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8 今だけは、ひとりぼっちの『太陽』を守りたい

「ではこれより3回戦を開始する!」

 

 グラヴィアス大佐が叫び、最後の残る4人の新入生が前に集まる。


 

「よーし、あたしもイチヒにかっこいいとこ見せるからねー!

 ちゃんと見ててねー!」

 

 グラヴィアス大佐がお決まりの金属を褒める口上を述べる中、リリーゴールドは後ろに立つイチヒに話しかけてくる。

 

「ふふっ、ああ。ここでちゃんと見てるよ」

「うん!  イチヒがメキメキのベコベコにしててかっこよかったから、あたしもぶっ倒してくる!」


 タングステン部屋の扉が空いて、リリーゴールドは笑顔で手を振ると扉の中に消えた。

 

 イチヒは教官陣と一緒になって、ずらりと並んだモニターに目を向ける。

 イチヒだけじゃなく、多くの新入生もリリーゴールドの戦闘を見ようとモニターに集まってきた。

 

「あいつだろ……『魔女の娘』って……」

「まさか本当に……神話の魔女の娘なのか?……」

「……おかしいだろ、そんなわけない……」

 

 新入生のざわめきを背中で聞きながら、イチヒもふと考える。

 

 ――リリーが『ママは魔女で間違いない』って言ったんだ。

 あいつは嘘をつくようなやつじゃない。

 でも……

 

 

 地球の神話で『魔女』が語られるのは超古代文明時代だ。アンティキラ装置やバクダッド電池など――オーパーツ――たちは、魔女がもたらしたと言い伝えがある。

 これは今から数えておよそ1万年前のこと。

 

 ――魔女は1万年以上生きているのか……?

 

 イチヒはリリーゴールドの言った、『ここじゃない世界』について思いを巡らせた。時間の流れが違うのだろうか?

 いつかリリーに聞いてみよう……と考えたところで、また理事長の顔が脳裏にチラついた。

 私は……あと何回リリーを裏切らなければならないんだろう……

 


 今から見るテストだってそうだ。

 リリーは私をヒーローだと言ってくれたのに。

 私はこれから見る光景を、『報告』しなきゃならない。

 こんなの……全然ヒーローじゃない。


 

「うぉおお!  まじかよ……!」

「なんだあれ……!!」

「『魔法』……なのか?……」

 

 考えに沈んでいたイチヒの意識が、一瞬にしてモニターに引き戻される。

 そこには、真っ青に燃え盛るリリーゴールドの姿があった。


「は?!  何してんだ?!」

 

 イチヒは息を飲む。

 

 リリーゴールドはモニター越しに金色の目を細めて、笑った。

 モニターから音は聞こえない。

 リリーゴールドは、その真っ白な長い髪を触手のようにアンドロイドに巻き付けて引きずり倒すと、アンドロイドを抱えたまま青白く燃えていた。

 じわじわとチタン合金のアンドロイドのボディが高熱に晒され、金属光沢を失い灼熱の白い液体に溶け始めていた。

 リリーゴールドの身体から炎が放出される。

 マグマが沸騰するみたいに炎が小刻みに弾けていく。

 

 イチヒは、惑星間列車に乗りながらいつか見た、宇宙空間にある太陽を思い出していた。

 巨大な炎の塊から、太陽フレアがボコボコと噴出して弾けていた。

 

 ――綺麗……

 そう思わずにはいられなかった。

 

「そうか!  ……太陽の力……」

 

 イチヒは口の中で小さく呟く。入学する前、噂で聞いたのだ。

 『魔女の娘』は『太陽の力』が使える。

 ――だからいつも発光しているのだと。

 あの時はなんて荒唐無稽な話だ、と思っていた。

 せいぜいが、発光していることへの例え話だろうと考えていたのだ。

 

 だが目の前で、リリーゴールドが金属を溶かす炎を纏っている。

 

 ……リリー、お前は何者なんだ……?

 本当に、太陽の力が使えるのか?


 

「やばいぞ――!  ズモルツァンドを止めろ!」

 

 モニタリングしていた教官たちが慌てて叫ぶ。

 

「――高濃度の放射能を確認。――タングステンが、溶けています!」

「まさか……タングステンを溶かすことが出来るわけが無い……!」

「生徒の避難を――!」

 

 その声にイチヒもモニターから目を離し、目の前のリリーゴールドが入っていったタングステン部屋を直視した。

 

 ――宇宙最強の金属が、溶けていた。

 タングステンは白く発光しながらじわじわと金属光沢を失い、液体へと変わる。

 そして空気に触れたところから、ボロボロと白い粉に変貌して崩れていく。

 

「――嘘だろ、タングステンは宇宙で一番融解温度が高いんだぞ……?!」

 

 イチヒは己の目を疑った。

 タングステンはその高温耐性から、宇宙船のエンジンにも使われる金属である。

 そのタングステンを易々と溶かせるほどの高熱なんて――

 太陽くらいしか、思いつかない。


『リリーゴールド・ズモルツァンド!  テストは完了だ!  今すぐ炎を消しなさい!!』

 

 グラヴィアス大佐が顔面蒼白になりながらスピーカーで叫ぶ。金属特性を詳しく知る彼女が慌てるのも無理は無い。

 リリーゴールドが本当に太陽の力を持つなら――あの炎は大量の放射線とガンマ線などを含むはずだ。

 放射能に強いイチヒの身体ならともかく、金属細胞を持たない生身の人間には致命傷になりうる。

 

「グラヴィアス大佐!……タングステンから、放射能が漏れ出ています……!」

 

 モニタリングする軍人達が慌てて叫ぶ。

 イチヒも固唾を飲んでモニターを見守る。

 突然、計器の数値が一斉に0を指して止まった。


 ドォン……

 溶けかけて立て付けの悪くなったタングステン部屋の扉を蹴り飛ばし、リリーゴールドが現れた。

 

 その姿はテストが始まる前とどこも変わらず真っ白で、その白い髪一筋も焦げていなかった。

 しかし彼女の足元には、ほとんど溶けて原型を失ったアンドロイドが無造作に打ち捨てられている。


 

「……リリーゴールド・ズモルツァンド。……テスト完了。規定時間内にAI戦闘アンドロイドの機能を停止させた。


 記録――完璧な破壊による勝利」


 

 グラヴィアス大佐の声も、心なしか動揺しているように聞こえる。

 モニタリングしていた教官陣も、リリーゴールドを見定めるように厳しい顔だ。

 モニターに群がっていた新入生たちも、リリーゴールドを恐れて遠巻きにしている。


 リリーゴールドはゆっくりとこちらへ歩きながら、キョロキョロとあたりを見回す。

 異様な空気に包まれているのを感じとったのか、その巨体を居心地悪そうに竦めた。


「っ……!」

 

 イチヒの脳内には『任務』の文字があった。『太陽の魔法』を使ったことを報告しなければならない。

 だが――


「おつかれ、リリー!」

「イチヒ!」

「かっこよかったぞ」

 

 テストを終えた友人を抱きしめる。

 彼女がしてくれたように真似したかったのだが、リリーゴールドが大きすぎて包み込むようなハグはできなかった。大木にとまる蝉のようになってしまった。

 格好がつかないのも悔しいので、背中にまわした手でリリーゴールドをばんばんと叩くように労う。

 

「……うん!  イチヒみたいにぶっ倒したー!」

「おう、……綺麗な炎だったよ」

 

 イチヒが褒めると、彼女は子供みたいにえへへと笑った。


 イチヒは意識的に、頭から『任務』のことは追い出した。

 この場でイチヒまで傍観者に徹してしまったら、誰がリリーゴールドのそばに居てやれるんだろう。

 誰が、彼女のことを『ひとりの人間』として見てやれるんだろう。


 この異質な友人を、今はひとりぼっちにしたくなかった。

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