選ばれし二人
「さて、以上で本日の『技力測定テスト』を終了する! 午後からは基礎訓練だ。しっかり励めよ!」
グラヴィアス大佐が朗々と叫ぶ。白い歯でニカッと笑って敬礼した。
新入生たちも習って敬礼で返す。
「ズモルツァンド君! ヴェラツカ君! 君たちはその場に残れ」
教官に呼ばれ、二人は顔を見合せた。
「どうしようイチヒ……タングステン部屋壊したの怒られるのかなあ……」
「それだったら私まで巻き添え食うのおかしいだろ……」
「あ、そっか。じゃあアンドロイド壊したからかなあ……」
「……確かにそれだったら私も壊したな……」
「アッハッハ! 諸君らはもう絆を築いたようだな!」
グラヴィアス大佐が快活に笑って再び現れる。
「安心したまえ。諸君らを呼んだのは、叱るためではないよ。――私は、諸君らを今年の銀葬先鋒隊に推薦しようと思う!」
「なっ……?! 私たちが?!」
イチヒは思わず息を飲む。銀葬先鋒隊と言えば、宇宙軍の最精鋭集団だ。そこに、私たちが推薦されただって――?
教官は先程のモニタリングしていたエリアに歩いていく。様々な計器の前で、小柄だが筋肉質の男が立っていた。彼の肌は薄水色の鱗に覆われている。どこかの異星人なのだろう。
「僕から説明させていただきます。先程のテストでは、AI戦闘アンドロイドのダメージ計測を任されていた、セルペンス中佐です」
すっと美しい動作で敬礼する。彼はすぐにモニターに目を移した。
「毎年、銀葬先鋒隊選抜はAI戦闘アンドロイドに対して規定パーセント以上のダメージを与えたかが基準となります」
端末を操作すると、モニターに映し出された数値が円グラフに切り替わる。
円はピンク1色で塗りつぶされ、右下に『ダメージ率100%』と書かれている。
全く同じデザインのグラフが2つ並んで表示されていた。
「お二人のAI戦闘アンドロイドに対するダメージは……100%です。完全破壊を成し遂げる方は珍しいです」
「そこで私と中佐で諸君らを推薦することに決めたのだ!」
「僕たちの一存で決まる訳ではありませんが……可能性は高いと考えます。銀葬先鋒隊は――有事の際の先鋒隊です。」
「さよう! 戦争になったら、真っ先に突っ込む部隊って訳だ。必要なのは何より、圧倒的な攻撃力!」
グラヴィアス大佐と、セルペンス中佐は交互に説明するとじっと二人を見つめてきた。
「本決定が降りるのは、1ヶ月後です。その後、候補生として最終選抜訓練に参加していただきます。それまでは他の新入生と同じカリキュラムに参加してください」
「うむ! また会えるのを楽しみにしているぞ〜!」
「リリー、どうしよう……推薦枠貰えたぞ……!」
イチヒは高揚感を持て余していた。今回のテストが将来に響くと言われた以上、出来るだけ功績を挙げたいとは考えていた。まさか三枠しかない銀葬先鋒隊推薦枠を貰えるとは思っていなかった。
だが……つまりそれはめちゃくちゃ危険な任務をやるってことだ。イチヒはにやける顔を意識して引きしめた。浮ついた気持ちでこなせる任務じゃないはずだ。
「やったねーイチヒ! 二人とも受かればずっと一緒だね!」
リリーゴールドも上機嫌でニコニコとしている。だが、リリーゴールドはこの功績をどれほど理解しているのか怪しかった。単純に、イチヒと一緒なことに喜んでいるように見える。
なんだか照れくさくなって、イチヒはリリーゴールドから目を逸らした。
「と、とりあえず昼飯だ! 午後の基礎訓練、張り切らないとな!」
「うん! 何食べようかなあ」
リリーゴールドの呑気な声を聞きながら、イチヒの心に陰りが落ちた。
――リリーのテスト、本当にただの高評価だけだったのか……?
胸の奥が不穏な予感でざわついていた。
――はしゃぎながら歩き去っていく二人の少女の背中を見送る者たちが居た。
グラヴィアス大佐とセルペンス中佐、それから先程のテストをモニタリングしていた軍人たちだ。
「――良かったのですか、大佐」
セルペンス中佐が強ばった声で呼びかける。
「なんだ、お前だって『戦闘力』ならあの二人に文句はあるまい?」
グラヴィアス大佐は豪快に笑って見せた。だが、目には鋭い光が宿る。
「ですが……」
言い淀むセルペンス中佐に、周りの軍人たちから賛同の声が上がった。
「確かに中佐の懸念も分かる……」
「ズモルツァンドが、果たして我々の救いとなるか…あるいは破滅となるか」
「俺は……賛成しかねます。彼女の力は――味方をも殺しかねない」
「アレは、危険すぎる――!」
「ごちゃごちゃ言うでない!」
その場にいた軍人たちの意識を、グラヴィアス大佐の大声が割った。
彼女は、この場で最も高ランクの肩書きを持つ。
誰も本気では彼女に逆らえない。
「先程何度も議論して、我々は彼女らを推薦すると決めた。一度決めたのなら文句は言うな。
文句があるのなら――然るべき手段をとって異議申し立て書を提出しろ」
「どんな力も使い方次第で、正義にも悪にもなる。
私達は――彼女をきちんと導いてやるだけだ。返事は?!」
グラヴィアス大佐の声に、セルペンス中佐含め一同はビシッと揃って敬礼した。
「「「「「アイアイ・マム!!!!」」」」」
軍人たちを見送ったあと、セルペンス中佐を伴って撤収作業にあたるグラヴィアス大佐は、思案深げに眉間に皺を寄せる。
「大佐。眉間に皺がよっています。……彼女たちが気がかりですか?」
セルペンス中佐がりんと澄んだ声で話しかける。
「ううむ……。中佐、私に『魔女の娘』を導けるだろうか?」
「おや、あのあなたが弱気ですか? 珍しい」
「からかうでないよ! だが――まだほんの子供なのだよ」
グラヴィアス大佐は、無邪気に喜ぶ二人を思い出していた。『魔女の娘』もその『友人』も。
リリーゴールドの力が異質すぎるがゆえ、その陰に隠れがちだが、あのタングステン一族のイチヒも十分に恐ろしい戦力になりうる。
タングステン一族は……金属星人切っての騎士家系。本来その特権故に、彼らの星であるメタルコアから出てくることは無いが、この宇宙において殆ど敵なしの身体特徴を持つ。
――宇宙軍は、子供の未来などお構い無しに彼女たちを使い潰しにかかるだろう。それだけ、利用価値のある力だ。
――せめて、あの子たちの未来に、救いがあらんことを。
グラヴィアス大佐はこっそりと目を閉じて祈った。