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73 陰謀にも負けません。だって脳波で繋がってるから

「呼び出された理由は分かるかね? ヴェラツカ少尉」


 理事長室の中央に足を組んで座る初老の男が、ゆっくりと口を開いた。

 

 その初老の男は、黒い軍服を隙なく着こなしていた。

 肩には煌びやかな星章が何個も輝き、金モールが何本も胸元までぶら下がっている。

 そして胸元には、おびただしい数の勲章。

 襟元と胸元に飾られた精緻な金属プレートが、その地位を示していた。


 

「イエス・サー。……『任務』の件でしょうか」


 イチヒの声が、微かに震えていた。だが、彼女は凛と背筋を伸ばし真っ直ぐに理事長を見すえる。


「そうだ。報告が途絶えたのは――『魔女の娘』を完全に掌握したからか?」


 理事長の重たい声が硬質な部屋に響いていく。

 イチヒは答えない。

 リリーゴールドは、斜め前に立つイチヒの金属色のオレンジの髪が揺れるのを見ていた。


「ほう、答えられないのか。では、ズモルツァンド中尉に聞こう。

 ズモルツァンド中尉。お前は知っているか?

 友人だと思っていたそこの女は、お前を見張っていたただの監視だ。友情なんて、なかったのだよ」


 リリーゴールドは、何と答えるべきか悩んだ。

 スパイの件は、イチヒの口から聞いて知っていた。だが、イチヒはまだ理事長を裏切っては無いはずだ。

 だって、報告をサボっているとは聞いたけど、もうスパイを辞める、とは彼女の口から聞いてないから。


 脳裏に、マエステヴォーレとイチヒの父が浮かんだ。

 鍛冶神のマエステヴォーレさんもいて、メタリニアンの騎士だったパパもいるから……きっと、イチヒのママは大丈夫だよね!


 2人の沈黙を、ショックで声も出ないと受けとったのか、理事長が口を開く。


「お前たち兵士に、感情はいらない。

 ――軍の勝利にだけ、貢献するのだ。


 ヴェラツカ少尉。……親御さんは元気にしているかね?」

「……イエス・サー。お陰様で」


 イチヒの言葉に、理事長は鷹揚に頷いた。

 

「そうか、それは何よりだ。

 ズモルツァンド中尉」

「はい」


 リリーゴールドは、座っている理事長を真っ直ぐに見下ろした。

 彼の言葉を待つ。


「お前の決断が、“友人”も“友人の家族”も危険に晒すのだよ。ゆめゆめ忘れるな」


「イエッサー。記憶しました」


 リリーゴールドは答える。

 でもこれは本当のことだと思った。

 あたしが、強くならなきゃ、イチヒもイチヒのママも守れない――!


「よいな、ズモルツァンド中尉。

 お前の魔法は、兵器だ。正義のために使え」


 理事長の鋭い目線がリリーゴールドを射抜く。

 そして彼は、次にイチヒを振り向いた。


「ヴェラツカ少尉。今後の任務は監視だけではない。お前が『魔女の娘』を掌握し、使いこなせ。

 任務に背けば、『魔女の娘』も、両親も無事では済まないと心せよ」


 イチヒの肩が揺れる。少し経って、イチヒの真っ直ぐな声がした。


「イエス・サー。承知しました。

 必ず任務を遂行します」


 リリーゴールドの脳波は、理事長に知られぬ間にイチヒの脳内をすくい上げていた。


 ……リリー。お前を兵器にはしない。

 私が、軍からリリーを守る。その為なら……理事長だって出し抜いてやる!


 だから、リリーゴールドも真っ直ぐな目で前を向いていられる。

 あたしたちは、絶対に負けない。


「話は以上だ。任務に戻りなさい」



 2人は揃って敬礼すると、部屋を後にした。

 扉を閉める時見えた理事長の顔は――微かに暗い笑みを称えていた。



《イチヒ! ――絶対に、理事長に勝とうね!!》


 2人で連れ立って歩きながら、隣のイチヒに話しかける。もちろん、聞かれるとまずいのはリリーゴールドにもわかったから、脳波通信でだ。


 ……リリー。私は――お前を裏切るって訳じゃないからな。


《えへへ、分かってるよお。実はさっきイチヒの脳波覗いてたから、知ってるの!

 あたしを守るために、理事長を出し抜くんでしょ?

 なら、あたしも、イチヒを守るためなら理事長に嘘だってつくよ!》


 イチヒがジト目で見てくる。

 あれ、あたしなんかまずいこと言ったかなあ。


 お前〜!! 人の脳波を勝手に見るな!! いや今は役に立ったけどさ……

 ってそうじゃない!! プライバシーって言葉知ってっか?!


《あ。ごめぇん……》


 しかも私からは、お前が話しかけてこないとお前の脳波覗けないんだぞ?!

 今度からは先に『今から見るね〜』とかなんか話してからにしろ!!


 イチヒの口がどんどんへの字になっていく。

 声が聞こえないのに、すごく彩り豊かなイチヒらしい脳波と表情で、何考えてるか鮮明に伝わってくる。

 めっちゃ怒ってる、と見せかけてこれは照れてる時のやつ。

 リリーゴールドは、へにゃりと笑みを向けた。


《分かったあ! 今度からは今から見るね〜って言うよー!》


 ならよし。

 ところでこれ、離れてても出来んのか?


《波が捕まえられればできるー! イチヒの脳波だけは、もうちゃんと覚えてるからどんな雑音の中でもすぐに見つけられるよ!》


 ……おう。そうか。



 リリーゴールドは、ちろりと隣のイチヒを見下ろした。オレンジの髪が揺れる。俯いた顔は見えない。

 でも、顔を見なくてもわかる。

 これは、照れてるやつ!


 

 ――照れてねえし!!


 繋ぎっぱなしだった脳波通信に、イチヒの脳波の巨大な波が飛び込んできた。

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