41 仲間なら、名前くらい覚えとけ
合流した3人は、静寂に支配された雪の世界を歩き続けていた。
雪を踏む音だけが虚空に響いていく。
真っ暗闇が薄ぼんやりと白んできた。影が濃く伸びる。
「見えてきたよ! 洞窟、あれじゃない?」
リリーゴールドの楽しげな子供っぽい声がして、イチヒとサフィールは顔を上げた。
数メートル先に、白い雪山の真ん中でぽっかりと口を開けた岩の洞窟が見えた。
このまま緩やかな斜面を登っていけば、洞窟には到達できそうだ。
イチヒはあたりを見回す。今のところ洞窟周りの崖上にも、グラヴィアス大佐の影はない。
だが、崖の斜面や洞窟の周りには、グラヴィアス大佐が放り投げた巨大な雪玉が転がったまま放置されている。まるでそこに何かあると言わんばかりだ。
イチヒはじっと凝視しながら、慎重に歩みを進める。
「敵が出てくるなら今だと思う」
イチヒと同じことを考えていたのだろう、サフィールが声をかけてきた。
少しはイチヒたちを信頼する気になったのか、彼の声はよそ行きの綺麗な声ではなく、ちょっとかすれた低い声だった。
「リリー! なにか見えるか?」
「ちょっと待ってね……あ!」
リリーゴールドに声をかけると、彼女は金色の瞳孔を見開きあたりをきょろきょろと見回す。
「その雪玉……後ろに誰かいる! 3人!」
リリーゴールドは、いくつか落ちている雪玉のうち1番手前を指さして叫んだ。
「は? なんで雪を透過して後ろが見えるわけ?」
サフィールは理解できない、と言った顔で呟いた。
イチヒにも、その驚きは身に覚えがあってつい笑ってしまう。
「リリーは、『原子』が見える目を持ってる。要するにめちゃくちゃ目がいいってことだ!」
「何それ。全然納得できない」
「だけどリリーの目は本当のことしか見ない。信じろ!」
「敵が動くよー!!」
リリーゴールドの声に、イチヒとサフィールは手持ちの超振動ナイフを手にして散開する。
今回のバックパックに入っていた武器らしいものは、微細に振動し続けるこのナイフだけだ。
ちょっと切れ味の良いただのサバイバルナイフだが、ないよりはマシだろう。
……最悪、重力軽減装置をoffにして敵に体当たりでもかませばいいだろ。
イチヒは考える。
リリーには、もうどんどん燃えてもらえばいい。
彼は……随分華奢に見えるがなにか体術でも使えるだろうか?
イチヒとサフィールの前方で、リリーゴールドの白い長髪が揺らめく。その髪は、青い炎をまとって動き出した。
金色の瞳の奥で核融合の閃光が生まれ、リリーゴールドの足元から、雪はどんどん溶けて水へと姿を変えていく。
隣に立つサフィールが、イチヒの方を向いた。
「あんた、金属星人なんだよね? 何が出来るの?」
サフィールを見て、イチヒは端的に答える。
「あー、そうだな。1tの重金属がぶち当たると言えば分かるか?」
「いっ1t……わかりやすい、理解した」
サフィールは驚いてから頷く。
それを見てイチヒは前方に視線を戻した。
「それと、私は『あんた』じゃない。イチヒ・ヴェラツカだ」
前を見据えたまま、続ける。
「仲間なら……名前くらい覚えとけ」
そう言い捨てると、イチヒは雪を蹴って走り出す。
リリーゴールドの横まで来ると、彼女と目配せし合う。
イチヒは左へ、リリーゴールドは右へ。
2人は言葉を交わすことなく分かれて、巨大な雪山目がけて挟み込むように走る。
その時、雪玉から人影が飛び出してきた。
雪玉を蹴り、軽やかにイチヒとリリーゴールドの頭上を跳躍していく。
薄水色の髪と、同じく薄水色の鱗におおわれた肌――セルペンス中佐だった。
トカゲに似た縦瞳孔の黄色い瞳がすっと細められ、サフィールを補足する。
――間髪入れずに、雪玉の影から2人の隊員が飛び出してきてイチヒとリリーゴールドは挟み撃ちに失敗する。
お互いに1人ずつを相手にしながら、じりじりと距離をとっていく。
隊員たちは――完全武装だった。
エネルギーライフルを構え、ヘルメットを被り、戦闘服の上から全身防弾チョッキを身につけている。
胸元にずらっと光る端末が並んでいた。おそらく、自動起動耐衝撃バリアだろう。
一方、イチヒとリリーゴールドはただの戦闘服1枚。
「いっそ笑えてくるな! なんだよこの落差は!!」
イチヒがそう叫んだ頃――
サフィールは、跳躍の勢いのまま突っ込んできたセルペンス中佐のサイバーレイピアの光刃を、超振動ナイフ一本で受け止めていた。
超振動ナイフは、物質しか切れない。純粋な高出力エネルギーは受け止めるだけで精一杯だ。
ギィン――
エネルギーと振動がぶつかり合う音が響く。
サイバーレイピアがそのエネルギー量でナイフを弾き、その勢いで彼は後ろ向きに跳躍した。
軽いステップを刻むと、またすぐに超高速でサフィールに斬りかかる。
サフィールはそれを一気にしゃがんで避けると――飛びかかってくるセルペンス中佐の足元を狙って、蹴りを入れる。
しかし、すんでのところでサフィールの蹴りは虚空を払った。
「ほう……やりますね、エレイオス君」
サイバーレイピアをシュッと振って、セルペンス中佐は距離をとった。冷ややかな声。
細められた爬虫類のようなじっとりとした目は、獲物を狙うようにサフィールを見定めていた。
――雪玉の左右ではリリーとイチヒにそれぞれの先輩隊員たちが対峙。
雪玉の上から跳躍してきたセルペンス中佐はサフィールに迫る。
三方同時にひっ迫した状況が続いていた。




