58 雪山に塩を求めて三千里
「うーん……なんか、うん……」
リリーゴールドのおこした焚き火の上で、巨大な骨付き肉が焼かれている。香ばしい香りが、白い煙に乗ってあたりへ漂う。
その隣には、たくさんの葉っぱをしいただけの簡易皿に、焼き終えた肉がずらりと並んでいた。
リリーゴールドは、肉に食いついて頬張りながら難しい顔でうーん、と唸っている。
――事の顛末はこうだ。
吹雪の中、リリーゴールドが単騎でマンモスを狩って引きずってきた。
体長5mはある巨大なマンモスを、イチヒとサフィールが超振動ナイフでどうにか解体。
針葉樹林の枝をかきあつめて、手持ちのワイヤーとメタルロープで簡易肉焼き台を設営。
何時間も肉と格闘していたらしく、いつの間にか雪は止んでいた。
そして今、全員で焼けるだけの肉を焼き続けているというわけだ。
リリーゴールドの微妙な反応を見ながら、イチヒとサフィールもとりあえず手元の骨付き肉にかぶりつく。
じゅわ、と口に肉汁が広がる。
マンモスは、寒さを耐えるために脂肪が多めなんだろう。どちらかと言えば、食感はサシの入ったとろけるような牛肉に近い。
だが――独特の、臭みと筋っぽさがある。ジンギスカンとか、猪のような。
口にしばらく硬い筋が居残る。下手にジューシーな甘みのせいで、肉の風味が喧嘩している。
くどい。素の肉の味だけで食べるには、くどすぎる。
喉に獣臭さがじんわりとこびりついた。
「あー……なるほどな? 旨いけど、癖強いな……」
「うん、雪猪より……くさいね……」
イチヒは、地球の合成肉の缶詰の味を思い出していた。あれに慣れ親しんだ自分にしてみたら、癖はあるものの十分にジューシーだし、柔らかいし、旨い。
だが、隣のサフィールは中々呑み込めないのか口をずっともごもごと動かしている。
魚に慣れ親しんでる彼にしたら、臭みが強すぎるだろう。先日自分でとってきた川魚ですら、ちょっと顔をしかめながら食べていたくらいだ。川魚は海魚より臭みが強い。
「これ……塩欲しいな」
イチヒは二口目を咀嚼しながら呟いた。
目の前で肉にかぶりついていたリリーゴールドの目が、ぱっと輝く。
「そう、塩だよ、イチヒ!」
次の瞬間、イチヒとリリーゴールドは指さしあってハモる。
「「岩塩!!!」」
キャッキャとはしゃぐ女子2人を横目に、サフィールが苦笑していた。
でも、塩があったら肉だって魚だって美味しくなるに違いない。
サフィールがぺらり、と紙の地形図を開く。
今いる山を超えると目的地の古代迷宮遺跡が見えてくる。
だが、今いる山からほど近い盆地に、『温泉』の文字がある。これくらいの距離なら、さして遠回りでもない。
「岩塩なら、昔海か湖だった場所に埋まってる可能性が高い。……干上がった湖は、盆地になってるはず」
サフィールが地図を見つめているのに気付いたイチヒが、身を乗り出して地図を覗き込んでくる。
「――しかも、温泉が岩塩の地層を通ってれば地表に塩が出てきてるかもしれないってことだよな!!」
「うわ、イチヒ声でか……」
「サフィール、よくやった! 次は岩塩刈りに行くぞ!」
「わかった、分かったってば……」
イチヒはそう叫ぶと、サフィールの肩を両手で掴んで揺さぶる。サフィールはぐらんぐらんと揺れる視界で、考えていた。
……イチヒって常識人枠だと思ってたけど……
リリーゴールドと比べるからまともに見えるだけだ。
ねえ、これ最終選抜訓練なの覚えてる?!
あんたらはただのキャンプのつもりかもしれないけどさあ!!
そもそも、こんな過酷な環境でキャンプを楽しもうとしないで欲しい。
「えー? なになに? 岩塩あったの?!」
まだ肉を片手に持ったままのリリーゴールドも、地図を覗き込みに来る。いつの間にかリリーゴールドが持っていた骨付き肉は、最初の半分の大きさになっていた。
すると、イチヒはいい笑顔でリリーゴールドを振り向いた。
「たぶんある!! リリー、お前塩の分子配列は覚えてるな?」
「えっとー、NaとCl!!」
「正解! いいか、お前が塩化ナトリウム探知機になるんだ」
イチヒが、リリーゴールドの目を正面からじっと見据える。
そのシルバーの目は、本気だった。
リリーゴールドは、重々しく頷く。
「……わかった。絶対、やりとげる」
「岩塩は、お前に託す。……頼んだぞ、相棒」
まるで死地に赴く兵士のような顔で、ふたりは目配せしあい、ガシッと強く手を握りあった。
……え、何これ。ぼくの方がおかしいの?
サフィールは地図を持ったまま、目の前で繰り広げられる光景に立ち尽くしていた。
とてもじゃないがふたりの間には入れない。というか、入りたくもないけど……
かくして、『岩塩捜索大作戦』の火蓋は切って落とされた――!
果たして、イチヒとリリーゴールドは岩塩を見つけることが出来るのか。




