87 この空母、住めるんですけど
その晩リリーゴールドとイチヒは、空母アストライオスの住居エリアにいた。
宇宙軍本部に、クリスタルスカルの件を報告した結果、その場での待機命令が出たのである。
大佐たちは、アストライオスのロビーでまだなにやら会議中だった。先にリリーゴールドとイチヒが、住居エリアの確認に任命されたという訳だ。
探検を兼ねて、個室の扉を開けては中を覗き、扉を閉め、また次の扉を開けて……を繰り返している。
部屋に顔を突っ込んで中の様子を確認するリリーゴールドの背後で、イチヒがずっと思っていたことを口にした。
「なぁ、5000年も経ってるのに綺麗すぎないか?」
「……確かに、全然黄ばんでもないね」
するとシュンッと、浮遊するクリスタルスカルのセトが2人の元に飛び出してきた。骸骨をカチカチ言わせて叫ぶ。
《良い質問であるな! この空母アストライオスの核となるのは『4次元の不変エネルギー』なのだ。だからアストライオスは、3次元においても『不変』の存在である》
セトの偉そげな返しに、イチヒが少し考えた顔をした。
「なぁ、“不変”ならなんで地上から見えた『遺跡』のアストライオスはあんなにボロボロだったんだ? どっからどう見ても、経年劣化の古代遺跡って貫禄だったぞ」
アストライオスは長年、惑星シジギアの山にある古代遺跡だと思われていたのだ。
山の中腹に、白っぽい崩れかけの古代迷宮遺跡が露出して見えた。実際には山だと思っていた部分も含めて、この空母アストライオスだったわけだが……
実際初めて足を踏み入れた時を思い出しても、崩れて貫禄のある石造りの階段を歩いた記憶がある。
《外側には不変エネルギーの力が及ばないのでな。あくまでも不変の力は内部のみに作用する》
「……なるほど。じゃあ外にいたガーディアンロボットだけ錆びていて、操縦席の周りにいたガーディアンロボットが錆びていなかったのも……」
《小娘、意外と頭が良いであるな! そう、外にいたガーディアンロボットたちには、不変が作用していないのだ》
「意外ってなんだよ!! でも、それなら腑には落ちる」
セトとイチヒの話す声を聞きながら、リリーゴールドは瞳孔を開いてじっと空間を凝視していた。原子を見る目が、空気の構成を洗い出していく。
……ほんとだあ、ただの空気だと思ってたけどこれ、『4次元』の酸素とか二酸化炭素が充満してるう。
4次元の物質は、状態変化が起こらない。気体として生まれた物質は永遠に気体のまま、液体や固体に変化することがない。
ここにあるのは、5000年前の空気だ。
「大隊だけで使うには広すぎるねえ」
そう言ってリリーゴールドは、覗いていた部屋の扉を閉めた。ここまで探検した部屋の数は15部屋。
間取りは全部同じだった。部屋は皆同じ真っ白でツルッとした壁と、簡素な白いベッドがおいてあるだけだ。
しかもまだ、廊下の先には何部屋もある。
「だがまあ……ほかに乗組員もいないしな」
イチヒが答えた瞬間、クリスタルスカルがバッと飛び出してくる。
《セトもいるであろーが!》
「でも頭しかないだろ」
イチヒの短いツッコミに、セトはわなわなと震える。
《差別であるぞ小娘!! 首から下が揃っているからと言って偉そうに!!》
「今は部屋の広さの話をしてるんだよ!! 首から下が揃ってるやつと、頭しかないやつでは使う面積が違うわ!!」
「ていうかセト……個室欲しいの?」
イチヒとじゃれるセトに、リリーゴールドは小首を傾げて尋ねる。
じゃれてる、なんて言ったら2人とも怒りそうだけど。
《うむ! セトはいつもリリーゴールドの肩にいることにした! 個室はいらん!》
セトは骸骨なのに、どんな表情をしているのかわかりやすいから不思議だ。今もきっとない胸を張って、ドヤ顔で威張ってるに違いない。
間髪入れずにイチヒが噛み付く。
「肩にいるな!! 守護霊気取りかよ?!」
《キィ!! 小娘だっていつもリリーゴールドの隣にいるではないか!! セトが肩にいるくらい寛大な心で許さんか!!》
「友人に取り憑く骸骨のことを、寛大な心で許すやつがどの世界にいるんだよ! どっちかて言うとお前、悪霊に近いからな?!」
《なんだと?! セトが軍神として、みなに愛されていた姿を見せられないのが、残念で仕方ないわ! 悪霊呼ばわりしたこと、今に後悔させてやる!》
――やっぱり、仲良しさんだよねぇ。
リリーゴールドは、ふふふと笑ってイチヒとセトのやり取りを眺める。
この広い空母も、賑やかな声に包まれれば寂しくない。
「じゃあ、あたし今日はこの部屋で寝ようかな!」
リリーゴールドは、適当に選んだ個室の扉を開ける。どうせここまで確認してきて、全部同じ部屋だったのだ。どこを選んでも大差はない。
案の定、開けた扉の向こうに広がる部屋は、さっきまで延々見ていた他の個室と、全く同じ佇まいだった。
するとイチヒが隣の部屋の扉を開ける。
「じゃあ私はここだな」
「となりー!」
「おう。なんかあったら呼べよ! じゃ、私は大佐たちに報告に行くから」
イチヒとやり取りを交わして個室に入る。扉を閉めようとしたその瞬間、セトがリリーゴールドの部屋に入ろうとした。
「おい骸骨! お前はエンジンルームで見張りの約束だろ?! “クリスタルスカルとなったセトに睡眠など不要!” って偉そうにしてただろうが!」
イチヒが身を乗り出して叫ぶ。
《チッ……》
「おい聞こえてんぞ」
《何のことであるかセトわからん〜》
そうしてセトはふわ〜っと浮かびながら、リリーゴールドの個室を出て廊下を進んでいく。
セトの後を追うイチヒが、また何か叫んでいる。
リリーゴールドは、イチヒとセトの姿が廊下の曲がり角から見えなくなるまでその背中を見送っていた。




