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71 不穏な旅立ち――そしてふたりは、戦場へ

「それじゃあ元気でね、イチヒ。リリーちゃん」


 イチヒの母に見送られる2人の腕には、山盛りの缶詰が入った紙袋がある。


「ほんとに、こんなにもらっていーの?」


 リリーゴールドが首を傾げると、イチヒの母が朗らかに笑った。


「いいのよ。沢山食べてちょうだい。お腹すいちゃうかもしれないでしょ」

「うん……ありがとう、イチヒのママ!」

「ありがとう、母さん。また連絡するよ」


 リリーゴールドとイチヒは、笑顔で手を振った。




 2人は、イチヒの父が運転する地上用浮遊自動車に乗っていた。

 もちろんマエステヴォーレも一緒だ。


「2人とも、随分缶詰貰ったなあ」

「母さんが張り切ってたからね」


 運転席の父に、隣に座るイチヒが答えてミラー越しに後部座席に目をやる。

 リリーゴールドが自慢げに、マエステヴォーレに乾パンの缶詰を見せている姿が見えた。

 地球語は『乾パン』だけ読めるようになったらしい。


「悪いな。学校まで送ってやれなくて」

「いいよ。父さんだって次の仕事があるんだから」

「せめてマエステヴォーレがまだ軍病院にいてくれたら安心できたのにな……」

「心配しすぎだって、父さん。私たちもう子供じゃないんだからさ」


 母の心配性が伝染ったのか、父は年々過保護になっていく。イチヒは困ったように笑う。

 しばらく軍病院の特別顧問をやっていたマエステヴォーレだったが、ちょうど任期満了でこの後はまた父の船に戻ることが決まっている。


 浮遊自動車のスピードが上がった。勢いよくカーブを曲がる。

 助手席のミラーに、遠くで巻き上がる砂嵐が見えた。

 

 もう、地球駅はすぐそこだった。




「それじゃ、気をつけてな。銀葬先鋒隊(ガラクス・セパルト)、頑張れよ」

「うん、父さんもね」


 金属の親子は短い会話を交わす。軽くハグをすると、金属のぶつかる音が反響した。


「無茶するでないぞ、イチヒ嬢、リリー嬢」


 マエステヴォーレはまるでおじいちゃんみたいに2人の手をぎゅっと握る。


「うん、ありがとうマエステヴォーレ。元気で」

「ありがとうマエステヴォーレさん!」


 最後に、イチヒの父がリリーゴールドへすっと手を差し出した。


「これからも、うちの娘と仲良くしてくれ」

「もちろん!」


 リリーゴールドも、その手を取って握手する。

 2人の掌の間に、カサッと紙の鳴る乾燥した音が挟まれた。


「ん?」

「……後で自分の宇宙船に帰ったら、エンジンを起動する前に読んで欲しいの、絶対」


 気になって掌を確認しようとするイチヒの父を、リリーゴールドの大きな手が制した。

 その真剣な目に、彼はわかった、とだけ呟いた。掌をそのままぎゅっと握ってポケットにねじ込む。


 リリーゴールドは真剣な目で頷いた。ちろり、と横目でマエステヴォーレを見ると、彼は訳知り顔で軽くウィンクなんて寄越してくる。

 イチヒの父は、リリーゴールドの視線の先を辿ってマエステヴォーレに気付いた。彼は、おじいちゃんウィンクをみてしまって気まずそうに目を逸らす。


「……なんじゃ、ヴェラツカくん。その顔は」

「だれがジジイのウィンクなんて見たいんだよ」


 マエステヴォーレが、目を逸らしたイチヒの父にジト目で噛み付く。

 

「ジジイとはなんじゃ! はー、そういうところは変わってないのぅ、メタルコアにいた時からほんとに憎らしい子じゃわい」

「マエステヴォーレ!! 昔の話はしない約束だろ?!」

「さーてどうしようかの〜? イチヒ嬢にきかん坊だったことでも話してやろうかのぅ」


  イチヒはそのやり取りを見て思わず吹き出す。

 父さんは、昔からマエステヴォーレと一緒にいる時だけ何だか子供っぽくなる。

 声を上げてる父さんなんて、私の前じゃ見ないもんな。


「え〜! あたしもイチヒのパパの若い頃の話、聞きたい! ふたりはずっと昔から仲良しなの?」

「フォフォフォ! リリー嬢が聞きたいそうじゃよ、ヴェラツカくん。

 そうなのじゃ、儂らは彼が故郷のメタルコアで騎士をやっておる頃からの知り合いで――」

「マエステヴォーレ!!! 恥ずかしいからやめろっていつも言ってるだろ?!」


 リリーゴールドが目をキラキラさせてマエステヴォーレの話に食いついていく。

 だってなんだか、マエステヴォーレさんといる時のイチヒのパパって……イチヒに似てるんだもん!


「イチヒは、パパの過去を知ってるの?」

「いやー私にも教えてくれないんだよ。メタルコアを騎士の仕事ほっぽり出して逃走したってことしか知らない」


 イチヒに水を向けてみる。でも、イチヒも詳しくは知らないようだ。


「イチヒ?! なんでそれを知ってるんだ?! マエステヴォーレか?! 母さんから聞いたのか?!」

「フォフォフォ! まあそう隠すものでもなかろうて」

「お前か?! お前が教えたんだな、マエステヴォーレ!!」


 マエステヴォーレの楽しそうな笑い声が響く。

 そこで、イチヒが駅の壁にかかった大きな時計に目をとめた。


「あ、父さん。もうそろそろ行くよ。列車の時間だ」

「ああ……気をつけてな、イチヒ。リリーちゃんも」

「何かあったら気軽に連絡よこすのじゃぞ」


 

 それからイチヒとリリーゴールドは、手を振りながら駅に消えていく。

 大人2人は元気に学校へ戻っていく2人の姿を、見えなくなるまで見送っていた。



 ――列車に座るなり、イチヒがリリーゴールドに尋ねてくる。


「なあ、リリー。さっきのメモって……?」


 

「うん。マエステヴォーレさんに言ったこと、イチヒのパパにも知ってもらおうと思って」



 渡したメモには一言だけが書いてある。


 『イチヒのママを守って』と。

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