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4 『重力魔法』で証明します。本物の魔女の娘だってこと

「イチヒー!  夜ご飯いこー!」

 

 自室にいたイチヒに、扉の向こうから声がかかる。

 リリーゴールドの声だ。

 イチヒは、ちょっと待っててと返事をしてから、書きかけのノートを閉じた。


 扉を開けると相変わらず狭そうにしながらリリーゴールドが立っていた。

 

「何してたのー?」

「予習だよ、もう教科書が届いてたろ?」

「げっ、イチヒ勉強してるの?!」

「むしろあんたは何しに学校に来たんだよ……」

「社会科見学?」

「そんな訳あるか!  勉強しろ!」

 

 ついツッコミを入れてしまう。

 脊髄反射で喋ってしまうのは自分の悪い癖だな、とイチヒはこっそり反省した。リリーゴールドと喋ると、つい素の自分が出てきてしまう。

 

 ――忘れるな、相手は『ターゲット』なのだ。

 

 入学式で言葉を交わした理事長の声が脳裏にこだまする。

 『ご両親には長生きして欲しいだろう?』

 

 『君には、魔女の娘と同室になってもらいたい。

 そして、我々に情報を報告する任務を与える』

 

 イチヒは必ずこの任務を遂行しなくてはならない。


 

「それよりさー、食堂!  楽しみだね!」

「私も、他の星の料理を食べるのは初めてだな」

「美味しいといいねー」

 

 連れ立って歩きながら話していると、すれ違う好奇の視線が肌に刺さる。

 イチヒは隣を歩くリリーゴールドの姿をちらりと見た。

 

 イチヒの倍はあろうかという長身、彫刻のように真っ白な肌、そして長い白い髪。

 極めつけは――そのほのかな発光。

 

 夕方になると、彼女の異様さはより際立って感じられた。

 

「あんた……隠密任務向かなそうだな」

「えー、かくれんぼは苦手かもー」

「そりゃそんだけ光ってたら……」

 

 そこまで言ってハッとした。

 今更ながら触れていい話題だっただろうか?

 本人が気にしていたら悪いことを指摘してしまった――と胸によぎったが、リリーゴールド本人はけらけら笑っている。

 

「でも迷子になってもすぐ見つけて貰えるよ!」

「あんた何歳だよ!!  迷子になるな!!」

「15歳!」

「あ、同い年なのか」

 

 意外な事実だった。

 こんなに規格外な存在でも、同い年だと思うと急に親近感が湧く。

 そうして話していると、ふわりと鼻先に美味しそうな匂いが漂ってきた。

 

 食堂は、巨大な要塞建築風キャンパスの地下一階にあった。

 大人数を収容できるよう、ちょっとしたホールくらいの広さがある。

 天井は地上まで吹き抜けになっていて、リリーゴールドの長身でもかがまずに歩ける造りだ。

 

 イチヒは、カウンターの手前に貼ってある看板を読む。

 

《惑星シジギア名物の天然食材を毎日仕入れ!

 健康な肉体は料理で作る!

 残さず食べましょう!》


「天然食材なのか!  さすが宇宙軍」

 

 地球の缶詰食品は、ほとんどが地下の人工農場で作られており、タンパク源に至っては人工合成肉が当たり前だった。

 たまに父が異星のお菓子を買って帰ってきてくれて、それがイチヒの楽しみだった。

 

 天然食材など食べたことがない。

 ルンルンの気分で振り向くと、リリーゴールドの姿がなかった。


 

 ガシャァン!

 

 金属がぶつかるような大きな音がした。

 イチヒは慌てて音の発生源を探す。

 だが探すまでもなく、人々の視線が食堂の真ん中の白い巨体に注がれているのがわかった。

 リリーゴールドの足元に、ステンレスの食器が落ちている。さっきの音は食器のせいらしい。

 投げつけられたのだろう。

 

「『魔女の娘』だあ?  そんな眉唾、誰が信じるんだよ!!」

 

 上級生だろうか、少し年季の入った軍服の男がリリーゴールドに飛びかかるのが見えた。

 危ない!

 イチヒが思った時には――リリーゴールドに飛びかかった男が、途中でガクンと不自然に軌道を変え、自ら地面に落ちて行ったように見えた。

 

 見守っていたイチヒの背筋がヒヤリとする。

 地面に突っ伏す男の傍らで、リリーゴールドが信じられないほど冷たい金色の目で見下ろしていた。

 すぅ、と獣のような瞳孔が細められる。

 リリーゴールドの白い髪は、青い静電気をまといパチパチと空気に揺らめく。

 

「あたし、嘘はついてないよ。あたしのママは、あなたたちが『魔女』って呼んでるひとで間違いない」

 

 静かな怒りを含む声だった。

 その声が聞こえるやいなや、地面に突っ伏す男の頭が不自然に地面にめり込んだ。


「『魔法』……!?」

「『魔法』だ……!  逃げろ……!!」


 あたりが一斉にざわめく。

 人々が散り散りに駆け出して、あっという間にリリーゴールドの周りはイチヒだけになっていた。

 先程床に突っ伏していた男も、いつの間にか逃げ出していたようだ。へこんだ床だけが残されている。

 

 ゾッとした。今の今までそのへこみには男の頭があったのだ。


 

「あ、イチヒー!  美味しそうなメニューあった?」

 

 リリーゴールドは、イチヒに気がつくとまた子供のような笑顔を浮かべた。

 

「……リリー、今のは……」

 

 イチヒが言いかけると、リリーゴールドの顔に先程の静かな怒りが戻る。

 それから悲しそうな顔をして呟いた。

 

「なんかあたしが嘘つきだって言うんだよ。失礼だよねー、あたしはママの本物の娘なのに」

「そ、そうか。それは困ったやつだな」

 

 聞きたかったのはそっちではないが、イチヒは深く追求する勇気が出なかった。

 先程のリリーゴールドの冷たい金色の瞳が脳裏に焼き付いていた。


 彼女を通り越して、先程のへこんだ地面に視線を落とす。

 

「あ。きぶつはそん?」

 

 リリーゴールドはイチヒの視線に気がつくと、さもなんでもないかのようにあっけらかんと言った。

 そして胸ポケットから、黄金色のアナログ懐中時計を取り出す。蓋を開いて指先で文字盤に触れると、時計の針をクルクルと回し始める。

 

「リリー?」

 

 イチヒは訝しげにその様子を見つめる。

 すると、みるみるうちに床のへこみは逆再生動画のように巻き戻って、元の平らな床に戻ってしまった。

 いつの間にか落ちていたはずのステンレスの食器も、机に残されていたおぼんの上に戻っている。

 

 リリーゴールドの指先によって、時間が遡ったように見えた。

 あったはずの痕跡が、きれいさっぱり無くなっている。

 

「これでよし!」

 

 リリーゴールドはぱちん、とアナログ懐中時計の蓋を閉めると、また胸ポケットにしまう。

 

「……え?  えっ?」

 

 イチヒは目の前で起きたことが信じられず、床とリリーゴールドを交互に見る。

 ――今のを『魔法』と言わずしてなんと呼ぶのか。

 ……たしかに、床はへこんでいたはずだ。

 今のは……リリーがやったのか?

 あんた、一体何者なんだ?

 

 あたりを見回した。

 生徒たちは逃げ出していて、今の様子を見た者はイチヒ以外にいないようだった。

 

 イチヒの脳裏に『任務』がかすめる。

 今日のことは、理事長に報告しなければならない。

 しかし、リリーゴールドの怒りを抑える悲しげな顔を思い出すと、胸が苦しかった。

 

 ――私は、リリーを裏切らないといけない……


  

「あれ?  イチヒ、もしかして懐中時計見るの初めてだった?」

「いやそっちじゃねぇよ!」

 

 たしかに本物のアナログ懐中時計を見るのは、初めてだけども!

     

 

 その後リリーゴールドとイチヒが食事をはじめる頃には、食堂はまた元の賑やかさを取り戻していた。

 リリーゴールドをちらちらと伺う人や、わざとらしくこちらを見ない人……リリーゴールドとイチヒの周りだけ席が空いていて、遠巻きにされているのを感じる。

 

 人々のざわめきに紛れながら、イチヒは小さい声で質問をする。

 

「それで、さっきのって……『魔法』?」

「んー、そうとも言うし、そうでないとも言う!」

 

 リリーゴールドは口にスプーンを突っ込むと、考える素振りをした。イチヒは、期待を込めた眼差しでリリーゴールドを見上げる。

 しかし、リリーゴールドの回答はイチヒを更に混乱させるものだった。

 

「ママたちの世界では、魔法じゃないんだけど……こっちの世界では魔法かな」

「いやちょっと待って、『魔女たちの世界』だって?」

「そう!  あたしそこから来たの」

 

 イチヒは思考を放棄して、それから皿の上のステーキ肉をつついた。

 これが天然食材か……今まで地球で食べていた人工合成肉とは味も香りも全く違う。めちゃくちゃ美味い。

 ――ってそうじゃない!!  

 

「待って、順番に聞いていいか?」

「いいよー、なんでも聞いてよー」

 

 リリーゴールドは上機嫌で、シジギア風カレーをスプーンですくっている。

 薄いグリーン色をしていて、香ばしくスパイシーな香りがこちらまで漂ってくる。

 そんなに美味しいんだろうか。

 

「『魔女』は1人じゃないのか?」

「あたしのママはひとりしかいないよ」

「……分かった。質問を変えよう、あんたのお母さんって今どこにいるんだ?」

「『こっち側じゃない世界』にいるよー」

「……なるほど。」

 

 ちっとも理解が追いつかない。これをどうやって報告しろと?

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