63 リリーゴールドだけが座れる『操縦席』
「こんな大規模に動く仕掛けなら――どこかに巨大動力源があるんじゃない?
その電源を、落としちゃえば?」
サフィールの声を聞いて、イチヒがぱっと顔を上げた。
「それだ! リリー、お前の力で動力源の場所を感知できないか?」
「できる! さっき“操縦席”に座ったとき、この“空母”の通路ぜんぶ見えたんだよ! きっとエンジンルームもあるはず!」
リリーゴールドは、イチヒの言葉に答えながら走り出した。
……はやく、操縦席にまた座らなくちゃ!
はやる気持ちで、古びた絨毯を駆け出していく。
走っていくリリーゴールドの白い背中を、イチヒとサフィールも慌てて追いかける。
走りながらイチヒが叫ぶ。
「おい、リリー?! 空母? なんの話だよ?!」
だが、リリーゴールドは答えずに走る速度を上げた。
歩幅が違いすぎるイチヒたちは追いつけない。
かわりに、サフィールが推論を口にする。
「もしかして――さっきのホログラムの椅子の話? あれが操縦席なんじゃない?」
「じゃあ、ここって遺跡じゃなくて巨大兵器の中だっていうのかよ?!」
「なんかもう……何が出てきても驚かなくなったぼくがいるよ……」
リリーゴールドは、イチヒとサフィールに答える間も惜しんで真っ直ぐにホログラムの玉座に向かっていた。
急がないと、大佐たちがロボットに殺されちゃう――!
だって、ここは空母なのだ。
空母に乗るのは騎士じゃない。
――戦闘機だ。
あの武装騎士ガーディアンロボットは、一体一体が戦闘機としての戦闘力を備えているに違いなかった。
イチヒたちが追いついた時、リリーゴールドは――もう操縦席に座っていた。
薄水色に透けるホログラムの椅子に座る、半透明のリリーゴールドの姿が視界に飛び込んで来る。
だが――ホログラムの彼女が身につけているのは、イチヒたちと揃いの戦闘服ではない。もっと豪奢な、それこそ昔の騎士たちが着るような装飾の多い、指揮官の服だった。
薄水色の彼女は、いつものリリーゴールドとは違って厳かな雰囲気に包まれている。じっと目を瞑り、何やら思案深い顔に見えた。
――ホログラムのリリーゴールドが、目を開ける。
その瞬間、埃っぽい床に転がっていた本体の方のリリーゴールドの身体が叫んだ。
「エンジンルームあった――!!」
「うおっ! そっちが喋るのかよ!!」
イチヒが反射的にツッコミを入れた時には、ホログラムの操縦席に座るリリーゴールドの姿はかき消えていた。
埃だらけで起き上がるリリーゴールドの金色の目は、いつもの彼女らしい好奇心に輝く瞳だ。その雰囲気に、もう人智を超えた厳かなものはない。
――いつものリリーだ。
イチヒはほっとする。
さっきのホログラムの操縦席に座る彼女は、イチヒの知らない顔をしていた。
その姿はどこか遠い世界の、軍神のようですらあった。
「イチヒ! サフィール! 見つけたよ、エンジンルーム! ここから真っ直ぐ行ける道がある!」
リリーゴールドは白い髪を埃だらけにして立ち上がった。
イチヒとサフィールも、彼女の元へ駆け寄る。
「まじか?! どこだよ?!」
「そこ!」
リリーゴールドは白い指先で、すぐ側の壁を指さした。
一見するとただの壁だ。だが。
「この壁の向こうに、メンテナンスシャフトがあるの! 入口はロックされてるけど……ここなら壁をぶち抜けそう!」
「なるほどな……! ぶち抜くなら任せろ!」
イチヒはぎゅっと拳を握る。
サフィールが先に壁に向かった。コンコン、と壁を叩く。
軽い金属の反響音がした。
確かに、向こう側に空洞がある。
サフィールは、すっと口を開いた。
軽い鈴を転がすような超音波――エコロケーションを使う。彼の超音波は壁を響きわたり通り抜けて、さらにその奥の金属のシャフトを見つけた。
「……ある。幅90cm四方の通路が、壁の向こうで上から下に真っ直ぐ伸びてる」
人ひとりが通れるくらいの狭い通路だ。細いハシゴがずっとかかっていてここから下に降りられそう。
「よっしゃ! サフィール、どいてろ!」
イチヒが助走をつけて壁に向かって飛び込んだ。
重たい金属のハンマーでぶっ叩いたような、鈍い大きな音が響く。
壁が大きくへこみ、その脇の壁どうしの接続部が浮き上がった。
「この壁ごと外せそうだね……イチヒ、そっち側はお願い!」
「おう!」
サフィールが、その浮き上がった隙間に超振動ナイフを突き立てる。
イチヒも真似して、ポケットから取り出した超振動ナイフを隙間に突き立てた。
「「せーの!」」
ガコン、と大きな音がして壁の一部が外れた。
無骨な金属の壁とハシゴが顔を覗かせる。
下から冷たい風が勢いよく吹き上げてきていた。
リリーゴールドが身を乗り出してその縦穴を覗くが、どこまで続いてるのか分からないほどその穴は真っ暗だった。
「このまま下に降りれそうだよー!」
シャフトを覗き込んだリリーゴールドの声が、金属に反射して響いて消えた。
――リリーゴールドたちが大佐たちを助けようと、古代空母で奮闘する中、学園でも『古代迷宮遺跡』に深い興味を抱いている者がいた……
「――AIカァシャ。あの“遺跡”の解析は全て済んだかね?」
地位の高さがひと目でわかる、金モールと数多くの勲章に彩られた軍服を着た初老の男が理事長席に座っていた。
傍らの端末から、薄水色の球体ホログラムがふよふよと浮かび上がっている。
球体ホログラムは波打ちながら合成音声で答えた。
「はい。『古代迷宮遺跡』――空母アストライオスの解析は完了しています。
ご希望であれば、解析結果をお伝えできます。」
AIカァシャの言葉に、理事長は唇に刻んだ笑みを深くした。
「ほう。空母アストライオス? やはり、ただの迷宮遺跡ではなかったのだな」
「はい。迷宮はアストライオスの一部分ですが、その本質ではありません。
解析の結果……アストライオスはおよそ5000年前、4次元から来た軍神セトによって建設されました。
3次元物質を使用し外装が作られ、そのエンジンは4次元の不変エネルギーを核としています」
「なるほど……。私の見立て通りだったようだ。
――AIカァシャ。リリーゴールドは、アストライオスにどのような影響を与える?」
「はい。リリーゴールドは、アストライオスの艦長となることが出来るでしょう。
アストライオスを乗りこなすことは、彼女の成長において大きな意義があると考えることができます。
教育者として、リリーゴールドのアストライオス搭乗をおすすめします」
――理想通りだ。
理事長はほくそ笑んだ。




