78 失われた『地下の巨大都市』とエラフィリア型ガーディアン
懐中電灯の頼りない灯りが、暗闇を照らす。
ぼんやりと照らし出される階段は、ところどころ崩れ落ち、左右に迫る石壁も今にも崩落しそうだった。
崩れ落ちる砂を踏みしめて歩く。
後方の地上へ繋がる入口からは、乾燥した風が吹き込んできていた。
石造りの狭い階段を、サフィールたちは下へ下へとくだっていく。
時折、壁からカラカラと崩れた石の破片が落下する音が聞こえてくる。
先頭にセルペンス中佐が行き、その後ろを隊員たちが続いていた。
調査船には、操縦士としてアスタリオ伍長と、総指揮官としてグラヴィアス大佐が残っている。
「足元、気をつけてください」
前方から、セルペンス中佐のひんやりとして落ち着いた声が聞こえてくる。
階段は先が見えないほど長く続いていた。
壁にセンサーライトらしきものが残骸として残ってはいるが、通電していないのか一切灯らなかった。
狭い階段に、湿った匂いが充満している。
どれくらいそうしていたのか、急に視界に明るい光が差し込んできた。
手で顔を抑えながら、サフィールたちはゆっくり階段を降りていく。まもなく、階段の最後まで到達するようだ。
足が、硬い地面に到達する。
靴底が鳴らした音が、反響して消えた。
そこは――地下帝国の、廃墟だった。
どこから採光しているかも分からない。
ただ、天井のはるか高みから、乳白色の優しい光が降り注ぎ、地下とは思えないほど明るい。
天井までは10mはありそうだった。
突然開けた明るく広い空間には、ひび割れた石畳がどこまでも敷きつめられ、風化した石造りの建物が立ち並ぶ。
手足を失った巨大な神像が、かつての栄華を物語るように静かに佇んでいた。
丸みのある先のとがった屋根を持つ塔が連なっているそれは――宮殿のようにも、寺院のようにも見える。
中央に、一際背の高い建物が密集していた。
水の流れる音がする。
まわりを見渡すと、外周をぐるりと外濠が取り囲んでいた。
外の海は毒の水に満たされていたというのに、ここは命を宿すかのように透明な液体が絶えず流れている。
心なしか、重苦しかった空気も澄んで感じられた。
ひんやりとした風がすっと吹き抜けていった。
サフィールたちは、セルペンス中佐を先頭に、神聖な儀式を行うかのようにゆっくりと石畳を歩いていく。
その時、無線が震えた。
ノイズ混じりの声が機械越しに響いていく。
『こちらグラヴィアス。
計器類の数値が突然変わったが、遺跡最深部にたどりつけたか?
――どうぞ』
撮影機能のある探査ロボットは、見張りとして遺跡入口に残してきた。
今データを取っているのは、カヴァーレ少尉が装着している探査端末だけだ。こちらには、撮影機能は付いていない。
セルペンス中佐が、無線を返す。
『こちら、セルペンス。
遺跡には到達。ですが、最深部ではありません。
階段の下に、巨大な都市を確認。探索を続けます。
――どうぞ』
『こちらグラヴィアス。
了解した。引き続き探索を頼む。……以上があれば直ぐに報告を。
――以上』
「さて……オーパーツを探しましょう。『魔女の天文時計』によれば、この惑星には確実にオーパーツがあるはずです」
無線から手を離すと、セルペンス中佐が振り向いて声をかける。
だが――いつの間にかカヴァーレ少尉とモラレス軍曹の姿がない。
「中佐……! 何か変ですわ!」
クライ少尉が、サフィールを庇うように前に出る。
その時だった。
外濠の鏡のような水面が、一瞬、不自然に歪んだ。
次の瞬間、銀色の何かが水底から音もなく飛び出し、視認する間もなくクライ少尉の体を無慈悲に掴み取ると、再び水中に引きずり込んで消えた。
音すらなかった。
ひとかけらの水飛沫も上げず、水面はまるで何事もなかったかのように、元の鏡面に戻る。
「……?! 今のは――“水棲星人”?!」
「なんですって? 探査機には、生命反応は見られなかったはずです」
サフィールの目にはクライ少尉を掴んだ姿が、まるで自分たち水棲星人のように感じられた。
一瞬のことでよく分からなかったが、水辺で音を立てずに泳げる人型の存在なんて、自分たち以外にいるはずがない。
だが、水棲星人が、どこかほかの星に移住した歴史なんて聞いたことがない。
じゃあ、今のは――
「――こんな所にいるわけがないです……あれは、おそらくぼくたちに似せた“ガーディアンロボット”……きっと、そうに違いない……」
サフィールは、知らずのうちに拳を固く握っていた。
ぼくを守ろうとして、クライ少尉が襲われたんだ。
ぼくは――何も出来なかった。
唇を噛む。
その時、隣に立つセルペンス中佐の冷静な声がした。
「エレイオス訓練兵。僕から離れないでください」
「……はい!」
ごくりと唾を飲む。
サフィールはひと呼吸して、すっと口を開いた。
今のぼくに出来ることを、全力でやらなきゃ――!!
鈴のなる超音波が、彼の唇から広がっていく。
エコロケーションが、外濠の深さとその内部を拾っていく。
エコロケーションが捉えたさっきの銀色の影は間違いなく生き物ではなかった。金属質の硬い反響音が返ってくる。
その数はわかった範囲で5体。
だが残念ながら、先輩隊員らしき人影は拾うことが出来なかった。
エコロケーションが底面を拾えないほど、この外濠は深いらしい。
サフィールは震える手を意識して強く、握りこんだ。
……中佐にきちんと伝えなくては。
「中佐。――ガーディアンロボットが、水の中に5体います。先輩たちはぼくの拾える範囲にはいません……」
「……素晴らしい探査能力です、エレイオス訓練兵。ですが――」
「残念ながら、絶望的な状況という他ありませんね」
セルペンス中佐は、胸元の無線機を握りしめた。
サフィールくんのターンです(`・ω・´)キリッ
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