77 その巨人の大口は、失われた古代文明へつながる道
サフィールたちは、調査船のブリッジに集まっていた。眼前に広がる巨大な窓から、惑星NA1025の荒廃した大地が見えている。
強い風が吹く。その度にかすかに機体が揺れた。
黄土色の大地は枯れ果て、ひび割れている。
植物らしい痕跡は何も見当たらなかった。
ここからは見えないが、着陸する時見えた広大な海に似たエメラルドグリーンの水源からは、煙のような蜃気楼が立ち上っている。
あれは、海というより毒の沼地のようだった。
グラヴィアス大佐とセルペンス中佐が難しい顔で、調査船に備え付けられた計器類を睨んでいる。
「中佐、どう考える?」
「そうですね……これは星全体の生態系が、一度完全に破壊された後の姿としか考えられません」
セルペンス中佐は、モニターに表示されたデータを指し示す。
「この大気組成を見てください。
酸素濃度は極端に低く、硫化水素と二酸化硫素が異常な高濃度で検出されています」
この星に到着して、カヴァーレ少尉とモラレス軍曹の2人がまず探査ロボットとともに外に出ていった。
彼らが採取してきたデータが、モニターに載っている。
彼ら2人は――あの最終選抜訓練で、完全防備だったにも関わらずリリーゴールドに燃やされ、イチヒの体重に押しつぶされて完全敗北した2人だ。
サフィールはついつい、イチヒとリリーゴールドに負けたイメージからちょっと弱そうだな、と感じてしまっていたのだが、じつは2人とも炭素化合毒に異常に強いシリコニアンだという。
ケイ素であるシリコン細胞を持つ彼らは、酸素を一切不要としない上、熱帯性・毒耐性がとんでもなく強い。ついでに柔らかいシリコンボディは、大抵の衝撃を柔らかく受け流せる。
だからこそ彼らが大隊の中でも、常に先陣を切って飛び出していける。
――言われてみれば確かに、リリーゴールドの太陽フレアにちょっと燃やされた上に、本気じゃないとはいえイチヒに押しつぶされたのに入院しないで復帰してるんだから、強いのか……
サフィールは常識人のつもりでいたが、リリーゴールドたちと過ごして随分常識がずれてきていたらしい。
「そして、こちらが地表のデータです。
強い酸性雨によって浸食され、まるで大地が焼け爛れたようです。あの黄土色は、おそらく鉄分や重金属が酸化して剥き出しになった結果でしょう」
大きな窓から見える風景の大部分は、ひび割れた黄土色の大地だった。その上には重たい鉛色の空が、今にも落ちてきそうなほど圧迫感を与えている。
「では、この海のようなものはどう思う?」
グラヴィアス大佐は、探査ロボットが撮影してきた緑色の海を指し示す。セルペンス中佐は目を閉じて、首を左右に振った。
「データを見る限り、あれはもはや水とは言えません。高濃度の硫酸と、未知の化学物質が溶解しています。あの蜃気楼のように立ち上る煙は、気化した硫酸ミストでしょう。
そこに、特定の硫黄酸化バクテリアのようなものが異常繁殖し、あの独特なエメラルドグリーンを呈していると推測されます」
中佐は険しい表情で続けた。
「何らかの要因で、この星の生命維持システムが根本から破壊された。
それは、大規模な環境汚染、あるいは制御不能なバイオテクノロジーの暴走かもしれません。ここまでの規模になると、自然現象とは考えにくいですね。
かつて、ここに高度な文明が存在した証拠が、この星の死に様として残されている……そうとしか思えません。
ここに、魔女の残した文明があったとみて、間違いないでしょう。
文明を発展させたオーパーツが、この星に眠っているはずです」
サフィールは、セルペンス中佐の言葉を聞きながら、窓の外に広がる荒廃した大地を見つめていた。自分の鼓動が早くなるのを感じる。
これが、かつて文明が栄えた星の最後の姿――
サフィールは、終わった星を見るのは初めてだった。
荒れ果てた黄土色の大地、毒に染まった緑の海、そして黒々と垂れ込める鉛色の空。
乾燥した風が、文明の痕跡すら塵にしてしまっていた。ここには、人の営みはもう何も無い。
だが、この星の深奥に眠る魔女の遺産を手に入れれば、自分の未来も、そして大隊の未来も大きく変わるはずだ。
覚悟を決めて拳を握りしめる。
初めての任務だ、失敗する訳にはいかない。
脳裏に、今は空母アストライオスにいるはずの友人たちが浮かんだ。
一緒に最終選抜訓練に臨んだのに、彼女たちはもう個別の空母と任務が与えられている。
リリーゴールドが見つけた4次元の空母。彼女だけが操れる、古代兵器。
比べても仕方ないのに、自分と彼女たちがはるか遠くに離れているような気がした。
……この任務、必ず成功させてみせる――!
そう誓ったその瞬間、調査船のハッチが開いた。
乾燥した風が、真っ先にサフィールの頬を打つ。
現れた知らせは――セルペンス中佐の推測を裏付ける、闇からの呼び声だった。
「古代遺跡、あったっすよ!」
ハッチから、カヴァーレ少尉が笑顔で顔を出していた。その後ろにモラレス軍曹もいる。
「地下に半ば埋まってるっすけど……入れそうっす!」
「た、たぶんあれがオーパーツのある遺跡だと思います」
「モラレス軍曹がビビるもんで中は見てないっすけど!」
「な、なんだと! カヴァーレ少尉こそオレを置いて、真っ先に走って帰ってきただろう!」
モラレス軍曹はいつもちょっとどもりながら喋る。
カヴァーレ少尉は、敬語なんだか敬語じゃないんだか分からない話し方をする。
サフィールはいつも、彼らのやり取りに心を和ませていた。張り詰めた空気が、2人の声で柔らかく解けていく。
「ま、探査ロボットに周り見張らせてるんすけど、いまのところガーディアンロボットは出てきてないっすね」
カヴァーレ少尉が、戦闘服の埃を払いながら船内に上がってくる。
それを見てグラヴィアス大佐が、モニターを探査ロボット撮影映像に切替えた。
大きなモニターに映し出されたのは、黄土色の大地に埋まる、崩れかけた石造りの地下へ繋がる階段だった。
サフィールは、惑星シジギアを走る地下鉄の出入口みたいだな、と思った。
だが、その階段の奥は真っ暗闇に続いている。
まるで隊員たちを待ち構える巨人の大口のように。
それは、口を大きく開けて隊員たちを丸飲みにしようと待ち構えているようだった。
冷たい闇が、じわじわと彼らの心に忍び寄る。
ここまで読んでくださってありがとうございました!
章の区切りまで来たので、ここでひと息。
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