80 それでも僕たちは進む。撤退はしない
「君がこの任務の鍵のようです、エレイオス訓練兵。我々はこのまま進みます。
――君が我々の道を開いてください」
サフィールはぎゅっと拳を握る。
深く頷いた。
それから、セルペンス中佐が胸元の無線機に手を触れた。深く息を吸い込み、乱れかけた呼吸を整えている。
『こちら、セルペンス。
グラヴィアス大佐、聞こえますか? 緊急報告があります。
――どうぞ』
無線からやや間があり、やっとノイズ混じりの大佐の声が返ってきた。
『こちらグラヴィアス。
どうした、先ほどから計器の数値が不安定だ。何か異常でもあったか?
――どうぞ』
『異常です。我々は現在、地下都市の外濠にいます。ここで、ガーディアンロボットと交戦しました。
――どうぞ』
中佐の声は努めて冷静さを保っていたが、その口調には微かな緊迫感がにじんでいた。
隣で無線を聞くサフィールにも、緊張が伝染していく。
『ガーディアンロボットだと?! やはり、奴らがこの奥に……! それで、状況は? 勝ったのか?
――どうぞ』
無線機から流れてくるグラヴィアス大佐の声は、焦りの色を含んでいた。
ガーディアンロボットとの交戦は部隊全員が予期していたことだ。だが、予測していたからといって現実に直面して焦らないわけではない。
「残念ながら。水中に潜んでいたため、視認さえできませんでした。
水底からの奇襲を受け、カヴァーレ少尉、モラレス軍曹、そしてクライ少尉の3名が行方不明です。水中に引きずり込まれました」
一瞬、無線の向こうで息を呑む音が聞こえたようだった。重い沈黙が、数秒間流れる。
『……なんだと?! 水中から奇襲だと……!?
3名が……まさか、またしても……!
それで、現在の状況は? 残りは君とエレイオス訓練兵だけか?』
大佐の声に、かつての苦い経験がフラッシュバックしたかのような動揺がにじむ。
サフィールの知っている限りでも、ガーディアンロボットに捕まるのはリリーゴールドの空母の件から2度目だ。
かの銀葬先鋒隊の力を持ってしても、それほどまでに『魔法』の兵士たちは恐ろしい敵だった。
あの時、サフィールはリリーゴールドのそばに居た。
安全地帯から大佐たちの救出に動けた。
しかし今回は違う。サフィールを守ろうと動いたクライ少尉は、自分の目の前で敵に攫われたのだ。
……これが危険な任務に最前線で向かうってことなんだ。
サフィールは唇を噛みしめて、大佐と中佐の会話に耳を傾ける。
『はい。残りは私とエレイオス訓練兵の二名。しかし、極めて重要な新情報があります』
中佐はひと呼吸置いた。
この情報をどう伝えるか――彼は慎重に言葉を選び、考えているように見えた。
『エレイオス訓練兵が、そのガーディアンロボットから攻撃対象として認識されないようです。
彼の能力で水中の敵を再探査したところ、彼はロボットから一切反応を受けませんでした。試しに水に触れましたが攻撃されることはありません』
再び、無線は沈黙した。
今度は、先ほどよりも長く、そして深い。
大佐がこの信じられない情報を咀嚼しているのが伝わってくるようだった。
『……リリーゴールドと同じ、ということか? だがエレイオス訓練兵だけがなぜ?』
大佐の声に、驚愕と困惑が混じり合って響く。
セルペンス中佐は落ち着き払って答えた。
『詳細は不明です。
ですが、この事実は我々が任務を継続する唯一の可能性となります。エレイオス訓練兵の能力とこの特性を活かし、水中の探索、および行方不明の隊員たちの手がかりを探ります』
『待て、中佐! 君の判断は……あまりに危険だ!
2名で、新兵に未知の特性があるからといって、そのまま深部に進むのか?
前回と同じく全員が捕われる危険がある! 一時撤退し、状況を再評価すべきではないか?』
『大佐。理解しています。しかしエレイオス訓練兵の特性は、この遺跡の防御システム、あるいはこの星の秘密に深く関わっている可能性もあります。
これは、ただの好機ではありません。この特性が、我々の活路を開く唯一の鍵だと確信しています』
セルペンス中佐の声には、確固たる決意が込められていた。
『……中佐。無茶はするな。
しかし……分かった。君の判断を尊重する。ただし、少しでも危険を感じたら、即座に撤退しろ。そして、常に連絡を密に取れ。何か進展があれば、すぐに報告を。
援護の手配をする。――以上だ』
『了解。セルペンス、これより探索を再開します。
――以上』
そして無線は切れる。
サフィールは、セルペンス中佐の鋭い横顔を見ていた。
「――エレイオス訓練兵、水中の調査を頼めますね?
絶対に交戦せず、調査だけして戻ってきてください」
彼のその声には決意と、サフィールの無事を願う祈りのような響きが込められていた。




