7 タングステンのヒーロー
イチヒは、目の前の1体のAI戦闘アンドロイドをじっと見据える。
流線型のしなやかな体躯に、細い腕は刃のように尖っている。その細い身体はどう見てもスピード特化型だろう。
――目で追える速度だといいんだが。
重力軽減装置を解除してしまった今、イチヒは全く素早く動けない。そのかわり捕獲さえ出来れば、重力のかかった体重だけでチタン合金ボディなど押し潰せるはずだ。
部屋の中に佇んでいたアンドロイドが加速する。空中を滑るように移動して、その細い腕を振り上げる。
――よし、見えないほど早くは無い!!
イチヒはその攻撃を避けることなく肩で受け止めた。
ギィィン……!
金属同士がぶつかる音がして、反響音が響く。
予想通り、イチヒの身体には傷ひとつつかない。
タングステンは、チタン合金より余程強い!
「チタンなんかに……負けるかよ!」
自分を攻撃するアンドロイドの腕を右手で掴む。
アンドロイドのチタン合金のボディに、イチヒの指がめり込んでいく。
そこでアンドロイドは回避行動に転じた。
攻撃を止めて後ろに飛んで逃げようとする。
「逃がすか……!」
イチヒは左手も使ってアンドロイドの腕を掴む。
アンドロイドの腕がきしんで、火花を散らしたかと思えばそのまま引きちぎれた。
その瞬間、アンドロイドは跳躍して後ろに下がる。
「チッ」
イチヒは掴んだままの腕を床に放り投げた。
ガラン、と軽い金属の音がしてアンドロイドの腕は床に転がっていく。
――片腕が無くなったくらいじゃ、『停止』はしてくれないか。なら全身を狙わないとな。
アンドロイドは距離をとったが、今度は部屋の角を跳ねるように移動し、天井を蹴って跳躍すると再びイチヒめがけて突っ込んでくる。
イチヒがまた掴もうと腕を伸ばすが、アンドロイドはするりと逃げ出し、掴み損ねたイチヒの手は空を切る。
まるでこちらの軌道を読んだかのようだ。
『気をつけろ〜! アンドロイドは諸君らの動きを覚える!』
スピーカーからグラヴィアス大佐の声が響く。
――そう簡単には捕まえられないってか。
時間は15分しかない。
アンドロイドより極端に遅いイチヒには『15分逃げ続ける』達成は無理だ。何とかして、捕まえるしかない――!
アンドロイドは近付いて攻撃すると思いきや、イチヒが腕を伸ばせば離れ、また近づいてを繰り返している。
イチヒを警戒してか、常に間合いをとって付かず離れずの位置から踏み込んでは来ない。
これでは、イチヒの速度じゃ近づけない。
一体何分経ったのか。残りは何分なのか――
ちょうどその時スピーカーからグラヴィアス大佐の声が響く。
『9分経過、残り6分!!』
――クソ、もう半分を切ってる!
「しかけるしかないか……」
イチヒは重たい体で走り出す。傍目には歩いてる速度と変わらない遅さだ。
関節が体の重さに軋む。
そう長くは走っていられない。
アンドロイドは、距離を取りながらイチヒを観察している。その目みたいな赤いランプが不気味にイチヒを見据える。
イチヒは、軽くジャンプしてアンドロイドに飛びかかった。
アンドロイドは軽く躯体をしならせ回避すると、逆に攻撃に転じる。
残った方の腕を大きく振りかぶり、転びそうなイチヒの死角に迫った。
イチヒはその攻撃を避けられず、イチヒの頭上にアンドロイドが迫る。
――と思われたその時。
「かかったな!!」
イチヒはアンドロイドの攻撃を背中で受けると、胴体にしがみついた。アンドロイドの躯体は、イチヒの1000kgの重さに耐えきれずひしゃげていく。
ガシャン……!
逃げようとするアンドロイドを、イチヒはしがみついたまま押し倒した。
金属同士がぶつかり合う音が響くが、タングステン部屋がその衝撃波を吸収していく。
アンドロイドは、タングステンの床とタングステンのイチヒの身体に挟まれてプレスされてしまった。そのまま、アンドロイドが動き出さないように己の身体を重しにしてしがみつく。
己の下敷きになったアンドロイドを見下ろした。
潰れていくアンドロイドのあちこちの関節から、バチバチと火花が飛ぶ。
タングステンの重量は、チタン合金にとってはあまりに過酷だった。まるで缶をプレス機で潰すように、メキメキと小さく薄くなっていく。
スン……アンドロイドの稼働音が止まる。イチヒは恐る恐る自分の下敷きのアンドロイドを覗いた。
「やったか……?」
アンドロイドの光る目が、最後に一瞬だけ赤く点滅して、ふっと消えた。
『――停止、確認!』
スピーカーからグラヴィアス大佐の声が響く。ほぼ同時に、壁と同化していた扉が再び開いた。
「イチヒ・ヴェラツカ、テスト完了。規定時間内にAI戦闘アンドロイドの機能を停止させた。
記録――完璧な制圧による勝利!」
グラヴィアス大佐の声が響き渡った。
肩で息をしながら、イチヒはゆっくりと立ち上がる。
全身に重力の負荷がかかっているとはいえ、今は勝利の高揚感で身体が少しだけ軽く感じられた。
扉の向こうでは、モニターで様子を見ていた他の新入生たちがどよめいている。
「すっごーい!! イチヒー!!」
その中で、真っ先に声をかけてきたのはリリーゴールドだった。
両手を広げて満面の笑みで迎えてくる。
イチヒが重たい体をよろめかせて部屋から出ると、リリーゴールドはぎゅっと抱き締めてきた。
「 潰し方、かっこよかったよー! メキメキのバキバキって!」
「いや、お前が言うと怖えんだけど……」
はぁ、と息を吐いてイチヒは重力軽減装置を再び起動する。徐々に身体が軽くなっていくのを感じながら、アンドロイドを捕らえて、押し潰した時の感覚を思い出す。
――思ってたより、戦えるじゃん、私。
今まで自分の金属の身体はコンプレックスでもあった。地球にいた頃は、地球人みたいに身軽に動けないことが恥ずかしいと思っていた。
「イチヒの身体、かっこいいねー!」
「え? ……かっこいい?」
リリーゴールドは身振り手振りで、興奮気味にまくし立てる。
「アンドロイドの攻撃なんか効いてないぜって感じでー! 捕まえたら一瞬で潰しちゃうんだもん! 映画のヒーローみたいだった!」
リリーゴールドは、目を輝かせて真っ直ぐに言った。子供がヒーローに憧れるみたいな口振りで。
「お、おう……」
イチヒはなんとなく照れくさくなって、視線を逸らす。
――自分の重さが、誰かの目に「ヒーロー」として見えたのは、たぶん初めてだった。
「ヴェラツカ君。素晴らしい戦闘だった」
グラヴィアス大佐が近付いてきて、手を差し出してくる。イチヒは、その女性とは思えないほど分厚い手を力強く握り返した。
「ありがとうございます、大佐」
「……ふむ、戦闘服にほつれはあるが、身体に怪我は無いようだな」
グラヴィアス大佐はイチヒの肩や背中をじっとみている。アンドロイドに切りつけられたので、心配してくれているのだろう。
「あ、はい。私には金属星人タングステン一族の父がいるので――」
「なにっ?! 今、タングステン一族と言ったか?!」
途端、グラヴィアス大佐が前のめりに近付いてくる。
「タングステンは私のお気に入りの金属でね。そうか、君はタングステン金属細胞を持っているのだな、素晴らしい!」
うんうん、とひとりで頷く教官を見ながらイチヒは思い出していた。
――そういやこの人、やたら金属褒めてたし詳しかったな。金属オタクか……。
テスト前にアンドロイドを撫で回していた様子を思い出して、イチヒは気付かれないようにそっと教官から距離をとった。
グラヴィアス大佐は、ごほんと咳払いをすると生徒たちに向き直って言う。
「この技力測定テストは、諸君らの進路を左右する。これを参考に、特別任務部隊への推薦者が決定されるだろう。例年通りなら、推薦枠は3枠のみだ。準備を怠るなよ!」
イチヒは無言で頷いた。
体がまだズシリと重い。だが、その重さは今、少しだけ心強かった。