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49 正攻法がダメなら、質量で

「嘘だろ……ほんとにジャック出来んのかよ……」


 イチヒは、くるくると旋回しながら急上昇して行った軍用ヘリを見上げていた。

 もうはるか上空まで到達した機影は、雲の合間で点みたいに見える。


 リリーゴールドの脳波通信はもう届いてこない。

 よく分からんが――たぶん、ヘリジャックに集中していて話しかけてこれないとか、なにか理由があるんだろう。


 吊り橋の様子を伺う。

 サフィールはそろそろ橋の中腹に到達する頃だった。

 じりじりと前へ前へ進んでいく。


 ――その時。

 赤い閃光が吊り橋のサフィールに向かって一直線に飛んだ。

 レーザーの発射音が連続する。赤い光の針たちは、吊り橋を執拗に狙う。

 イチヒはバッと振り向いた。 

 その発射地点は――イチヒの潜む茂みの右斜め後方!

 木々の間からエネルギーライフルを抱えた隊員の1人が、スコープを覗きながら進軍しているのが見えた。


 ……行かせねえよ!!


 手に隠していた超振動ナイフのスイッチをONにすると、イチヒは駆け出す。

 掌に、ナイフの超音速の振動が伝わっていた。

 ライフルを抱えた隊員の前に躍り出るやいなや、震えるナイフを投擲する。


 隊員は素早く防御姿勢をとった。肘でナイフを弾き飛ばす。だが超音速の振動が、彼の戦闘服を切り裂いた。

 その下の皮膚に一筋の傷がつく。

 彼は、一瞬ひるんだ。ほんの、1秒。

 イチヒは、その一瞬のひるみを見逃さない。

 

 飛び出した勢いのまま隊員へ突っ込み、彼の抱えるライフルを蹴りあげる。 

 重金属の重たい蹴りが、エネルギーライフルごと彼を吹き飛ばした。エネルギーライフルは勢いよく宙に舞って、吹き飛ばされた隊員の男は受身をとって地面に転がる。

 イチヒは攻撃の手を緩めない。吹き飛ばされた男に肉薄し、立ち上がる前に金属の拳を叩き込む。

 

 だが――銀葬先鋒隊(ガラクス・セパルト)隊員の彼は、素早く跳躍するとイチヒの拳を避けた。特殊部隊員の現役隊員なのだ。正攻法の体術では、実力は相手が遥かに上。


 イチヒは唇を噛んだ。

 ひるむな。……気圧されるな!

 正攻法で勝てないなら――この金属の身体を、上手く使ってやる――! 

 

 目の前の彼は、腰から素早く超振動ロングナイフをとると、今度は踏み込んでイチヒの目を狙ってきた。

 ロングナイフがイチヒの頬をかすめる。だがイチヒは、回避行動も取らず突っ込んだ。ナイフの刃は、イチヒのタングステンボディに弾かれる。

 戦闘経験が豊富なゆえに、隊員は一瞬戸惑う。

 そりゃそうだ、普通生身の素肌はナイフを弾かない。だが。


「私より硬い金属は、存在しないんだよ!!」


 イチヒは隊員の腕を掴むとそのまま背負い投げる。

 鈍い音がして、彼は地面に背中から叩きつけられた。イチヒは逃げられる前にその胸に飛び乗る。隊員の男の上で、重力軽減装置をoffにした。


 ズン、と身体に重さが降り掛かってくる。その瞬間、イチヒは隊員ごと地面にめり込んだ。慌てて重力軽減装置のスイッチを入れ直す。


「……死んでないよな?」


 自分の下敷きになった隊員を覗いて、首筋に触れた。微動だにしないが……脈拍はある。

 もしかしたらイチヒの1tを2秒くらいは耐えたので、全身骨折くらいはさせてしまったかもしれないが。


 イチヒは、陥没した地面から這いずり上がると吊り橋へ向かって走る。吊り橋では――サフィールが、セルペンス中佐と隊員と1対2の戦闘をしていた。


 ぎゅっと拳を握る。援軍に行きたいが、イチヒは橋を渡れない。だが、このままじゃ――

 イチヒは、吊り橋の手前に立ちつくす。


「クソ、どうする……?!」


 

 ――その頃リリーゴールドは、頭痛に苛まれていた。


「うぅ……演算負荷が……」


 軍用ヘリの制御系統はかなり複雑だった。幾つものAIが搭載されていて、移動制御のAIを見つけるのだって難しかった。

 

 リリーゴールドはあんまり頭が良くない。

 脳波でAIに命令するとき、AIは人の言葉じゃ内部プログラムと認識してくれない。だから、AIの言葉に直さなきゃならない。それは、すごい難しい計算を何万回もするようなものだ。

 難しい計算を何万回もしたら、頭痛だってするに決まってる。

 

 こんなに頭が痛いのは、イチヒと一緒に底なし沼を渡った時以来だ。泥と水の分子操作をしたあの時も、何万個という水分子全部の引力を調整したから、すごく頭が痛かった。


 本当は、すぐにでもイチヒの脳波を拾って話しかけてあげたい。でもとてもじゃないけど頭が痛くて、今は脳波通信が使えない。


  

 ――上空では、軍用ヘリのAIがきちんとリリーゴールドの命令を聞いて、ぐるぐると回り続けていた。

 簡単な命令は、AIのループモードに入りやすい。外部から物理的にヘリを止めるか、運転制御AIを再起動すればヘリは止まる。

 でも今はそのどちらも不可能だった。



 リリーゴールドはよろめきながら、針葉樹林を進む。

 いつの間にか雪は完全にやんでいた。

 時折、ドサドサッと気から雪の塊が落ちてくる。

 

 ……サフィール・エレイオスさんは無事かなあ?

 

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