46 渡らなきゃ行けない吊り橋が、あまりにオンボロです
サフィールは、洞窟で倒れたあの日から目に見えて態度が変わった。意味もなく悪態をつくことがなくなり、勝手な単独行動もない。
イチヒは、倒れて迷惑をかけたから殊勝に反省しているのだろうと考えていた。
サフィールがあの日起きていたことを、イチヒとリリーゴールドは知らない。
――今日は、訓練開始から4日目。
イチヒたち3人は、2つ目の『個人用小型兵器』の回収ポイントへ向かっていた。
パラパラと雪が舞っている。
3人は、針葉樹の生い茂る山肌を登っていた。舞い踊る雪は、針葉樹が傘になって地上にはほとんど落ちてこない。
冷たい風だけが木々を揺らした。
サフィールは、生命維持モジュールをワイヤーロープで腕にぐるぐると巻いて装着していた。
それのお陰で、雪の降る山道でも今度は凍らずに先に進める。
イチヒは紙の地図を開く。マーカーを取りだして、慎重にマッピングしながら進んだ。
針葉樹の森を抜ければ渓谷だ。ここにかかる長い吊り橋を超えれば次の回収ポイントがある。
「おそらく……奇襲は吊り橋に入ってからだろうな」
イチヒの声に、サフィールが同意した。
「ぼくもそう思う。吊り橋では逃げ道がないし、挟み撃ちにしてくる可能性もあるよね。なにより」
サフィールはそこで言葉を区切る。ちらり、とリリーゴールドを見た。
「ズモルツァンドの炎を封じることを狙ってるんじゃない? ぼくらの中で一番攻撃力が高い」
「確かにな。……吊り橋で炎を撒かれたら私たちごと燃え尽きる」
今度は、イチヒがサフィールに同意した。
リリーゴールドの緊迫感のない声が重なる。
「わかった! あたし、橋では燃えない!」
「重力魔法もやめろよ? 橋と最期の瞬間を共にするのはごめんだからな」
……大きな重力がかかったら吊り橋なんて簡単に崩落する。
イチヒは考える。
そもそももしこの吊り橋がオンボロだったら、私の質量に耐えられるかだって不安なのに。
――その数分後目に飛び込んできた光景に、イチヒは絶句した。
その吊り橋は今にも崩れ落ちそうなくらい古い木製で、強い風が吹き荒れる度に左右にグラグラと揺れていたからだ。
「……これは……絶対無理だろ」
イチヒは頭を抱える。
3人は針葉樹の森の出口から、そっと吊り橋の様子を伺う。
上空では3機の撮影ドローンが、旋回しながら浮かび上がっていた。
地図を見た限り、対岸は断崖絶壁の陸の孤島で迂回路などはない。
50mはあろうかという深い渓谷の下には、水流の激しい川が流れている。
「ヴェラツカは、橋まで行かずに待っていてくれない? 挟み撃ちされた時、敵を後ろから攻撃できた方がいい」
「うんうん! それにイチヒ、たぶん乗ったら橋落ちるよ!」
せっかくサフィールが気を使って、『お前は重いから橋が耐えられない』ってことを言わずにぼかしたと言うのに。リリーゴールドの無邪気な声が、残酷な現実をイチヒに突きつけてしまった。
「悪いな、エレイオス。そうする……それからリリー!! 直接的に重いとか言うなよ!!」
「えっ? ごめん……だってほんとのこと」
「だからそれが辛いって言ってんだわ!! 足手まといみたいだろ! 足手まといだけどさ?!」
「ええ〜!! そんなつもりじゃなかったよお、ごめぇんイチヒ……」
イチヒは、リリーゴールドに吠えつく。
無力な自分が情けなくて、辛かった。
イチヒの重力軽減装置は、質量を変えることは出来ない。いくら重力加速度を変えても、あんなに長い吊り橋に長時間留まっていたら橋がもたないことは明白だった。
そりゃそうだ、イチヒの重さは車ほどある。吊り橋を渡れる車なんて聞いたことがない。
その時、サフィールがふと思いついたように言った。
「でもそれ言ったら、ズモルツァンドもじゃない? だってとんでもなく背が高いよね、体重何キロある?」
リリーゴールドも、今気付いたって顔で口をあんぐりと開けてふるふるとわななく。
「はわ……ひゃく、きゅうじゅっきろ……」
「だめじゃねえか!! お前も充分重いわ!!」
かくして、吊り橋に挑むのはサフィール1人となった。
内心では反対だが、イチヒもリリーゴールドも重すぎて足手まといになる。
……だったら、これしかない。最善というより、唯一の選択肢だった。
強風で煽られる頼りない吊り橋を、サフィールが1歩ずつ慎重に進む。
今のところ、敵襲の気配は無い。
イチヒは後ろの木の影に潜むリリーゴールドに、小声で声をかけた。
「おい、リリー。前やった脳波のやつ、できるか?」
「あっ! うん、できる」
リリーゴールドは弾かれたように顔を上げて、それから小さく頷いた。
すっと目を閉じて、傍らのイチヒの脳波を拾う。
世界中の物質の揺れの中から、彼女の思考の波を探し出す。それにゆっくりと焦点を合わせていった。
《どう? イチヒ、なんか考えてみて》
……そうだな、うちのバディは3mある上に体重200kg弱で、うちの寮がよく床抜けないなって感心してるよ。
《え〜ん、めっちゃよく感じ取れるぅ》




