60 本当に『ただの訓練』なのか?
「たぶん、ママかほかの4次元の誰かが作ったんだと思う。
――動力源が、4次元の物質で出来てたから」
リリーゴールドはなんでもないようにそう言って、また手元の肉にかぶりついた。もぐもぐ、と咀嚼している。
「は? え? 4次元の物質って?
あ。リリーゴールドは原子が見えるんだっけ」
サフィールが反射で眉根を寄せたが、ふと思い出したように呟いた。リリーゴールドが、うん、と返事をする。
「でもママの趣味じゃないような気がするー、ママは金色が好きなんだよね、ほら」
リリーゴールドはそう言って、胸ポケットから黄金のアナログ懐中時計を取りだして見せた。それを見たイチヒが、ハッと気付く。
「あ! そういえば、魔女がもたらしたとされる宇宙軍の天文時計も――金色だったな?!」
「うん、あと夜空を切り裂く鋏とかもあるけどそれも金色」
「まーたなんかヤバそうなもん出てきたな……空を切るな、空を」
「でも綺麗だよ?」
「綺麗とか綺麗じゃないとかの話じゃねえ」
「ちょ、ちょっと待って! 何の話?」
リリーゴールドとイチヒの会話についていけないサフィールが、ついに会話に割って入った。
そもそも、ぼくその金色の懐中時計も初見なんだけど?!
「あれ? 懐中時計見るのはじめてだった?」
「初めてだよ! その時計、普通の時計と何が違うの?」
「物質の時間を操れるの! これで吊り橋も新品に戻したんだよ!」
「……吊り橋?! あれ、リリーゴールドがやってたんだ……予想はしてたけど……」
サフィールは、あの日川の中から見上げた新品の吊り橋を思い出す。確かに自分が渡った時は、今にも崩れそうな年季の入ったボロボロの橋だったのに。
――もう、チートとかってレベルじゃない。ぼく、こんなのに張り合おうとしてたんだ……こわ。
「それで、宇宙軍の天文時計って――前宇宙史にでてきた、あれ?」
「そうそう! あれね、タイムマシンなんだけど、3次元のみんなは天文時計だと思ってるみたいだねー」
その瞬間、イチヒまで突っ込んだ。
「いやその情報は初出だな?! タイムマシンなのかよ?!」
「あれ? イチヒに言ってなかったっけ、てへへ」
サフィールは、目の前のふたりを見て言葉を失っていた。『魔女の娘』はサフィールの想像以上にチートで、異常だ。
そしてそれを、ちょっと変わってる友人扱いしているイチヒも。異常だとしか思えなかった。
「ねぇ……リリーゴールド。君って一体、何者なの?」
サフィールは、目の前の巨大な白い少女に問いかける。彼女は、ふわっと屈託なく微笑んだ。まるで子供のように、邪気のない真っ直ぐな笑顔で。
「あたし? こっち側じゃない世界――4次元から来た、魔女の娘だよ!」
――それから数時間後。
3人は雪を被った大きな岩陰に隠れていた。
「……で、なんでガーディアンロボットがあんなに沢山いるわけ?」
岩陰からエコロケーションで距離を測るサフィールが、呆れたように呟いた。
彼らの隠れる岩陰からおよそ200m圏内に、4体の錆び付いたガーディアンロボットがうろついていた。
古代迷宮遺跡の入口は、もう視認できる距離にある。
しかし、このガーディアンロボットの群れを通り過ぎないと遺跡へたどり着けない。
空は、雲ひとつない快晴だった。昼までの吹雪が嘘のように晴れ渡っている。
冷えた風だけが、雪の上を通り過ぎていく。
このあたりは、近くにあった温泉と同じく強酸性の土壌なのか一切植物が生えていなかった。見渡す限りの岩と雪だけが視界を埋めつくしている。
イチヒは、不審に思っていた。昨日までコンスタントに現れていた大佐たち敵役部隊と、昨日から一切出会わなくなったのだ。
……そういえば、撮影ドローンもいないな……
空を見上げる。今までだったらついて回ってきたドローンたちの影は一切ない。
そこにはただ、どこまでも青い空だけが広がっていた。
空を見上げたまま、イチヒが傍らのサフィールに呼びかける。その姿を見て、サフィールもすぐに上空に目をやった。
「サフィール。……嫌な予感がするんだが」
「イチヒ、奇遇だね。ぼくもそう思ってたところ。
――ドローンが昨日から居ない」
その時、うろついていたガーディアンロボットが全員一斉に振り向いた。
「げっ、不味い! バレてんじゃねえか!」
「勘づかれた――! あいつら熱源感知タイプかもしれない……」
目みたいに緑にぎらつくサーチアイが、点滅しながらイチヒとサフィールを索敵する。
チロチロと視点が定まらなかった緑色の発光が、一瞬消える。
次についた時には、岩陰越しに真っ直ぐに2人を捕捉していた。
イチヒとサフィールは顔を見合わせる。
「バラバラに出よう。私は右」
「了解。――ぼくは左」
イチヒが頷くと、サフィールも瞬きしてから頷いた。
2人で岩陰から逆方向に飛び出していく。
4体のガーディアンロボットの頭部だけが、ぎょろりと回転してイチヒとサフィールをそれぞれずっと見詰めてくる。
2人は雪を踏み締めながら、バラバラにバラけて逃走した。
それを見たガーディアンロボットは、ギチギチと錆び付いた金属音をたてて追跡モードに入った。
イチヒとサフィールを2体ずつのロボットが追いかけてくる。
大きさは巨大だが、走る速度はそんなに速くない。
ガシャンガシャンと、重たい関節の鳴る音が響いていた。
イチヒは走りながら違和感を覚える。
ガーディアンロボットは、攻撃行動を一切起こしてこないのだ。ただ、追いかけてくるだけ。
それが異様に、気味が悪い。
そしてイチヒは、視界のどこにもリリーゴールドが居ないことに気付く。
確かに、最初はその岩陰に3人で隠れたはずなのに――!
「……おい、リリーがいないぞ?!」
「えっ、リリーゴールド?!」
イチヒの声に、サフィールも慌ててあたりを見回す。
――リリーゴールドは、はるか前方をゆっくり歩いていた。
不思議なことに、ガーディアンロボットたちはリリーゴールドをまるで見えてないかのように扱う。
一切追いかける素振りを見せない。
古代迷宮遺跡の入口まで来ると、リリーゴールドが振り向いた。




