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81 サフィールが出会った『クリスタルスカル』が喋る件

「――いかがなさいますか、大隊長」


 操縦席のアスタリオ伍長から声が飛んでくる。

 彼はその席からずっと立ち上がって、こちらへ向かって歩いてくる。

 グラヴィアス大佐は頭を抱えながら、計器類の並ぶロビーに立ち尽くしていた。

 先程の無線は、隊員全員が同じチャンネルで聞こえている。


「……“空母アストライオス”を呼べ」


 グラヴィアス大佐はひねり出すように、重たい声で告げる。


「……しかし!! 彼女たちはまだ空母の実戦訓練もまだのはずでは?!」

「事態は急を要する。これは大隊全員であたるべき問題だ。……結局、『魔法』に頼らざるを得ないんだな……」


 グラヴィアス大佐の声は、最後はほとんど独白に近かった。アスタリオ伍長も短くつぶやきで返す。


「……相手が『魔法のロボット』ですから」


 それから、アスタリオ伍長は調査船の無線盤をいじり始める。惑星シジギアにいる、空母アストライオスに持ち込ませた惑星間通信無線へとチャンネルを合わせていく。


 『こちら、“調査船銀蜻蛉6500”操縦士のアスタリオ。空母アストライオス、聞こえるか?

 ――どうぞ』


 惑星間通信無線が、ジジジッとノイズを吐き出す。

 ここからシジギアまでは遙か何万光年も離れている。

 アスタリオ伍長とグラヴィアス大佐は、何も動かない無線盤をじっと見つめていた。

 数秒して、イチヒの落ち着いた硬質な声が聞こえてくる。


『こちら空母アストライオスのヴェラツカ。

 聞こえます。――どうぞ』


 アスタリオ伍長とグラヴィアス大佐は、無言のまま視線を交わすとお互いに頷いた。


『こちらグラヴィアス!

 緊急命令だ。空母アストライオスはこれより、銀葬先鋒隊(ガラクス・セパルト)『魔女オーパーツ回収作戦』の戦闘応援に向かえ! 場所は、惑星“NA1025”!

 繰り返す。

 空母アストライオスは、惑星NA1025へ戦闘応援に駆けつけよ!

 ――どうぞ』


 『こちらヴェラツカ。

 ――了解しました。本艦はこれより、惑星NA1025へ向かいます。――以上』


 無線盤のランプの点滅が消えた。

 調査船内に、静かな圧迫感が広がっていく。



 ――時を同じくして、サフィールは冷たく澄んだ外濠の水の中を踊るように潜水していた。

 外から見た時よりも、恐ろしく深い。だが、上から差し込む乳白色の光は底まで届いていた。

 水の透明度が異常に高い。明るく照らされた水底に、自分と、水中に漂うガーディアンロボットたちの影がゆらめきながら落ちている。

 海と言うよりは、人工的なプールのようだった。


 サフィールのエコロケーションが見つけたガーディアンの数は、変わらず全部で5体。

 外濠が広いため、認識できない範囲にはまだガーディアンロボットはいるかもしれないが、この付近にはもう新しい機影は見えない。


 サフィールはさらに奥へ潜った。

 先輩隊員たちを早く見つけなきゃ、と気持ちが急いていく。


 しばらくして、底の方に奥へと続く四角い通路があることに気付いた。

 サフィールは一瞬逡巡して――意を決して、その通路に身体を滑り込ませた。

 中は狭く暗い。だが、その通路は直ぐに広い場所へと抜けた。


 水面から明るい光が差し込んでいる。

 ここは、さっきまでと違って水深が浅いようだ。

 サフィールは水面まで泳いでいくと、水からそっと顔を出した。


 そこは、石造りの建物の内部に繋がっているらしい。外濠と繋がるプールは、この場で途切れていた。向こうの岸辺には、さっき地上で見たのと同じ床石が敷きつめられていた。

 水面から、周りをぐるりと見渡す。

 石壁は所々崩れ落ち、そこから光が差し込んでいた。天井を見ても、ほとんどが崩落していて建物の形を成していなかった。

 崩れ落ちた天井の隙間から、丸身を帯びて先が尖った屋根を持つ塔がちらちらと見えている。

 ここは、さっき外から見た建物密集地帯の内部だろうか?

 

 サフィールは水から上がった。

 胸元の無線機にそっと触れる。


『こちらエレイオス。

 中佐、聞こえますか?

 ――どうぞ』

『こちらセルペンス。聞こえます。なにか見つかりましたか?

 ――どうぞ』

『はい。外濠から建物内部へ入ることが出来ました。このまま捜索を続けます』

『了解しました。何かあればすぐ報告するように。

 ――以上』


 サフィールはゆっくり石畳を進む。

 自分から落ちた水滴が、足元の石を濡らしていく。

 建物内部は水と地続きだからか、妙に湿気っていた。

 重たい空気がその場を支配している。


 サフィールは違和感に気付く。

 さっきまで崩れていて、今にも風化しそうだった石畳が……いつの間にかヒビひとつ無いものになっていた。

 おそるおそる歩みを進めていく。

 両脇に迫る壁は石を積上げたものから変わって、大きな石を並べたような、継ぎ目の無い壁になっていた。

 よく見れば、その壁一面にレリーフが浅く彫ってある。それも、壁全面に。

 そのレリーフに描かれた姿は、サフィールの見慣れた姿に似ている。


「……水棲星人(エラフィリア)? でも……“足がない”」


 このレリーフのモチーフは、水の中を泳ぐ人々だろうか。沢山の人が波間に描かれていた。

 その姿は……マーメイドに似ている。

 美しいかんばせに浮かぶアルカイックスマイル。均衡の取れたしなやかな腕。そして、魚のような尾びれ。

 水棲星人(エラフィリア)ならば、人間のように足があるはずだった。

 そのレリーフの中で、一際大きく描かれた姿に目が止まる。


「えっ……? ぼくに、似てる……?」


 緩くウェーブする髪と、女性的な美しい顔立ち。

 口元に微かな微笑みを称えたその彫刻は、やたらとサフィールの顔立ちに似ていた。

 そして何より――そのマーメイドには他のマーメイドの彫刻と違って豊満な胸が彫られていなかった。

 

 その大きなマーメイドは、多くのマーメイドを従えているように見える。

 マーメイドの、王など権力者なのだろうか?


 サフィールは無意識にその壁画に触れていた。壁に肌から水が吸い取られていくような奇妙な感触がある。

 その瞬間、壁画が液体のように波打ち、触れた指先からサフィールを飲み込んだ。

 反射的に目をつむる。

 

 次に目を開けた時――サフィールの眼前には、目の高さに浮かぶ水晶でできた透明な骸骨があった。

 水晶に見えるが、その透明度は水晶よりもさらに高くどこまでも見通せるように感じられる。

 しかも、内部から発光するように時折キラキラと輝いていた。


 その時、身体中に冷たい水が染み込んでいるのに気付く。

 サフィールの皮膚感覚が、ここを水の中だと判断していた。


 そこはもう、湿って暗い石畳の上などではない。

 まるで、生まれ故郷惑星ネレイダの深海のように、冷たく澄んだ水が満たされた空間だった。


 目の前でふよふよと浮かぶ『クリスタルスカル』に、つい手を伸ばす。

 その瞬間――サフィールの脳内に、この場に不釣合いなほど明るい少女の声が飛び込んできた。



《きゃーっ?! 誰、誰なの、ウチのスカルに触ったの!! えっ、君?!

 うっそー、君ってもしかして、

 


 水棲星人(エラフィリア)?》

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