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84 その古代都市は、『魔女』の祈りで出来ていた

 サフィールは、隣に浮かぶネフェルスのクリスタルスカルと一緒に石造りの霊廟を歩いていた。


 この地下に広がる巨大都市は、魔女――マリーゴールドが、ネフェルスが静かに眠れるように、寂しくないようにと作り上げた偽物の都市だった。

 つまり、この惑星に知的生命体は初めから居なかったのだ。


「地上は酷く荒れていたよ。ネフェルスは知ってたの?」

《ううん。ウチがここで最期の時をすごしてたとき、ちゃんマリが、地上も緑でイケてる場所にしてくれてたはずだったし!》

「でも、誰も住んでなかったんでしょ?」

《……うん、この星には誰も生まれなかったの。住む場所があっても、命が絶対生まれる訳じゃないんだよ! 不思議すぎ、やばくない?》


 ネフェルスに懇願されて、サフィールは敬語をやめていた。

 惑星ネレイダでは、ネフェルスは神様として語り継がれてきた神話の存在だったから、気安く話している今がなんだか落ち着かない。

 でも、彼女は『神様になりたくない』と言うから。

 サフィールは、彼女に寂しい声になって欲しくなかった。神様のはずなのに、彼女はあまりに人間らしい。


「それで、……ここ? ネフェルスが言ってた応接間って」

《そう! ま、今日まで誰か客が来たことなんてなかったんだけど〜! エラフィリアガーディアンちゃんたちが誰か攫ったんなら、そこにいるはず!》


 エラフィリア型ガーディアンロボットは、マリーゴールドが用意したものらしい。

 ネフェルスが寂しくないようにと、この霊廟の大都市に住人として設定してあった。

 だから、ネフェルスが死んだ後も、彼らはずっとこの街で泳ぎ続けていた。

 

 ――でも、それって逆に寂しくないのかな……

 サフィールは思う。

 生きている本物の存在を知ってしまった後で、AIが模倣した生命は本物に見えるだろうか?

 

 隣に浮かぶ少女に思いを馳せる。

 ……あんたは、寂しくなかったの? 愛した男の死んだ世界で、ひとりで死ぬ決意をするなんて。

 サフィールには想像もつかなかった。愛した人に先立たれ、誰からも忘れられ、いつしか神と呼ばれるようになった世界でひとりぼっちでいた少女の苦悩など。 

 

 そんなに、生まれ故郷だというのに帰りたくない理由が4次元にはあるのだろうか……?


 

 サフィールとネフェルスが近づくと、扉がひとりでに開く。

 まるでこの都市がサフィールを歓迎するかのように、応接間の扉は開いたのだった。


 真新しい石が敷きつめられた床に、レリーフの彫られた壁が広がっている。

 石で作られた応接セットが、部屋の中央にぽつんと置かれていた。

 部屋を見回すと、石で作られたソファに軍服を着た3人が腰掛けていた。彼らは無事のようだったが、落ち着かない様子でお互いに言葉を交わしている。

 


「クライ少尉ッ……!!」


 サフィールは駆け出す。

 サフィールに気付いた彼女が、安堵の表情を浮かべ、ふわりと品良く笑って片手を上げた。


「シャチちゃん! 来てくれるって信じていましたわ」



 サフィールがクライ少尉の傍まで来ると、彼女の隣にいたカヴァーレ少尉とモラレス軍曹に声をかけられる。

 

「おいおい、オレたちを忘れないで欲しいっすよ!」

「え、エレイオス訓練兵! キミは無事でよかった」


 お兄ちゃんみたいな2人の顔を見て、サフィールの張り詰めていた緊張の糸が切れた。

 

「覚えてますよ、カヴァーレ少尉、モラレス軍曹。

 でも先輩たちは絶対無事だと思ってました。シリコニアンが水で溺れた話は聞いたことないですからね」


 心配だったくせについ、皮肉めいたことを言ってしまう。すると、カヴァーレ少尉はニヤニヤとした笑みを浮かべてサフィールの肩に腕を回してきた。

 

「それってオレたちを信頼してたってことっすね?」


 モラレス軍曹もふにゃりと笑う。

 

「し、正直オレたち弱いと思われてるかと思っていたぞ」

「いやまあぶっちゃけ、リリーゴールドとイチヒに比べたら弱いと思ってますね」

「く、比べる対象の意地が悪いぞ、エレイオス訓練兵ッ!!」


 カヴァーレ少尉と、クライ少尉もそれを見て笑っていた。

 すると、クリスタルスカルがすうっと空中を泳いできてサフィールの前に現れる。


《ね。みんな無事だったでしょ? サフィール!》

「うん、ありが――」


 答えようとしたサフィールの声は、先輩隊員三重奏に遮られる。


「「「クリスタルスカル?!」」」



《ハーイ! クリスタルスカルの、ネフェルスちゃんでーっす!》


 ピースでもしそうな弾んだ声で、水晶の骸骨が喋った。カヴァーレ少尉が、クリスタルスカルのネフェルスを指さして口をパクパクとさせる。

 まるで空気を求めて水面にあがった金魚みたいに。


「クリスタルスカルって――“13個集めると、この世界の全ての未来を知る”って伝説の、あの有名なオーパーツ中のオーパーツ、あのクリスタルスカルっすよね?!」


 カヴァーレ少尉のその姿を見て、モラレス軍曹がサフィールを振り向いた。

 

「そ、そうなのか? 知ってるか、エレイオス訓練兵」

「いえ知らないですね。しかもその骸骨――オーパーツじゃなくて本当に遺体ですよ」


 サフィールの言葉に、カヴァーレ少尉が信じられないと言った顔で叫ぶ。それからずい、と身を乗り出してネフェルスの方に手を伸ばす。

 

「遺体?!?! こんな透明な骸骨が存在するんすか?! 炭素が全面的にダイヤモンド化してるってことすか?! ほんとなら、クリスタルスカルの大発見っすよ! ちょっとよく見せてくださいよ!!」


 その時、クライ少尉が男たちの前に割って入った。しっし、と手先でカヴァーレ少尉を追い払う仕草をする。

 その後で、クリスタルスカルのネフェルスに向かってにこりと微笑んだ。


「ちょっと、レディに失礼ですわよ。

 ね、ネフェルスさん、男どもは放っておいてわたくしとお話して下さらない?」

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