそうになるのを、唇を噛んで耐えた。

 

 ――変わる前の過去では、アストライオスの乗組員は、たったふたり。

 “中尉”のリリーゴールドが艦長、“少尉”のイチヒが乗組員だった。サフィールは、一緒じゃなかった。

 でも今は――サフィールも、セトも、ネフェルスもそしてイチヒも。全員一緒にこの空母に乗っている。

 


 リリーゴールドは、バッとセトを振り向く。

 セトは意味ありげに笑っていた。そして、サフィールの隣に浮かぶネフェルスに視線を移す。

 ネフェルスは、全員をゆっくりと見回して――その骸骨の眼窩から、ほろり、と一雫の涙を零した。

 それを見てイチヒが、セトを指さして叫ぶ。


「あーッ!! こら骸骨!! ネフェルスを泣かしたな!!」

「そんなに嫌だったの? ごめん、次はぼくも一緒に起きて夜間の見張りするから、ね? 泣かないで」


 心配そうに、サフィールがネフェルスを覗き込む。ネフェルスはふるふると首を振った。


《ちがう、ちがうの、サフィール……ウチが泣いちゃったのは、嫌だからじゃなくって――

 へへ、でも今度から見張り、一緒に行って欲しいかも!》

「もちろん! ぼくと一緒に組もう」


 ネフェルスがふわり、と微笑んだように見えた。



 ――『未来改変』に、気付けるのは“4次元存在”だけ。

 過去の記憶を維持したまま、この未来にジャンプしてきたのは、リリーゴールドとセトとネフェルスだけだった。


 涙を溜めながら笑うネフェルスを、セトとリリーゴールドは優しく見つめる。

 あの時全てを諦めてしまったネフェルスは、もういない。


「骸骨! 元はと言えばお前がいつもいつも――!」


 あの日と変わらないイチヒの元気な声が耳に届く。リリーゴールドは、その光景に胸がいっぱいになる。

 ……『あたし』は『あたし』のまま、こうしてずっとイチヒの隣でバディをしてたかったんだ。

 頬に涙が落ちているのに気付いたのは、イチヒがオロオロとこちらを見てきてからだった。


「お、おいどうした、リリー? そんなにセトが嫌いか?」

《コラ小娘!!! 何を言っておる! リリーがセトを嫌うはずがなかろうが!!》

「なんだよそのふざけた自信は?! リリーの守護霊気取りの悪霊のくせに!!」

《ほーう、ではセトが悪霊よろしく呪ってやろう!!》


 飛び出してきたセトを、イチヒは綺麗にはじき飛ばした。

 慌ててリリーゴールドの傍に駆け寄ってくる。そしてそっと、肩に手を置いた。

 リリーゴールドは、肩に置かれたイチヒの手に自分の手を重ねる。掌から、生きている温かさが伝わってくる。


「あのね――イチヒ。信じられないかもしれないけど……」

「信じるよ。私は、リリーの話すことなら、なんでも」


 イチヒの強い声がした。リリーゴールドは、顔を上げる。

 そこには――意思の強い、輝くシルバーの瞳があった。


「うん! あたし――イチヒとまたこうやって毎日笑い合える未来を、選び直して……イチヒに会いに来たの!

 話せば長いんだけどね――」


 リリーゴールドが勢い込んで話し始める。

 それをイチヒが、いつもと変わらない顔で聞いてくれる。

 

「おう。なんだって聞くよ! そうだ、今夜の見張りは私たちで行こうぜ。夜通し聞かせてくれ!

 リリーが私の知らないところできっと、戦ってくれてたんだろ? なら私は聞いておかないとな。


 だって、バディだろ? ――私たち」


 イチヒがそう言って笑う。

 ……ありがとう、イチヒ。あたしたち、ちゃんと『笑い合える未来』を選べたよ。

 イチヒが記憶をなくしていても。

 あの時、ふたりで天文時計を使ったこと、あたしは忘れないから。

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