61 『古代迷宮』の新しい主になったようです
リリーゴールドは、イチヒとサフィールが岩陰から左右に飛び出すのを見ていた。
岩陰から試しに頭を出してみたが、ガーディアンロボットたちは一切リリーゴールドのことを捕捉するつもりは無いようだ。
まるでそこに居ないかのように、リリーゴールドのことを無視する。
「ふーん……『お留守番ロボット』かあ」
リリーゴールドは、イチヒとサフィールを追い回す4体のロボットの命令系統に脳波を合わせていた。
波の感覚を意図的に揃えていく。リリーゴールドの波長はロボットの電気信号の波長に溶け込んでいった――
この4体は、全て同じ命令で動いている。
『主の帰還まで、その場で待機せよ』
『主が現れたら、主の敵を警戒せよ』
――たぶん、あたしを遺跡の主だって認識したっぽい。
リリーゴールドは、ゆっくりと歩き出す。
思った通りだ。
ガーディアンロボットは、歩き出したリリーゴールドに近寄りもしない。
「お留守番ロボットなら、帰還を喜んでお出迎えしてくれたっていいのにー」
完全に無視されてるのは何だか寂しいような。
この遺跡の元の持ち主は、淡白な性格だったらしい。
遺跡の前までたどり着くと、彼女は振り向いた。
すっとロボットたちに脳波を揃えて、新しい遺跡の主として命令を追加する。
『その2人は友達だから、歓迎せよ』
その瞬間、イチヒたちを追い回していたガーディアンロボット4体は、錆び付いた関節をギチギチと鳴らしながらその場に片膝をついた。
まるで騎士のように。
イチヒたちが困惑している様子が、ここからでもよく見える。
「えーっ、お留守番っていったら犬じゃないのー?!」
リリーゴールドのイメージでは、お留守番ロボットと言えば犬っぽいロボットだったのだ。
その場で飛び跳ねたりして歓迎して欲しかったんだけど……
どうやら元遺跡の主とは趣味があわないらしい。
古代迷宮遺跡の内部は、湿った空気に包まれていた。
雪解け水が天井や床を濡らしている。
中は薄暗く、壁に等間隔に付けられたセンサーライトが、リリーゴールドたちを検知して近づくと灯る。
見た目が石造りの古めかしい遺跡なだけに、そのハイテク技術との乖離が違和感を与えている。
だが、この遺跡が現役だった頃にはこのセンサーライトも魔法に見えたに違いない。
「……なんか、ゲームのダンジョンみたいだ……」
イチヒは、リリーゴールドの後ろに隠れるようにして歩いていた。キョロキョロとあたりを見回す。
……そもそも、このセンサーライトの動力源はどこから……? 電気なんか通ってるわけないよな?
ぴちょん、ぴちょん、と雪解け水の雫の垂れる音が暗い廊下に響いている。
『古代迷宮遺跡』と呼ばれている割に、入ってから今まで一度も曲がり角のない、真っ直ぐな狭い廊下が続いていた。
「リリー。新しい遺跡の主になったって言ってたけど……ここって何なんだ?」
「んー、まだわかんない」
「そうか……」
ついさっきまで、イチヒとサフィールはガーディアンロボットに追い回されていた。
それが一転、突然ロボットにかしずかれた。
何事かと思えば、リリーの仕業らしい。
なんでも、ここの遺跡の新しい主になったから、ここのロボットたちは全て言うことを聞くのだとか。
その時、突然視界が開けた。
長い廊下が終わったのだ。
そこは、恐ろしく高い天井の教会――あるいは玉座のように見えた。
朽ちてかび臭い赤絨毯が、中央の高台まで真っ直ぐに長く伸びている。
絨毯の左右には、古めかしい鎧で完全武装したガーディアンロボットたちが膝をついて並ぶ。盾や剣や槍など、彼らはそれぞれ別の武器を携えていた。
金属は元は銀色だったのだろうか、くすんで黒ずんでいたが、朽ち果ててはいない。
リリーゴールドは、ためらいなく絨毯の上を真っ直ぐに歩き出す。
「……ほんとにぼくたち、襲われないよね?」
「大丈夫だろ。……たぶん」
リリーゴールドの伸びた背筋の後ろを、イチヒとサフィールはおそるおそる着いていく。
左右に並んだ武装騎士ガーディアンロボットたちからの重苦しい圧が凄かった。1歩進む事に、襲われる気がして落ち着かない。
とりあえずサーチアイは光っていない。起動もしていないようだった。
リリーゴールドが、高台まで辿り着いた。
一段高いそこへ、足を乗せる。
カチッ――
どこかでスイッチの押されたような音がした。
フォンッと目の前にホログラムの玉座が現れる。
それは薄水色の半透明で、リリーゴールドが手を伸ばしてももちろん実体がない。手はホログラムをすり抜ける。
「……座れなーい。あ!」
リリーゴールドがなにか思いついたように口を開けた。
ホログラムには電気信号がある。電気信号があれば、電波を拾って電脳世界に入れるのかも!
その中でなら、この椅子にだってきっと座れる――!
そこまで考えた時だった。
――ヴーッヴーッヴーッ!
けたたましいサイレンが鳴り響く。同じリズムの振動が、部屋全体を揺るがしていく。
部屋どころじゃない。遺跡全体が揺れていた。
「何だ?!」
「えっなに?!」
イチヒとサフィールがその場で身構える。
その瞬間、絨毯の左右に整列していた武装騎士ガーディアンロボットたちが、一斉に緑色のサーチアイを起動した。その数およそ20体。
重たい鎧のこすれる音が響く。
ガーディアンロボットたちは一糸乱れぬ動作で、全員揃って起立した。
なおもサイレンは止まない。
「《異常事態発生。異常事態発生。
地下牢より、対象の脱走を確認。対象は――計7名
速やかに排除プログラムを起動します》」
機械音声が鳴り響いた。
それは、イチヒたちが普段使う宇宙共通語でもなく――今はほとんど滅びた惑星シジギアの古語だった。
「えっ?! なんか喋ってんぞ……何語だ、これ?!」
部屋全体から響く声に、イチヒはキョロキョロとあたりを見回す。
全然耳が単語を拾えなかった。聞いたことも無い言語だ。
「――シジギアの、古語だ……子供の頃、ちょっとだけ授業に出てきたことある。同じ恒星系の文化だから……」
サフィールが難しい顔で呟いた。
彼の故郷は、ベガ-アルタイル系の第6惑星ネレイダ。そしてここ、宇宙軍養成学校のあるシジギアは、第4惑星である。
「それで、内容は?!」
「全部はわかんない。でも、『7』『速く』『排除』って」
サフィールは首をひねりながら、単語を口に乗せた。
それを聞いたイチヒは、ごくりと唾を飲み込んだ。
「なあ、嫌な予感がする。――大佐たち、何人だった?」




