72 リリーゴールドは気付かない
リリーゴールドは、寮での最後の夜をひとり、自分の個室で過ごしていた。
明日から、リリーゴールドとイチヒは銀葬先鋒隊正式隊員としての配属が決まっている。
しばらくの間、この寮へは帰って来れない。
あたりを見回す。特に片付けるものもない。リリーゴールドはそもそも、4次元の故郷から持ち込めるものなんてほとんど持ってなかった。
視界の隅に、紙袋が映る。
地球で、イチヒの母にもらった缶詰たちだ。
「これは持っていこう」
荷物を送るためのコンテナに缶詰たちをギュッと押し込んだ。
コンテナには、他に軍の制服1式しか入っていない。
教科書は――多分いらない。いざ戦闘になったら、そんなもの読んでる暇なんて無いだろうから。
パチン、と音を立ててコンテナを閉める。
ごろんとベッドに横になった。2つのベッドを繋げて置いてあるから、リリーゴールドでもちゃんとはみ出ずに眠ることが出来る。
まあ、そのせいでこの個室はベッド以外何も置けなくなってしまったんだけど。
見上げる視界に、窓越しの夜空が飛び込んできた。
瞬く光が、母がいつも着ている夜空のドレスを思い出させる。
「……ママに会いたいなぁ」
思わず、呟きが零れ落ちた。
リリーゴールドの母は、今4次元の世界で暮らしている。リリーゴールドが10歳になったあたりから、宇宙海賊の密輸船を撃破するのにハマってたから、きっとまた新しい子を助け出して『使い魔』を増やしてるんじゃないだろうか。
お家に帰ったら、また家族が増えてそうだなあ、ふふ。仲良くなれるといいな。
リリーゴールドは、存在の半分は4次元の身体だが、もう半分が3次元の巨大な太陽で出来ている。だから、自分ひとりでは自由に4次元と3次元を行き来できない。
「ママ、元気かな?」
『リリーが1人前の大人になって、どう生きるかを決めた頃に迎えに来るからね』
それが、半年前母が言っていた言葉だ。
……大人になるって、どんな事なんだろう、まだ良くわかんないや……
いつの間にか、リリーゴールドの意識は微睡みの底に落ちていった。
そして翌日。
リリーゴールドとイチヒの正式隊員初日は、グラヴィアス大佐のひと言からはじまった。
「……ズモルツァンド、ヴェラツカ。お前たちは、銀葬先鋒隊大隊付属の――空母アストライオス部隊に配属が決定した。
あわせて、ズモルツァンドは中尉、ヴェラツカは少尉となる」
「えっ?」
「空母アストライオス……って、あの?」
リリーゴールドは、隣にいるイチヒと顔を見合わせる。
てっきり、銀葬先鋒隊の大隊か中隊か小隊に部隊員として配属されるものだと思っていた。
イチヒも同じ考えだったのか、困ったような顔をしている。
「そうだ。あの訓練で……ズモルツァンド中尉が発掘してきた、あの古代遺跡空母、アストライオスだ!
まあ、あれは私たちじゃ動かすことも出来ないからな、暫くは諸君らの任務はアストライオスの制御になる」
グラヴィアス大佐は、白い歯でニカッと笑う。褐色の肌と赤い短髪に爽やかな笑顔がよく映えた。
「理事長と――総監督である元帥の指示だ。
空母アストライオスの戦力があれば、宇宙軍の兵力は格段に向上する。
『魔女の娘』に期待しておいでだ。しっかり励めよ」
その言葉を聞いて、イチヒの顔色が曇るのがわかった。理事長と元帥は親子だと聞いている。
もう、学校内部の話では済まない。
軍の何か巨大な意思にまとわりつかれているような、そんな感覚がリリーゴールドに迫る。
雑念を払うように、リリーゴールドは意識して前を向いた。
あたしの、『魔女』の力が求められてるんだ!
ママに負けないくらい、強くならなくちゃ!
期待されるって、こんなに嬉しいんだ……
まだ何もできていないのに、もう『役に立つ』って思ってもらえるなんて!
――リリーゴールドは、軍の思惑にまだ気付いてもいない。
文字通り、軍の上層部が“『魔女の娘』に期待している”のだと、前向きに受けとってしまった。
だが――真意は、“『魔女の娘』の力で、軍の兵器として役に立て”。
彼女は、知らないままに兵器としての道を歩み出す。
その隣で、イチヒだけは最悪の妄想をしていた。
イチヒには既に理事長たちの意図を、朧気ながらに掴み始めていたのだ。
それは、リリーゴールドが兵器として戦争の最前線に利用され、彼女の意志とは関係なく世界を――人々を皆殺しにする、最悪の妄想。
「一応指揮権は大隊隊長の私に一任されている。
だが、大隊は本日より『魔女オーパーツ回収作戦』にあたる。追って連絡をする。
今は惑星シジギアにて、空母アストライオスの制御を完遂しろ!」
「「アイアイ・マム!!」」
二人で声を揃えて返事をした。
「よし。では……理事長がご指名だ、アストライオスに向かう前に理事長室に行くように」
イチヒの『任務』の件だと思って、リリーゴールドは足元に置いておいたコンテナに手を伸ばす。
先にアストライオスに行って、電源が入るか試そうかな? この前は、電源切っちゃったしなあ。
すると、グラヴィアス大佐に呼び止められた。
「ズモルツァンド中尉。――お前もだ」




