65 リリーゴールド『艦長』になる
薄水色の電脳世界に――目で見えたのと全く同じ間取りのエンジンルームが拡がっている。
違っているのは、目で見えた世界に無かった操作盤が追加されていること。
リリーゴールドは、電脳世界をゆっくりと歩く。電脳世界特有の不思議な浮遊感には、何度歩いても慣れない。
巨大なエンジンに備わる操作盤に触れる。
自動音声の警告が再生された。
《艦長権限確認中……確認が取れません。生体認証を行います……登録データがありません。……“主”の素質が検知されました。艦長の新規登録を行いますか?》
ええっと、よくわかんないけど、はい!
あたし、この電源を落としたいの!
《承諾します。……新規登録実施中……》
自動音声が読み込みモードに入る。
リリーゴールドはどきどきしながらその場に立って、次の言葉を待った。
エンジンエネルギーは、ずっと鼓動みたいに淡く点滅しながらリリーゴールドの前に佇んでいる。
《登録完了。リリーゴールド・ズモルツァンドを空母アストライオスの艦長に新規登録しました。
エンジンを停止させますか?》
ようやく自動音声が流れる。リリーゴールドは即座に答えた。
やったー! お願い!
《エンジンの停止作業に入ります……失敗しました。『異常事態プロトコル』が発動しています。エンジンを停止できません》
……やっぱりそれが引っかかるのかあ。
艦長権限で撤廃します! 彼らは私のえっと、仲間! そう、仲間だから歓迎して!
《艦長権限命令……受諾。異常事態を解除し、歓迎に移ります。間もなく、空母アストライオスのエンジンが停止します……》
自動音声が言うと同時に、目の前で点滅していたエンジンエネルギーがスン、と光を消した。
《エンジンの停止を確認しました。防御迷路が解除されます》
その声を確認してから、リリーゴールドは意識を現実世界へと戻していく。
ぱちぱちと瞬きをして、目を開ける。
エンジンに触れたままだった指先は、もうなんの振動も捉えていない。
無事、エンジンを停止できたみたいだった。
「リリー!!」
目を開けたリリーゴールドの背中に、イチヒが駆け寄ってくる。
その後ろをサフィールも着いてきた。
サフィールは不安そうにリリーゴールドに声をかける。
「さっきのシジギアの古語……ちゃんと聞き取れなかったけど、『停止』って言ってた……よね?」
「うん! 艦長権限で、大佐たちは仲間だから歓迎してって言ったの! 今度は言うこと聞いてくれたんだあ」
リリーゴールドがへにゃ、と笑った。さもなんでもない事かのように。
「え? 待って艦長、権限……?」
サフィールが、リリーゴールドの言葉を繰り返し呟いて固まった。
「この遺跡の主になった、って言ってたけど……今度は艦長になったのかよ?!」
イチヒのツッコミが静かなエンジンルームに響いた。
すると、リリーゴールドはにこにこと答える。
「うん! これ、『空母アストライオス』って言うんだって!」
――それから数十分後。
イチヒたちと、グラヴィアス大佐たちは約2日ぶりの再会を果たしていた。外まで出てきて、離れた場所から空母アストライオスを見上げる。
外で見るとそのピラミッド型の機体はほとんど雪におおわれて、本体を知っていても山にしか見えなかった。
「――という訳で、リリーが空母の艦長になったのでガーディアンロボットたちが攻撃を辞めたんだと思います」
イチヒが、これまでの事の顛末を大佐たちに報告する。
顔も手も傷だらけのグラヴィアス大佐は、自分の顎を撫でながら唸る。彼女のボロボロになった戦闘服が、激しい戦闘があったことを伝えていた。
「ううむ、なるほど……この遺跡は、今なお稼働する空母だった訳だ……実に面白い」
セルペンス中佐も大きなため息をついた。彼の戦闘服もまたあちこちが切り傷だらけになっていた。
その背後に控える隊員達も傷だらけで、顔に痣を作っている者もいる。
「――これまでも毎年、この遺跡で訓練を行っていたのに誰も迷路でガーディアンロボットを見かけなかったのは……『魔女』の系譜の者が居なかったから、彼らは眠ったままだったという訳ですか」
大佐たちは、事前に迷路に回収アイテムの設置と監視のために、遺跡を訪れたらしい。
そして、そこで突然現れた完全武装のガーディアンロボットたちに捕らえられ、地下牢に入れられてしまった。
リリーゴールドが現れたことで、ガーディアンロボットたち含め『遺跡』の意識が主であるリリーゴールドに向かい、警備が手薄になった所を脱出。
その結果、むしろガーディアンロボットたちに追い回され危うく殺されそうになった。
だが、リリーゴールドの命令で急にガーディアンロボットたちが片膝をついて大佐たちを『歓迎』しだした。
そしてやっと全員が合流して今に至る――
「……残念ですが、ここで訓練は中止です。助けてくださって、ありがとうございました。あのまま数に押し切られていたら、我々は全員揃って生きて帰ることが出来なかったかもしれません。
――こちらが第3回収アイテムの、『認証キー』です」
そう言って、セルペンス中佐は薄い半透明のカードキーを差し出した。
「本来であれば、この山頂の神殿に隠すはずだったデバイスに認証キーでアクセスして頂いて、最終選抜クリアとなりますが――」
そこで、セルペンス中佐は空を仰ぐ。
雪におおわれた空母アストライオスの山頂に、神殿らしき建物が見える。
「あれも、空母の一部ということは、神殿ではなかったのでしょうね……さしずめ、船首像と言った所でしょうか」
古い時代の宇宙船は、より船に近い形をしていたと聞いたことがある。
海を渡る船において、女神像や神殿のような装飾が船首に付いていることは珍しいことではなかった。
現在の宇宙船は、船と言うよりは新幹線や飛行機に近い形をしている。だが、昔からの慣習で未だに『宇宙船』と呼んでいるのだ。
「……この空母が再起動すれば、星間戦争の鍵を握る可能性もある。我々としても、上に報告せねばならないな……」
グラヴィアス大佐も、同じように空を仰ぎながら呟いた。
――こうして最終選抜訓練は、予想外の結末とともに、ひとまず幕を閉じたのだった。
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そろそろ新章へ向かっていきます。




