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69 リリーゴールド、地球を歩く

 その日の晩、リリーゴールドはイチヒの部屋にいた。

 床に敷いてもらった布団は3人分。リリーゴールドはその上にごろんと横になっている。


「なぁ、リリー」

「んー?」


 リリーゴールドは、隣のベッドの上から覗き込んできたイチヒを寝転がったまま見上げる。


「どうだった? 地球は」

「……うん」


 リリーゴールドは、実は地球に来るのは初めてじゃない。

 子供の頃、母にこっそり連れてきてもらった事がある。でも、地球の人の目にちゃんと映れたのは初めてだった。


「嬉しかったなあ……イチヒのママとパパにたくさん歓迎してもらえて。缶詰も沢山食べられたし」

「はは、そうか。よかったよ……みんなが笑ってて」


 イチヒはまたベッドに戻って横になる。

 本当は少し、怖かったのだ。なんせリリーゴールドはあの『魔女の娘』だから。

 でも、イチヒの両親はただの『娘の友人』として接してくれた。


 ちらり、と窓の外に目をやった。

 紫色の毒ガスと光化学スモッグで覆われて、夜空は霞んで見えない。

 窓が、砂嵐の風でカタカタと揺れた。

 リリーゴールドも同じく窓を見ていたのか、静かに話しかけてくる。


「イチヒは……この世界で育ったんだね……

 だから、訓練の砂漠で慣れた感じだったんだあ」

「ああ、シェルターの外は毎日砂嵐だからな。まあ、普通の地球人はシェルターの外にそもそも出られないが」


 イチヒの言葉に、リリーゴールドが上体を起こして不思議そうに問いかけてくる。


「そうなの? じゃあ駅にどうやって行くの?」

「……行かないんだよ。地球人は高濃度の酸素が必要だし、列車に乗ったって他に行ける星がない」


 外はただの砂漠じゃない。放射能汚染と大気汚染の進んだ世界だ。生身の地球人はとても生きていけない。

 だからこそ、みんなこうして巨大シェルターの中で身を寄せあって暮らしている。

 シェルターだけが、地球人の全てだ。


「酸素生成フィールドがあってもダメ?」

「たぶんそれなら大丈夫だけど……地球人みたいに酸素が沢山必要な種族なんてほかにいないし、わざわざ地球人の為だけにあんな高価なもの用意してくれないだろ」

「むむむ……」


 リリーゴールドは納得いかない様子で眉間に皺を寄せていた。

 

 今朝2人が降り立った地球駅は、他に誰も乗客がおらずがらんとしていた。自動改札機とメンテナンスロボットの稼働音だけが、広い駅構内に響いて消えた。

 地球人であの駅を使ったことがある人なんてたぶん、いないんだろう。

 あの駅はほとんど行商人専用駅みたいなものだ。


「リリー。明日は母さんがシェルターを案内してくれるって言ってたろ。今日はもう寝よう」

「うん、おやすみイチヒ」

「ああ。おやすみ」



 次の日、やたらと張り切った母は、何を見ても感動してくれるリリーゴールドをシェルター内のあちこちに連れ回していた。


「ね、リリーちゃん。これが大規模農場よ! ここはね、うちの企業が育ててる所なの」


 母が自慢げに、地下に広がる巨大レタス畑を見せびらかしている。

 畑と言っても、一面の水槽にレタスが浮くようにして植わっている水耕栽培だ。もちろん太陽光はレタスの真上に備え付けられた人工太陽光である。


「すごーい! レタスがたくさん!

 ねえイチヒ! このレタスってあたしの光でも育つかなあ?」

「……いやまあ、不可能では無いんじゃないか?」


 リリーゴールドは目をきらきらさせてあたりを見回していた。ここは、シェルターの地下ワンフロアをぶち抜きで作った巨大な農場だ。

 ちょっとした宇宙戦艦くらいの床面積がある。


 イチヒは、リリーゴールドの身体をまとうぼんやりした白い光を眺めて考える。

 

 まあ、仕組み的にはリリーの光って太陽光だから、リリーの近くにプランター置いといたら育つかもな……? 

 寮の部屋の中で体育座りするリリーゴールドの周りにプランターを並べることまで真剣に考えた。

 ――キュウリや、トマトやナスくらいなら育ちそうだよな。

 

 ……って、なんだか絵面がおかしすぎる!!

 自分の妄想が変にリアルで笑ってしまう。しかも、リリーなら喜んで付き合ってくれそうで、尚更面白い。

 


「ねえリリーちゃん! 次はうちの工場を見に行きましょう! このレタスを缶詰に加工する工場よ」


 母は、リリーゴールドを連れて、さらに地下へと進んでいく。

 イチヒもその後ろを追った。


 イチヒの母は――地球でも有数の大企業の社長だ。高級な生鮮缶詰を、食物の育成から加工まで全て自社で行っている。

 だからこそ、イチヒの家は地球の中では比較的裕福に暮らすことが出来ていた。


 でも、それ故に子供の頃のイチヒはいつもひとりぼっちだった。母は家にいても仕事に忙しく、行商人の父はほとんど家にいない。

 下手に社長の娘だから、シェルターの中では遠巻きにされていて友達もほとんどできなかった。


 

「ねぇイチヒ! 凄いねえ、缶詰ってこうやって作るんだねえ! 乾パンも同じ?」


 リリーゴールドがイチヒの肩を叩く。子供みたいな好奇心に輝いた目でイチヒのことを見てくる。

 イチヒは苦笑しながら、友人に答えた。


「どんだけ乾パン好きなんだよ……まあ、そうだよ。缶詰はどれも同じような作り方だな」


 イチヒにとっては見慣れた光景でも、リリーゴールドにとっては面白い場所らしい。

 まあいいか、彼女が楽しそうだから。

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