44 サフィールの、凍てつく意地。それでもぼくは負けたくない
イチヒとリリーゴールドが追いつくと、意外にもサフィールは洞窟の前で2人を待ってくれていた。
「遅い。……行こう」
「お前なあ!! こっちは雪崩に巻き込まれたんじゃねえかって心配してたんだぞ?!」
「え? あれ、ぼくだよ。引き起こしたの」
「そうかよ!! なら――って、はあ?!」
イチヒは思わずノリツッコミしてから、改めて驚愕した。
……私の周りはマジでぶっ飛んだやつしか集まらねえな?!
「ズモルツァンドなら分かるんじゃない? 雪崩のメカニズム。『原子』が見えるんでしょ」
「えー? ちゃんと見てなかった……」
サフィールに水を向けられるが、リリーゴールドは残念そうにうなだれた。
「ヴェラツカは? 雪崩のメカニズム説明してよ」
「なんでいちいち偉そうなんだよお前……!!」
「『お前』? 名前を呼べって言ったの、ヴェラツカじゃなかった?」
「うわ……ムカつく奴……エレイオス! これで満足かよ?!」
イチヒは、いきなり距離を詰めてきたサフィールに、戸惑うどころかむしろイライラを募らせる。
ゼロか100かなのやめろや!
他人行儀か揚げ足取りの皮肉屋? 振り幅デカすぎるだろ!
「うん、満足。それで、雪崩のメカニズムは?」
「わかったわかった。雪崩のメカニズムな?」
リリーゴールドも目をきらきらさせて待っている。完全に講師確定の流れ。
わかったよ、説明してやるから。
「雪崩は不安定な場所に溜まっていた雪の塊が、重力に耐えきれず落下して起こる。
雪の塊は場所によって結合力が異なり、固い箇所と柔らかく水を含む箇所がある。
下手に衝撃を与えると緩い箇所からまとめて落ちてくるから気をつけろ、ってとこか」
「おおー! イチヒ、なんでも知ってるね!」
リリーゴールドがぱちぱちと拍手したが、サフィールの冷たい声が飛ぶ。
「いやズモルツァンドが物事を知らなすぎるだけだよ」
「えっ……そんなぁ」
……ちょっと、うちのリリーをいじめるのやめてもらっていいか?
いやまあ確かに、なんでこんなことも知らんのコイツ?! ってなることは私もあるけども!
「そう。だからぼくは、超音波で緩い場所を探して、そこをピンポイントに狙った」
「……なるほど? それなら確かに理屈は通るな」
「そうでしょ。じゃあもういいよね、これ持って次行こう」
サフィールは、いつの間にか今回の回収アイテム『生命維持モジュール』を手にしていた。
どこか焦っているように見えたが、イチヒは彼の声の震えに気付けなかった。
「敵がまた出るかと思ってたけど、何にもないねー?」
リリーゴールドが屈んで洞窟の中を見渡す。
確かに洞窟内は蜘蛛の巣が張ってる以外に特筆すべきこともない。実になんの変哲もない洞窟だった。
「セルペンス中佐と隊員2人が守ってたんだ。普通はそれで十分だよ。むしろさらにトラップがあったら過酷すぎる」
サフィールの言葉に、イチヒはそれもそうかと考えた。
リリーゴールドと一緒にいるせいで最近は『過酷』に対するハードルが上がっていたらしい。なんなら、大佐と中佐まとめて相手にした上に戦車くらい出てくるのを想定していた自分がいる。
「ズモルツァンドとヴェラツカがおかしいんだよ。普通は銀葬先鋒隊現役隊員を完封できるはずないんだから」
「えっ? そうなのー?」
「それは何? ぼくに喧嘩を売りたいってこと?」
「おいおいやめろ」
リリーゴールドにまた噛み付くサフィールとの間に割って入る。
こいつはどうも血の気が多くて困る。
イチヒはふぅ、とため息をついた。
「エレイオス、生命維持モジュールの使い方はわかるか? これはあんたが使った方がいい。私たちはこの環境なら適合できる」
イチヒが声をかけても、サフィールは黙ったままモジュールを見つめている。
「おい、どうした――」
イチヒが声をかけた時には、サフィールはその場に崩れ落ちる寸前だった。
リリーゴールドが後ろから手を出してその身体を抱きとめる。
「冷たぁ!」
リリーゴールドの声に、イチヒも彼の頬に手を触れる。
生き物の体温だとは思えないくらい、彼の肌は冷たかった。手袋越しでも冷たさがわかる。
しかも、肌にまとう水のあちこちがシャーベット状に凍っている。
――クソ、だから焦ってたのか。
やたら攻撃的だった皮肉も。自分を奮い立たせる虚栄心だったのかもしれない。
「おい寝るな!! こんなところで寝たら死ぬぞ!! なんでこんななるまで無茶したんだよ?!」
意識を手放しそうになるサフィールの頬を叩く。サフィールはふるふると首を振った。どうにか起きようとしてるんだろう。
「ごめん……でも、ぼくだって……負けたくなかったんだ」
そのサフィールの微かな呟きは、イチヒの耳には届かない。
「おい! このモジュールでなんとかならないのかよ!」
「なるけど……これは使い捨てだよ、ぼくが使ったら二度と使えなくなる」
「回収品は破損してなきゃ構わないって言われただろ?! いいから使え!」
イチヒの剣幕に押し切られて、サフィールが手に持ったモジュールのスイッチを押した。
ヴィィンとモーターの回る音がして、モジュールがかすかに震える。
サフィールは袖をまくると、モジュールをそのまま腕に突き立てた。




