42 装備差? なら質量で切り抜けます!
イチヒは目の前の完全武装した隊員を見据える。
彼は、イチヒに迷いなく銃口を向けていた。
――まあ、私のタングステンの身体はビーム光線ごとき貫通しないんだが……
グラヴィアス大佐のにやりと笑う顔が脳裏に浮かんだ。
あの人が組んだ訓練だ、銃弾がイチヒを貫通しないと知っているからこそ、本当に撃たせてくる可能性がある。
貫通はしないが痛みが全く無いわけじゃない。金属の振動が痛みにはなる。
イチヒがリリーゴールドの方を見ようとした時、リリーゴールドの声が割り込んできた。
《あたし、今から燃えるから、その前に先輩たちの気を引いて!》
「……ん? んん?」
確かにリリーゴールドの声だった。だが――リリーゴールドの唇はちっとも動いてない。
《聞こえてるよねえ?! イチヒー!!》
耳じゃなく、脳がリリーゴールドの声を拾っていた。例えるなら、本を読む時自分の声は聞こえないけど頭の中に再生されるような。そんな感覚。
……は?? なんだこれ?!
《今、イチヒの脳波に合わせてみたの! あたしにも、イチヒの考えてること、伝わってるよー! それじゃ、よろしくね!!》
リリーゴールドは、イチヒの理解を待つ気などないよいだ。
彼女のまとう炎の密度がせりあがっていく。
……分かったよ、気を引けばいいんだろ、気を引けば!!
イチヒは半ばやけくそで、自分に銃口を向ける隊員に向かって走り出した。
狙いは彼の後ろの、雪玉!
イチヒ目掛けて、隊員のエネルギーライフルが連射される。赤いレーザー光線が何本も撃ち出されるが、イチヒは気にせず突っ込んだ。
――蜂に刺された位の痛みだな。
耐えられないレベルじゃない!
タングステンは、非常に耐熱性が高い。
レーザー光線のような細い熱源は、刺すような痛みだけ与えて、イチヒの身体に熱までは伝えられない。
ライフルを構えた隊員が怯んだのが分かる。
彼を通り過ぎてそのまま、肩から勢いよく雪玉に突撃をかます。
雪玉はイチヒの質量を受けて粉々になると、雪の破片をあたりに飛び散らしていく。
密度の高い雪の塊が飛んできて、イチヒの体に当たるとゴンッと音を立てて落下した。
隊員2人は慌てて雪玉に対して防御姿勢をとり、彼らの胸元から自動で耐衝撃エネルギーバリアが起動する。バリアが彼らを雪の塊から守った。
――だからこそ、彼らはリリーゴールドに対処が遅れた。
雪の塊とイチヒに気を取られた彼らの背後から、青い炎に包まれたリリーゴールドが全速力で突っ込んでくる。
隊員2人の体前面には半透明のエネルギーバリアが展開されているが、2人は振り向くのが1秒遅れた。
バリアのない身体側面に、リリーゴールドの太陽フレアが襲いかかる。
強力な電磁波を含む炎は、彼等の防弾チョッキに引火した。胸元の耐衝撃バリア端末がどろりと溶解する。
ジジッとバリアが震えて、かき消えた。
炎はまだ収まらず彼らの身体にまとわりつく。防弾チョッキは炎に飲まれ、隊員たちは咄嗟に雪に寝転び炎を消そうともがくが、炎は生き物のように彼らの体を這い回る。
いくら下に宇宙空間対応戦闘服を着ていたって、太陽から生まれた炎にずっと耐えられるとは思えない。
「敵は――炎だけじゃないぞ!!」
イチヒは、雪を蹴ってジャンプすると思い切りよく彼らの上に落下した。
ズン、という音がして3人の身体はじわじわと雪にめり込んでいく。
イチヒの質量はおよそ1000kgだ。重力軽減装置を使っているからと言って、その質量は無くならない。
上にのられたら、ゆっくりだんだんとイチヒが重たくなるように感じるはずだ。
雪で冷やされたイチヒの金属細胞に触れると、隊員たちを焼いていた炎はじわじわと収束していく。
ジタバタともがいてもイチヒの下敷きから逃れることは出来ない。
リリーゴールドが近くまで歩いてくると、雪に埋まって落ちていたエネルギーライフルをひょい、ととりあげた。
「使えそうだし、もらっとく?」
「……後で怒られても知らないぞ」
しかし、立ち上がらないイチヒを見下ろしてリリーゴールドは小首を傾げた。
「でも、先輩をおしりで轢いたからイチヒも怒られるんじゃない?」
――時を同じくして、サフィールはセルペンス中佐と一進一退の攻防を繰り広げていた。
サフィールは目の前の上官を睨みつける。
トカゲのように、薄水色の鱗におおわれたしなやかで俊敏な身体。
蹴りを入れようにも、するりと逃げられてしまって掴めない。
……それに、気温が低すぎる。
粘液水を出そうにも、凍ってしまってダメだ。
サフィールは袖口と手袋の隙間から、自分の手首をちらりと見た。
いつもなら濡れている身体が、うっすら凍っている。
相手は、銀葬先鋒隊大隊の副隊長、セルペンス中佐。
とてもじゃないが、今のサフィールの力では真正面から渡り合って勝てる相手じゃない。
副隊長は、その目を細めながらサフィールの様子を伺っている。
それは、楽しげですらあった。
……ぼくは、絶対に銀葬先鋒隊に入りたい。
その為には……手段を選んでなんか、いられない!
サフィールは走り出し、地面にスライディングした。雪を蹴り上げた勢いで、粉雪がセルペンス中佐の視界を遮る。
その目くらましの雪にサフィールは突っ込んでいく。
雪の幕が視界を奪う。彼が眉をひそめた、その瞬間――
サフィールはうっすらと口を開けた。
鈴を転がすような超音波が、彼の喉から静かに空間へと染み渡っていく。




