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イチヒと地球産缶詰

 その晩、イチヒは個人学習ルームの個室にいた。宇宙軍養成学校には、好きな時間に出入りできる学習室がいくつもある。

 

 狭い部屋を見回す。

 うちっぱなしのコンクリートのような無骨な灰色の壁。目の前の小さなデスクに置かれた端末を起動する。

 空中にホログラムのモニターが表示された。

 手元の入力キーで、カタカタとパスワードを入れる。理事長から指示されたアプリを開き、『定例報告』の項目をクリックした。

 


 時刻:本日19:50

 場所:食堂

 内容:対象者の魔法使用を確認。

 上級生と思われる男から接触あり。

 口論の末に魔法を使用。

 指を触れずに男を床に拘束。頭部を床に圧入。

 床の変形を確認。

 男の命に別状なし。

 本人にヒアリングを実施。魔法だと断定。 

 その後、魔法具と思われる装置を使用し床を復元。

 時間の巻き戻しと思われる様子あり。

 魔女と魔法に関する聞き取りを本人に実施。

 我々と異なる世界から来訪した技術だと説明あり。

 魔女に関して有力な手がかりは得られず。


 

 送信ボタンをクリックする。

 知らず知らずのうちに緊張していたのか、額に汗が滲んでいた。ゆっくり深呼吸をすると、端末の電源を落とす。

 ぱちん、とホログラムのモニターが消えて部屋はいっそう暗くなる。

 

「……戻りづらいな……」

 

 イチヒは机に突っ伏した。

 こんなことを続けるのか?いつまで?

 ――だが、理事長の凄みのある笑顔がイチヒの記憶で囁く。


『ご両親には長生きして欲しいだろう?』


 部屋に戻ればリリーゴールドがいる。とても今の顔のまま部屋に戻れる気がしなかった。



 ガサゴソと持ってきていた紙袋を漁る。

 出発の朝、母から貰った缶詰。

 ひとつ手に取るとデスクに置く。ラベルには懐かしい地球語で、『人口合成肉の干し肉』と書かれていた。

 缶を開けると、嗅ぎ慣れた塩辛い匂いがする。

 一欠片つまんで口に放り込む。ゴムみたいに硬い食感で、肉の味よりほとんど塩の味だ。

 だが、それがやたらと懐かしかった。


 今日まで、一生懸命勉強に打ち込んできた。

 この宇宙からすれば、地球なんて太陽系にある荒廃した辺境惑星でしかない。

 いつか地球を出る。

 それがイチヒの夢であり、目的だった。

 あちこちの銀河を飛びまわり、珍しいものを持ち帰る父が憧れだった。

 どんな生まれでも、試験に受かりさえすれば『宇宙軍』に入れる。


 

 ――試験に合格した日のことを思い出す。

 

「母さん……! 合格だった……!」

 

 イチヒは惑星間郵便で届いたホログラムメモリを読むと、リビングにいた母に駆け寄った。

 

「!! おめでとう、イチヒ!!」

 

 リビングで読書をしていた母は、アナログな紙の本を机に置くとイチヒを強く抱き締めた。よく頑張ったね、と頭を撫でられる。

 

 宇宙軍養成学校の試験は、体力測定と身体検査の一次試験の後、通過した者だけに学術試験が許される。

 イチヒに勉強を教えたのは父だった。

 惑星間を飛び回る父が、子供の頃から「勉強はしろ! 知識は人生を助ける大きな力になるぞ!」と様々な惑星の言語や歴史や科学や物理の本を買ってきてくれたのだ。そして、たまに自分の乗る宇宙船にイチヒを招いて、他惑星の船員から直接勉強を見てもらう機会も作ってくれた。

 だから入学式で、自分が学術試験で1位をとったと知った時は嬉しかった。


 

 イチヒはふるふると頭を振って、食べ終わった空の缶を紙袋に突っ込むと席を立つ。

 明日から、学校の授業が始まるのだ。こんな所で突っ伏してる場合じゃない。


 部屋に戻ると、リリーゴールドは自室にいるようだった。リビングに入ると自動点灯のあかりがイチヒを迎える。

 リリーゴールドと顔を合わせないですんだ事にほっとして、イチヒは紙袋を机に置いた。冷蔵庫からミネラルウォーターのボトルを取り出す。

 

「あ! イチヒー!おかえりー!」

 

 リリーゴールドの声に、イチヒは慌てて振り向いた。

 

「お、おう。ただいま」

「どう? 学習室いい感じだった?」

 

 リリーゴールドは自室から出てくると、イチヒと同じように冷蔵庫を開ける。

 

「静かでよかったよ。うるさいやつもいないしな」

「えー? 静かだと寂しいよー?」

「勉強の時くらい黙って集中しろ!」

 

 二人はそうやって笑いながら椅子に腰かける。イチヒは、リリーゴールドが紙袋を珍しげに見ているのに気が付いた。

 

「これか? 私の故郷から持ってきた食料だよ。母がくれたんだ」

 

 そう言って缶詰をひとつ取り出す。ラベルには地球語で『乾パン』と書かれている。

 

「そうなの?! 硬そう! 初めて見る!」

「いやこれは入れ物だよ! 中に入ってんだわ!」

 

 イチヒは、缶詰に指をひっかけると蓋を開けてやる。ぷしゅっと、空気の漏れる音がして中から乾燥パンが顔を出した。

 

「ほら、よかったら食べてみるか?」

「いいの?! わーい!! ありがとー!」

 

 リリーゴールドはそのやたらと白くてでかい手で、小さな乾燥パンをつまむ。まるでパンがミニチュアのように見えた。

 

「……硬い!! これ硬いよイチヒ!!」

「乾燥してるからな」

「面白ーい!! 」

 

 リリーゴールドは楽しそうに口の中でパンをガリガリと噛む。イチヒもひとつつまんで齧ってみる。

 ふわっと小麦の味がほんのり口に広がる。

 味気ない硬いパンだが、懐かしくて嫌いじゃない。この味を覚えている限り、自分は故郷を忘れないだろう。

 

「リリーは、故郷で好きな食べ物とかあったのか?」

「そうだなあ、ママが作ってくれた『二酸化炭素』ってやつは美味しかったなー」

「は?! ……いやもう私は驚かないぞ……」

 

 そうだった。リリーゴールドは、『こっち側じゃない世界』とやらから来たんだった。

 

「こっちの世界にはないの? 『二酸化炭素』……シュワシュワしてて美味しかったんだけどなー」

「いや無くはないけど……というか私たち有機生命体は基本的に、酸素を吸って二酸化炭素を吐いてるはずなんだが」

「えっ?!イチヒ、二酸化炭素吐いてるの?! 食べてもいい?!」

「やめろ!!!!」

 

 グイグイと近づいてくるリリーゴールドを両手で押しとどめる。それでも近づいてくるリリーゴールドの口に、また乾燥パンを2、3個投げ込んだ。

 リリーゴールドは大人しくなってゴリゴリと乾燥パンを食べている。

 

「気に入ったんならこの缶、全部あげるよ」

 

 イチヒはまだ中身の入った乾燥パンの缶詰を指さした。

 

「いいの?! イチヒ、ありがとー!」

 

 まるで動物に餌付けしてる気分だ。頑張って小さい椅子に縮こまって座るリリーゴールドの頭を、つい撫でてしまう。リリーゴールドは上機嫌で乾燥パンを頬張りながら、えへへと笑っている。

 

 ――しかしでかいな。今度身長いくつあるのか聞いてみよう。イチヒはそう考えながら、立ち上がる。

 

「また明日。おやすみ、リリー」

「モゴモゴ……おやすみ!イチヒ!」

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