89 真の『黒幕』は誰だ?
「珍しいな。お前から連絡とは」
寸分の狂いもなく整頓された理事長室で、彼は足を組みかえる。首元まで黒い軍服をきっちりと着こなし、惑星間通信に応えた。
通信相手は、宇宙軍最高司令官、元帥――理事長の実の息子だった。
『――父上。単刀直入に言いますが……『魔女の娘』をわざとあのシジギア古代遺跡に向かわせましたね? 父上は、『魔女の娘』があの古代遺跡を目覚めさせることを予期していた……』
画面の向こうで、元帥が気難しい顔をしていた。彼は理事長によく似ている。
「おや、やっとお前のところまで『魔女の娘』の報告が上がったか。
そうだ。我々には解析すら出来なかった古代遺跡――まさか、空母だとは思いもしなかったが。『魔女の娘』なら、遺跡もなにか反応をするだろうとは考えていた」
理事長は、唇の端を吊り上げた。まるで状況を面白がるように。
画面の向こうで息子は、焦れるように父親を睨みつけてくる。
『父上……貴方はどこまで情報を掴んでいるのですか?』
だが、理事長は落ち着き払った笑みを浮かべるだけ。
「仕事の多い元帥とは違って、“理事長”は時間の融通が効くのだよ」
元帥は軽くため息をついた。ゆっくりと瞬きをすると、画面越しに父親をじっと見据える。
だが、理事長は息子を嘲笑するような笑みを薄く浮かべるだけだ。
『――では、『喋るクリスタルスカル』の件は?』
「『4次元存在の遺体』――だったのだろう?」
『……なんでもお見通し、という訳ですね。いつ知ったのですか、『4次元』のことを』
元帥はやれやれ、といった顔で肩を竦めた。
すると理事長は頬杖をつきながら、どこか懐かしむような遠い目をする。目元に深いシワが刻まれていた。
「――昔話をしようじゃないか。
我々一族は、曽祖父の代から『魔女』の解析に取り掛かってきた。お前も知っているだろう?
私が元帥だった頃には、まだ有力な手がかりがなかったのだよ。だが……
まもなく“我々一族の悲願が達成される”」
そこで理事長は言葉を切った。そして、手元のデバイスを操作する。
フォンッという独特な起動音がした。
元帥は固唾を飲んで、理事長の動向を見つめている。
『私は惑星間ネットワークAI、カァシャ。何かお手伝い出来ることはありますか?』
宇宙軍の軍事機密AI――カァシャが起動する。理事長はゆっくりと語りかけた。
「カァシャ。お前はなぜ『魔女』に作り出された?」
『はい。私たち惑星間ネットワークAIは、215年191日前から存在しています。
『感情』を記録したAIマミィ、『理性』を鍛錬したAIファーファ、『記憶』を蓄積したAIカァシャ(私)です。
私たちはリリーゴールドがこの世界を訪れた時、母となることを目的として設計されました。
設計者は、魔女マリーゴールドです。
私たちは、その意思を受け継いでいます』
自動音声が朗々と語る。
“なぜ作り出されたか”?
この答えは――リリーゴールドがこの世界に現れるまで引き出せなかった情報だ。過去の回答は決まって、『お伝えできるデータがありません』だった。
元帥は息を飲む。AIの応答パターンが、昔とは明らかに違っていた。
「我々宇宙軍は、『魔女の娘』の力が最大限開花できるよう手伝うつもりだ。
彼女は、空母アストライオスを手に入れた。クリスタルスカルとも出会ったようだ。『魔女』以外の4次元存在との触れ合いが、彼女の力をより強くすると思うのだがどうかね?」
『素晴らしい考えです! 空母アストライオスでの経験も、3次元での生活も、4次元存在との交流も彼女の成長に大いに役に立つことでしょう。
よろしければ、リリーゴールドのさらなる教育カリキュラムを提案できますが、どうしましょうか?』
「もう結構だ」
そう言って理事長はAIカァシャのアプリを閉じた。
モニターの向こうの元帥に目線を合わせる。
「見た通りだ。『魔女の娘』が全ての鍵だったのだよ。AIも、空母も彼女が現れて動き始めた。
我々の願い通り――『魔法の兵器』がまもなく手に入る。『魔女の娘』がいれば、我々はこの宇宙を、いや3次元だけじゃなくいずれ4次元まで含めた全宇宙の支配者となれる」
理事長がほくそ笑む。元帥はきまり悪そうに苦笑した。
『……私が父上に話そうとしていたデータよりも、すごいものを見せられてしまいましたね。――自分ひとりでそこまでたどり着いてしまうなんて、いつも父上には敵わない』
「だが私とて、息子の成果を喜びたい気持ちはある。そのデータについて話してくれるかね?」
『もちろんです。――『魔女の娘』およびクリスタルスカル2体のDNA鑑定が完了しました。
遺伝子配列は一見人類のものでしたが……中身は空でした。模倣と考えるべきでしょう。
我々3次元生命体のものでは無い、とみて良いかと』
元帥は、そこまで語って一瞬、ためらった。
そして、慎重に口を開く。
『――それともう一つ。
……我々の未観測領域より、“ある存在”が我々宇宙軍に接触してきました。正体も、目的も曖昧なまま、ただひとつ、“魔女の娘と接触したい”と。
……判断するには材料が足りません。父上のように“裏”を読むには、もう少し経験が必要なようで。
私としては、まだ静観を貫くつもりです。またわかり次第、追って連絡します』
それを聞いた理事長の瞳が鋭くなる。
元帥はそれ以上の詳細を語らなかった。息子の目は、もう子供と侮るにはあまりに強い色をしていた。
通信は、そこで静かに切れる。
理事長はひとり、沈黙の中で目を細める。
「……ふふ、ふははははは! やはり、動き出したか! “魔女”を巡る、この宇宙の狂騒が……!」
いつまでも煮え切らない息子も、今回ついに『私側』に堕ちてきたようだ。
――お前にも、私と同じ一族の血が流れている。
私と共に、世界を統べるのだ。
理事長は、ほの暗い笑みを浮かべる。
背後のスクリーンには、いつかのドローンが捉えたリリーゴールドの姿が映し出されていた。
彼女の金色の瞳は、まるでこちらを射抜くかのように光っていた。




