表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
56/62

55 『ハッキング魔法』、あると思います

 重苦しい空気が広がっていた。

 その沈黙を破ったのは、グラヴィアス大佐の一声。


「それじゃ、――今日までの反省会と行こうか」



 今回の雪山訓練エリアの一角に、ひっそりと隠れるように簡素なプレハブ小屋が建っていた。

 

 大きめの折りたたみデスクを時計回りに、大隊長グラヴィアス大佐、中隊長セルペンス中佐、そして銀葬先鋒隊(ガラクス・セパルト)大隊の5人の隊員が並ぶ。


 デスクに紙の地図が広げられていた。軍事ヘリの中で、グラヴィアス大佐が見ていたものだ。


「まず、最初の戦闘はここだったな。『訓練開始ポイント広場』……ここで、私が雪玉を投げた」

「そうですね。まるでゴリラモンスターのようで、大迫力でしたよ」

「誰がモンスターだって?」


 グラヴィアス大佐がペン先で、スタート地点の広場を指さす。

 するとセルペンス中佐のからかいを含む声が続いた。

 5人の隊員たちは大隊長と中隊長のいつものやりとりに、ふっと顔をほころばせる。

 この2人が幼馴染で、顔を合わすたびこの調子なのは大隊全員が知っていた。


「ごほん。続けるぞ。次が――」

「僕と、カヴァーレ少尉、モラレス軍曹3人での奇襲作戦ですね。場所は同じく『訓練開始ポイント広場』の洞窟付近」


 グラヴィアス大佐の言葉の先を、セルペンス中佐が代わって紡いだ。

 グラヴィアス大佐は、頷きながらペン先で洞窟付近を指し示す。


「まあ、残念なことに。カヴァーレ少尉とモラレス軍曹は、ヴェラツカ君とズモルツァンド君の連携プレーに手も足も出ず、装備も燃やされて帰ってきた訳ですが」


「うっ。……申し訳ないっす」

「す、すみませんでした……」

「君たち、何年軍人やってるんですか? 入学して1年未満の訓練兵に負けるとは情けない」


 セルペンス中佐の容赦ない冷たい声に、黄色頭のカヴァーレ少尉と、緑頭のモラレス軍曹が2人揃ってうなだれる。


「まぁ、10kmマラソン錬成しましたからね。次回に期待します。次行きましょう」

「ハッハッハ! おまえら、このままじゃヴェラツカとズモルツァンドにその座を追われる日も近いな!」


 ――実は、新しい銀葬先鋒隊(ガラクス・セパルト)隊員が増える度に、大隊・中隊・小隊の再編成が行われるのである。

 グラヴィアス大佐率いる大隊は、殉職が出た1人分しか現在空きがない。もしも、内定済みのイチヒとリリーゴールドが大隊配属になれば、誰か1人が大隊から追い出される事になる。


 カヴァーレ少尉とモラレス軍曹は、顔を青くした。

 だが、大隊長と副隊長の2人はそんなのお構い無しに反省会を進行していく。


「そして、僕はエレイオス君と戦闘を行いました。途中で雪崩が起きたので、戦闘は一時中断しています。

 その後訓練兵たちは、第1アイテムの回収に成功しました」 

「うむ。そして次が『吊り橋ポイント』だな」


 吊り橋、と聞いて全員の顔が強ばった。


「ここでは不可解なことが起こりすぎた。分析する必要があるだろうな。ここでは全員の意見を聞きたい。

 整理すると、ヘリの操縦不能事態が1つ。

 吊り橋から水中戦闘の件で1つ。

 ヴェラツカとの戦闘の件で1つ。

 最後に、橋が新品に戻った件で1つだ」

「僕も、ヘリコプターの操縦不能に関しては詳しく聞きたいですね。操縦は、アスタリオ伍長でしたね?」


 セルペンス中佐に視線を向けられ、角刈りのアスタリオ伍長は頷く。


「イエス・サー。俺が操縦席にいました。あれは、AIの誤作動で片付けるには、いささか意図的過ぎます」

「ほう。と言いますと?」

 

「第1に、手動切替回路が遮断されていました。誤作動で起きるとは考えにくいです。

 第2に、限界高度まで上がり、その場で旋回を続けるなど、バグにしては限定的すぎます。

 第3に、……正直俺も信じられませんが、『魔女の娘』が1人でいた時だけ操縦不能で、彼女がほかの2人と合流したあとは操縦機能が復活しています」


 アスタリオ伍長は、ぎゅっと握ったこぶしを震わせた。彼は、養成学校卒ではなく叩き上げのパイロットだ。もう何十年も操縦桿を握っている。

 その彼の違和感は、信じるに値するものだ。


「うむ。……これを見てくれ」


 グラヴィアス大佐が撮影ドローンの映像を、スクリーン代わりに白い壁に投影する。


 そこには、イチヒやサフィールから離れて、1人でまるで瞑想するように目を瞑って佇む、リリーゴールドの姿があった。


「……変ですね。ほかの2人は戦闘を予想した配置にいるのに対して、彼女だけ外れた場所にいます。

 彼女なら、遠距離攻撃ができるはず。吊り橋にいるエレイオス君の援護に回りそうなものなのに」


 セルペンス中佐が、眉間に皺を寄せる。

 グラヴィアス大佐が大声で笑った。


「アッハッハ! 実に面白い! 面白いぞ、ズモルツァンド! まさかハッキングの魔法が使えるのか?」

「限定的すぎて嫌です。それ」

「嫌かどうかなど彼女は気にするまい。だが、現状ではわからぬな。この訓練後、本人に聞き取りを行うとしよう」

「そうですね。僕も聞きたいことが山ほどありますよ」


 グラヴィアス大佐とセルペンス中佐は合意すると、また地図に目線を落とした。


 この地図には、実際の戦闘訓練のさなかグラヴィアス大佐がメモした訓練兵たちの配置がイニシャルで書かれている。


 吊り橋に、S・E――サフィール・エレイオス。

 針葉樹林に、I・V――イチヒ・ヴェラツカ。

 そしてL・Z――リリーゴールド・ズモルツァンド。


「では次だ。エレイオスとの吊り橋および水中戦闘について。セルペンス中佐、クライ少尉話を聞かせてもらえるか?」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ