76 『魔女の遺産』を回収せよ!
「今回の任務は、『魔女オーパーツの回収』だ。諸君、これを見てくれ!」
褐色の肌に赤い短髪のグラヴィアス大佐が、筋肉質で太い手を振る。
すると、空中に半透明のホログラム宇宙儀が出現した。
以前、サフィールが宇宙史の授業で見たものと全く同じホログラムだった。
半透明フルカラーの宇宙儀は、緩やかに回転している。球体の外側ではなく、内側にずらっと星々が並んで瞬いていた。
ホログラムはぐぐっとズームする。
とあるひとつの惑星に辿り着いた。
サフィールの見た事のない星だった。巨大な惑星で、緑色の海と黄土色の陸地がまだらに入り交じっている。
そこでセルペンス中佐が、すっと立ち上がった。
薄水色の鱗に覆われた手で、手元の書類をパラパラとめくる。
彼のトカゲに似た黄色の瞳が一同を見据えた。
「ではここからは僕から説明させていただきます。
こちらが該当惑星、“NA1025”です。未開拓地域での作戦となりますが、これまでの観測データから、知的生命体は絶滅済みと判断されています」
未開拓地域――それは、宇宙軍の支配がまだ及んでいない地域、という事だ。
サフィールはいつかの授業を思い出していた。
あの頃はちょうど、イチヒたちを目の敵にしていた時期だ。
子供過ぎて思い返すと少し恥ずかしくなってしまう。
イチヒとサフィールは、あのころの授業では競い合うようにして、教授の質問に手を挙げていた。
そして、その授業で習ったことは――
宇宙軍は、『魔女の天文時計』を使用して全宇宙の約半分を観測し、さらにその半分……全宇宙1/4を支配下に置いているという歴史についてだった。
つまり今回は、その支配に入っていない方の1/4に向かうということ。
宇宙軍ですらまだ降り立っていない未開拓の場所へ、自分が降りたてるのだ。
サフィールは机の下で静かに拳を握る。
銀葬先鋒隊の一員である、そんな現実がやっと実感を帯びてきた気がした。
グラヴィアス大佐の厳しい声は、まだ終わらない。
サフィールを含めた隊員6名と、ひとりひとり目を合わせながら大佐は続けて話し始める。
「――しかし、安心はできない。
過去の事例を鑑みると、魔女が残したガーディアンロボット、あるいは未知の防衛システムが稼働している可能性が非常に高い。
オーパーツ自体も、惑星の奥深く、おそらくは遺跡の中心部に隠されていると見ている」
「まあ、皆さんも記憶に新しいでしょう。
空母アストライオス――あの古代迷宮遺跡では僕たち全員ガーディアンロボットに襲われて、地下牢に閉じ込められましたからね。
今回も、ああならないとも限りません」
セルペンス中佐の声で、誰のものともつかない息を飲む気配がした。
サフィールは同席していなかったので知らないが、地下牢が良い環境とはとても思えなかった。
それに、ガーディアンロボットがあの時『抹殺プロトコル』で大佐たちを殺そうとしていたことなら知っている。
今回の作戦も、同じような場所の可能性は大いにあるのだ。
サフィールも気を引き締める。
「――今回の作戦に、ズモルツァンド中尉は同行しない。あの日のように『魔法』には頼れないぞ!
我々だけで、作戦を遂行する!」
グラヴィアス大佐は、作戦室の中央にホログラムで投影された惑星の立体図を指し示しながら、大きな声で告げた。
彼女の視線が、新兵であるサフィールに一瞬向けられる。
「エレイオス、今回はお前が養成学校からこの大隊に配属されて初の任務となる。緊張するなとは言わないが、気を引き締めて臨め。
クライ少尉!」
グラヴィアス大佐に呼ばれ、桃色の前髪を揺らしてクライ少尉がすっと立ち上がり、穏やかな声で返事をする。
「イエス・マム。わたくしが、今回のエレイオス訓練兵の援護を務めます。
わたくしの防御能力と、彼の機動力を最大限に活かし、任務の完遂に貢献いたします」
彼女は穏やかな黄緑色の瞳で、サフィールを見て軽く頷いた。サフィールも同じように彼女を見て、軽く会釈を返す。
クライ少尉は、あの最終選抜訓練の吊り橋で、攻撃役のセルペンス中佐と組んで“ヒットアンドアウェイ戦法”でサフィールを翻弄した防御特化の隊員だった。
今回は、サフィールが攻撃役として彼女と組む。
サフィールの、すばやく泳ぐような身のこなしから打ち出される足技と、スナイパーとしての精度の高い射撃の腕が買われた形だった。
サフィールは、あの最終選抜訓練で回収したウォーターライフルを今も使い続けている。リロード無しに高速連続射撃の出来る、サフィール専用の武器だ。
――大佐の期待に、絶対に応えてみせる。
イチヒとリリーゴールドに並べるぼくでいるために!
サフィールはぎゅっと口元を引き結んだ。
「この『魔女のオーパーツ』は、我々宇宙軍のさらなる領域拡大に不可欠なものだ。
絶対に、何としても回収する。よいな?」
「「「「「「アイアイ・マム!!」」」」」」
合唱のように、部屋にいる隊員全員が口を揃えた。




