59 岩塩を守る『ガーディアン』?!
「おい、なんでガーディアンロボットが岩塩守ってるんだよ?!」
「ぼくが知るわけないでしょ?! ……てか、岩塩が目的なわけない!!」
イチヒとサフィールは言い合いながら、走って逃げていた。イチヒはやっとの思いで手に入れた塩の塊を小脇に抱えている。
2人の後方4m、巨大な錆びた鉄の塊が2人を追いかける。ガシャンガシャンと重たい足音が響いていた。
「あたしの岩塩、あげないんだからー!!」
その瞬間、ガーディアンロボットの右の岩陰からリリーゴールドが飛び出してきた。
リリーゴールドが、宙を舞う。
炎をまとった突撃が、錆びたガーディアンロボットの首に直撃した。
ロボットは大きな音を立てて吹き飛ぶ。
積もった雪を巻き上げながら、ロボットの巨体が滑った。
勢いを殺しきれず、ロボットは波しぶきを上げながら温泉に落下していった。
リリーゴールドが、ふわり、と地面に着地した。その宙を舞った白い髪が、遅れて身体に到達する。
パンパンッと両手を叩くように払う。
彼女は仁王立ちして、沈んでいくガーディアンロボットを見下ろした。
ロボットの錆びた体は、黄緑色の温泉の底まで沈むとあっという間にシュワシュワと溶け始める。
ボコボコと、温泉の水面には絶え間なくガスが噴出していた。
鼻を刺すような、腐った卵と錆びた血のような金属の匂いがあたりに充満している。
雪が解けて露出した岩肌は黒ずんで、温泉の水しぶきがかかった箇所からじわじわ変形して溶けだしている。
あたりを見回せば、ここの周りだけ変に生き物の痕跡がなかった。
枯れ木の残骸が朽ち果てて転がっている。
……この温泉は、強酸性の死の湯だ。
長く煙を吸い込むだけでも危ない。イチヒの金属細胞すら、腐食してしまう。
「――ここにいたら不味い。撤退だ!!」
イチヒは鼻を抑えて、岩塩の塊を大事に抱え直すと走り出した。サフィールも慌ててその後ろに続く。
リリーゴールドもそれに続いて走り……1度だけ振り向いた。
温泉に沈んだガーディアンロボットは、二度と這い上がってくることはなかった。
重たい煙だけが、空へと昇っていく。
――その日の夜、イチヒたち3人は昼間肉を焼きまくった針葉樹林まで戻ってきていた。
文字通り、決死の作戦で手に入れた岩塩を超振動ナイフでゴリゴリと削る。
イチヒのナイフの下で、リリーゴールドがうきうきしながら両手に肉を抱えていた。
パラパラと、薄い白桃色の塩の結晶の粒がこんもりと肉に降り注ぐ。
3人で囲む焚き火には、ワイヤーで吊るされた川魚も火にかかっていた。
パチパチと弾ける炎が魚の表面をこんがりと焦がしていく。
岩塩捜索大作戦の帰り道、針葉樹林近くの川でサフィールが捕まえてきた魚だ。
どうにもマンモスの丸焼きはサフィールの口に合わない。この魚の塩焼きはサフィールのためのものだった。
「いっただっきまーす」
たっぷりと塩の結晶のきらめきをまとった骨付き肉にがぶり、と噛み付いた。
じゅわっと口の中に脂が溢れる。ほんのり甘い脂に溶けでた塩が良いアクセントになっている。
筋張った赤身も、噛むほどにクセのある匂いと塩が混ざりあっていく。まるでジャーキーのように、塩分と肉の臭みがマリアージュしていた。
リリーゴールドは目を閉じて、何度も何度も肉を噛み締める。
……塩の力って偉大だなあ……、塩だけでこんな美味しいなんて……
いつも学校の食堂で食べるステーキのほうが、手が込んでて、複雑な味がして、リッチなソースだってかかっているのに。
頑張って狩った肉と、頑張って手に入れた塩はとても美味しかった。
「……うまっ!」
リリーゴールドの隣で、イチヒも驚いたように目を見開いていた。すぐにもう一口かじる。
「ね! 塩味美味しいよねー!」
「ああ! これは美味いな!」
2人が骨付き肉にかぶりつく横で、サフィールも川魚の塩焼きを頬張っていた。
表面の薄い皮が、直火に焼かれて香ばしくパリパリになっている。表面の塩の粒がその香ばしさと巧みにマッチする。
中の白身は、ふわふわにいい塩梅で火が通っていた。ふっくらした淡白な白身と、パリパリの皮と塩がいい仕事をしている。
香ばしさと塩が、ちょうどよく川魚の泥臭さを誤魔化していた。
「……うん、やっぱり塩焼きの方が美味しい」
「えー! いいないいな、サフィール、一口ちょうだい!」
「――君口でかいからやだ。半分くらい持ってくよね?」
「そんなことない! そんなことしないもん!!」
サフィールが美味しそうに食べるのが羨ましいのか、リリーゴールドが駄々をこねる。だが、彼女の手にはまだまだ大きなマンモスの肉が残ったままだ。
見かねたイチヒがリリーゴールドを叱る。
「リリー。マンモスの肉がこんなにあるんだ、日持ちしないんだから暫くはマンモス生活だぞ。魚はまた今度にしろ」
「えーっ」
「えーっじゃない。魚食ってるうちにマンモスが腐ったらどうすんだ」
「ぐぬぬ、それはもったいない」
リリーゴールドはまた手に持った肉の塊にがぶ、と噛み付いた。
魚も羨ましいけど、やっぱり塩味のマンモスの丸焼きも美味しい。
「ねぇ……さっきのガーディアンロボットだけど。あれって、大佐たちの差し金だと思う?」
肉にかぶりつくイチヒとリリーゴールドに、サフィールが尋ねてくる。
「うーん、大佐からは敵が出る、とは聞いたけど中身までは知らされてないからなあ。
けど、学校で聞いた噂では最終選抜訓練の敵役は先輩隊員って限定されてたような」
イチヒは思い出しながら答える。
この訓練の開始前、学校で同級生や先輩たちから聞いた話には『敵役は先輩隊員』とだけ語られていた。
ロボットの話は聞いたことがない。
「そうだよね。ぼくもここ数年の傾向を調べてから来たけど、サバイバルと模擬実戦の話しかなかった」
「じゃあ、あのロボットは何だったんだ……?」
サフィールとイチヒは首を傾げる。
その時、リリーゴールドが口を開いた。
「たぶん、ママかほかの4次元の誰かが作ったんだと思う。
――動力源が、4次元の物質で出来てたから」




