86 『魔法』じゃなく、『魔女の娘』に価値がある
「――なるほど、ではあなた方は私たちの星々に語り継がれる“伝説”に登場する神々本人で、その正体は別の世界――『4次元』から来た人類であると」
これまでの話を、セルペンス中佐がまとめあげる。確認するように、目の前に鎮座するクリスタルスカル2体に話しかけると、それぞれが応答した。
《その通り! セトは4次元より来て、この世界で『軍神』と呼ばれたものなり!》
《ウチはねぇ、神じゃなくてただの人魚〜! でも今は伝説になってるっぽいよ!》
「はぁ……これはある意味、『オーパーツ』よりも偉大な発見ですね」
セルペンス中佐は頭痛を抑えるように額に手をやる。
隣で見ていたグラヴィアス大佐が豪快に笑った。
「アッハッハ! これは愉快なことになってきたな! オーパーツ以上の大発見だ!
――ところで、ズモルツァンド中尉。お前もこの話を知っていたな?」
「イエスマム。――だってあたしも、4次元から来てます」
さらりと答えるリリーゴールドを見て、またグラヴィアス大佐が笑う。
「そうかそうか! で、なぜ話さなかった?」
「聞かれなかったので……?」
リリーゴールドがきょとんと首を傾げた。
イチヒはその様子を見ながら、内心胃が締め付けられるような焦燥感に襲われていた。
――この話、ここまで来たら隠し通せないけど……理事長や、元帥が知ったらまずいんじゃないか?
イチヒは『魔法』については過去、理事長に報告していたが『4次元』については報告していない。
それは、リリーゴールドのスパイをやっていた時に、4次元に関する確証がなかったからだが……
宇宙軍はおそらく、リリーゴールドたちの『魔法』の力だけではなく、彼らの『知識』さえ兵器にしていくはずだ。
だが、イチヒの心配をよそに4次元由来の生命体3人は底抜けに明るい。
彼らにとって『4次元』は当たり前のもので、宇宙軍がその情報をどう扱うかなんて、思い至りもしないんだろう。
「4次元の人類本人の思念体ならば、オーパーツとして回収するわけにはいかないだろうな!」
グラヴィアス大佐は、どこか面白がっているように見える。だが、セルペンス中佐は思い悩んだ顔をしている。
「ですが……“これ”が本当に人類の遺体なのか、現状では証明できません。DNA鑑定に回すべきでしょう。
その上で、思念体なのか、遺体に組み込まれたAIではないのかを解析する必要がある」
セルペンス中佐の言葉は冷たかった。だが、軍人としては最も正しい意見のように思えた。
それを聞いていたセトが怒ったように骸骨をカチカチと鳴らす。その隣で、ネフェルスも拗ねたように空中で揺れる。
《不敬だぞ小童! セトは本物だと言っておろうが!》
《AIじゃないもーん!》
ブーイングをかますクリスタルスカルたちを横目に、カヴァーレ少尉がぽつりと呟く。
「――でも、『クリスタルスカル』って2人の他にもあるって事っすよね? じゃないと、こんなに伝説として有名になるわけない」
その呟きに、グラヴィアス大佐が答える。
「ああ、カヴァーレ少尉は知らなかったな。君がうちに入る前に、クリスタルスカルは既に軍でいくつか収集している」
「ええっ?! 本当っすか、大隊長!! なんでその情報、もっと早く教えてくれなかったんすか〜」
「アッハッハ! 解析の済んでいない用途不明のオーパーツは、機密事項だからな! おいそれと話すわけにはいくまいよ!」
カヴァーレ少尉は、残念そうな顔でオーバーに悔しがる。それを見たグラヴィアス大佐は豪快に笑う。焼けた肌に白い歯がよく似合っていた。
「えっじゃあ……13個集めてる最中ってことすか?」
「残念ながら、うちの管轄外だ。大隊の任務はあくまでも“オーパーツの回収”までだからな。解析や運用に関わるのは別の隊だよ」
2人の話を聞いていたクリスタルスカルのセトが、空中を浮遊してグラヴィアス大佐のそばまで移動する。
《そのクリスタルスカル……誰だったのだ? 話した者はいないのか?》
「いや――残念だが、骸骨が喋ったのは諸君らが初めてだ」
グラヴィアス大佐は、傍らのクリスタルスカルに向かって首を振った。
《そうか……同胞に会えると思ったが……セトがっかり》
しょんぼりとするセトの頭蓋骨に、ネフェルスが近付いてくる。
《うちがいるじゃん! セトち!》
《それもそうであるな! マリーゴールドの娘もいる事だしな!》
《えっ?! うそまじ?! 聞いてないんだけど! どこ?! 誰?!》
ネフェルスの頭蓋骨が、キョロキョロとあたりを見回す。そこで、リリーゴールドがにへらと笑いながら元気よく手を挙げた。
「あっ、はーい! あたしがママの娘の、リリーゴールド・ズモルツァンドです!」
《えー?! まじじゃん! よろしくね、ちゃんリリ!》
4次元存在たちがはしゃぐ中、セルペンス中佐とイチヒの顔色だけが暗かった。
「この件は――元帥に報告して判断を仰ぎます。おそらくリリーゴールドも、同じく解析を受けることになるでしょうね」
「リリーは……どんな目に遭うんですか」
「……わかりません。なんせ、本物の魔女の娘が現れたのは有史以来初めてのことですから」
イチヒは、クリスタルスカルたちとはしゃいでいる友人の姿を見つめていた。
出来ることなら、命令に背いてでも、理事長に嘘をついてでも、彼女の本性を軍に隠し通したかった。
ただの、不可思議で解析不可能な『魔法』で終わりにしておけば、彼女のアイデンティティまで暴かれることはなかったかもしれない。
――私は、リリーを兵器にさせたくないのに……!
でも、リリーゴールドにとって魔女は実在した自分の母親だ。4次元にルーツのある自分は、きっと彼女にとっての誇りで、アイデンティティなんだ。
だから隠す気なんてないんだろう。
……きっとリリーは存在ごと軍に利用される。
イチヒは先の見えない迷路に迷い込んだ気分だった。




