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68 地球流の『おもてなし』

「いらっしゃい。あなたが――リリーちゃんね?」


 黒髪の地球人の女性が、にこやかに微笑んで出迎えてくれた。首を限界まで上に向かせて。


「……それにしても本当に大きいのね。身長何センチあるの?」

「えーっと、300cmくらい?」

「あらまあ! 本当に3mあるのね?!」


 そのセリフがなんだが出会った頃のイチヒを思い出して楽しくて、リリーゴールドは隣のイチヒを見る。彼女も同じことを考えていたのか、2人してふふっと笑う。


「狭いかもしれないけど……くつろいでいってね」


 イチヒの母は、優しげな顔で微笑むと小さな金属の扉を開けた。リリーゴールドは一生懸命に体を折りたたんで、その扉をくぐる。

 ふわり、とアンティークの木の香りと埃の香りがした。


 無骨なシェルターの中とは思えないほど、部屋は優しい生活感に溢れていた。

 間接照明で照らされた薄暗い部屋に、古めかしい高級そうな絨毯が敷いてある。

 壁には、鳩のからくりが入った時計が掛かっていた。

 部屋の真ん中に、茶色い上質で重そうな机が置いてある。

 そこには、見知った顔が2人並んでいた。


「おかえり、イチヒ」

「イチヒ嬢、リリー嬢、久しぶりじゃのう」


 金属光沢のある銀色の髪をしたイチヒの父と、白髪と白い三つ編みの髭を蓄えた鍛冶医師が茶色い机でお茶をしていた。


「父さん! マエステヴォーレさんも!」


 イチヒが駆け寄る。リリーゴールドも、天井に手を当てて頭がぶつからないように腰をかがめながら慎重に近付いて行く。


「リリーちゃんもいらっしゃい。いつもイチヒと仲良くしてくれてありがとうな」

「うん! いつもイチヒが優しくしてくれるの!」


 イチヒの父に話しかけられて、リリーゴールドは照れたようにへにゃりと笑った。

 それを見ていたイチヒが慌てて会話に割り込んでくる。ちょっと照れくさそうな顔で。


「リリー! 父さん! そういうのいいから……!」

「フォフォフォ。仲良しで何よりじゃ」


 マエステヴォーレは孫を見守る、まるでおじいちゃんみたいな顔で笑う。


「あらあら、みんな仲良しさんなのね。

 リリーちゃん、うちの椅子小さいかしら……座れそう?」


 イチヒの母が、たくさんの缶詰を抱えて現れた。

 リリーゴールドは、ふるふると首を振って縮こまるとちょこんと椅子に腰かける。

 体のほとんどがはみ出ていた。もうほとんど空気椅子状態だ。


「うん! 座れる!」


 イチヒにすればリリーゴールドが無理やり小さい椅子に座ってる様子は見慣れたものだが、両親はそうではなかったようで申し訳なさそうにオロオロしている。

 マエステヴォーレは愉快そうに笑っていた。


「やっぱり狭いわよね、ソファ引きずってこようかしら?」

「ああ、母さん。なら父さんが持ってくるよ」

「お願いできる?」


「ええええ! 大丈夫です! 座れてる!

 ねえ、イチヒも笑ってないでなんか言ってよお」

「あはは、ねえ母さん。大丈夫だってば。リリーいっつもこの調子だから」


 本当に? と心配そうに覗き込むイチヒの両親に、リリーゴールドはぶんぶんと首を縦に振った。それから、イチヒの母が机に並べた缶詰をじっと見つめる。


「本当に大丈夫! ……それで、その缶詰って」

「あ、これね。リリーちゃんも来るって言うから色んな缶詰を用意したのよ」


 そうして彼女は、並んだ缶詰をリリーゴールドにラベルが見えるように向きを揃えてくれる。

 全部のラベルが地球語だった。

 さすがの4次元技術にも、見たことない言語を見ただけで翻訳する技術はない。

 初めて見る地球語は、リリーゴールドには絵のように見えた。


「すごおい! ……読めないけど」

「あはは! さすがのリリーでも地球語は読めないか」


 イチヒが笑いながら、缶詰のひとつを手に取る。パンのイラストが描かれているものだ。

 プルタブを引き上げると、ぷしゅっと空気の漏れる音がする。蓋を開けると、いつか食べた乾燥パンが顔をのぞかせる。


「あっ! それ! おいしい硬いパン!」


 リリーゴールドが指さすと、イチヒの両親の顔が綻ぶ。

 

「お、リリーちゃんは乾パンが好きなのか」

「うん! 前にイチヒがくれたのー!」

「乾パンが美味しいとは、なかなか通じゃのぅリリー嬢は」


 イチヒの父とマエステヴォーレの声に、リリーゴールドは首を傾げた。

 リリーゴールドは、他と比べられるほど缶詰に詳しくない。彼女は、乾パンが地球であんまり人気がないことなど知らない。

 乾パンはすごく面白くて美味しかったけどなあ……?

 不思議な顔で面白がる大人2人を見ていた。

  

 

「ねえ、リリーちゃん。今日は生鮮缶詰もあるの。イチヒは持っていかなかったから初めて見るでしょ?」


 そう言って、イチヒの母は幾つかの缶詰を開けていった。

 ひとつは、青々としたレタスの缶詰。

 もうひとつは、真っ赤なイチゴの缶詰。

 それから、バナナの缶詰やキュウリの缶詰。さくらんぼや、トマトの輪切りも。

 銀色の金属の器の中で、色とりどりの瑞々しい生鮮食品が並ぶ。


「うっわ、母さん私の誕生日より豪華じゃない?」

「あら、だってイチヒのお友達が初めて地球の外から来てくれたのよ? おもてなししなくっちゃ」


 身を乗り出して缶詰を眺めていたイチヒに、イチヒの母は張り切った顔で答えた。

 リリーゴールドはなんだか胸が暖かくなって、目の前の食卓を眩しい思いで見つめる。


 ……これが、イチヒの家族かあ……


 

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