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39 筋肉ゴリラが雪玉投げてくる件

 ハロゲンヒーターのオレンジ色の暖かい光が、狭い山小屋を優しく照らす。

 時折、窓がカタカタと吹雪で揺れた。


 グラヴィアス大佐は、3人の様子を遠巻きに眺めていた。

 ババ抜きで遊ぶ、リリーゴールドとイチヒ。

 バックパックを睨みつけ、何か思案にふけっているサフィール。


 ――さて、諸君らはこの訓練の試練を乗り越えられるか?

 彼女はこの訓練で、訓練兵たちの器を見極めるつもりだった。

 銀葬先鋒隊(ガラクス・セパルト)たり得る度胸と、チームワークが果たしてあるのかどうか――

 

 グラヴィアス大佐は、窓の外を見る。

 

 

 夜の帳がおりていた。

 暗闇の中、止む気配のない雪が空を覆う。


 ジジッと無線機が揺れた。    


 『こちらセルペンス――

 フタサンゴーマル。

 全隊員、待機場所到着を確認。作戦開始可能です。

 ――どうぞ』


 耳元のイヤホンから、副官のセルペンス中佐の涼しげな声が聞こえる。


 『こちらグラヴィアス――

 了解。開始場所に移る。しばらくその場で待機せよ。

 ――どうぞ』


 短く返答すると、訓練兵3人に声をかける。


「諸君たち!  それでは訓練開始場所に移動する!」



 

 ――そうして訓練開始したのが、つい30分前。

 イチヒたち3人は、山岳地帯の雪山のど真ん中にいた。


 強風の中どうにか地図を広げて、頼りないLED懐中電灯で照らしながら場所を確認する。

 

 まず最初のポイントは、この雪山の中腹の洞窟にある『生命維持モジュール』の回収地点だ。

 イチヒは後方で風に煽られるネイビー頭を盗み見る。

 白い吹雪の中、彼の濡れたような髪は輝きを失い凍結寸前に見えた。


 イチヒとリリーゴールドにとっては、この位の寒さと吹雪なら生命維持に問題はない。

 なんなら先日の複合環境障害突破訓練マルチエンバイロンメント・アサルトの模擬宇宙の方が厳しかったまである。


「サフィール・エレイオスさん、大丈夫?」

「これくらい、どうってことないです……」


 リリーゴールドの心配そうな声に、サフィールは震えながら答えていた。

 いくら宇宙空間対応戦闘服を着ていたって、温度を感じなくなるわけじゃない。

 それに顔はむき出しなのだ。

 

「おいエレイオス、強がるなよ。どう見ても大丈夫じゃないだろ。

 お前、水棲星人(エラフィリア)なんだろ?  ならこの寒さじゃ肺の水が凍るんじゃないのか」


 イチヒは、以前勉強した知識を思い出しながら声をかける。

 こいつは気に入らないが、だからといってチームメイトをみすみす危険に晒す訳には行かない。それはイチヒの矜持に反する。


 イチヒの言葉に驚いたのか、サフィールはゴホッと咳き込んでちょっと水を吐いた。

 吐いた水滴は落ちる途中で氷に変わって落ちていく。


「――知ってたんですね。水棲星人(エラフィリア)のこと。

 ぼくたちは、本来空気中の酸素を取り込めません。だから肺に貯めた水から酸素を得ています。

 仰る通り、正直肺がもうすごく冷たい」


 サフィールは、よそ行きの鈴のなる声で話し出す。


「ええっ?!  大変、ほらあたしの背中に隠れて!  燃えてるから、少しは暖かいでしょ?」


 リリーゴールドが、自分の半分くらいしかないサフィールを背中に隠す。

 隣を歩いてるイチヒですら、リリーゴールドからじんわり温かさを感じるくらいだ。

 彼女の近くにいれば、多少は寒さをしのげるだろう。


 リリーゴールドの体がまとう発光が少し強まった。

 体内の核融合を促進させたんだろう。彼女に吹き付ける雪は、彼女のそばまで来るとふわっと解けて水滴に戻る。


「ありがとう、ございます……。なんでそんな事するんですか、あなた方はもう本来この訓練すら必要ないのに」


 サフィールはお礼を言ったものの、悔しそうな声色だ。あの日の授業での態度を思えば、彼がイチヒたちに敵対心を抱いてることなど火を見るより明らかだった。


「ふん。仕方ないだろ、運命共同体なんだ。この訓練が終わるまではお前も協力してもらうからな」


 イチヒはわざとぶっきらぼうに言う。

 ――自分に敵対心を抱いてるやつに心の底から優しくできるほど私はお人好しじゃないんでね、リリーと違って。


「協力してがんばろーね!」


 リリーゴールドは楽しげににこっと笑う。たぶん彼女は純粋に本心から、今の環境を楽しんでるんだろう。

 そして本当に3人で、ちゃんと協力できると思ってる。


 

 ……リリー。人間ってそんなに簡単じゃないんだ。

 こいつみたいに。

 ……それから、私みたいに。


 

 先頭に風よけを買ってでてくれたリリーゴールド、その後ろにイチヒとサフィールが続いた。

 スタート地点から慎重に周りをマッピングしながら、地図片手に洞窟を目指していく。


 吹雪はまだ止みそうにない。

 風の吹き付けるごうごうとした音が、3人の雪を踏む足音をかき消していく。

 足跡にもすぐに雪が降り積もり、気をつけないと方角を見失いそうだった。

 

 リリーゴールドの後ろで、イチヒは懐中電灯に照らされたコンパスを見る。

 

 おそらく、今回の『生命維持モジュール』はサフィールのためのものだろう。

 この訓練は、3人が協力するのを前提に作られている。




 その時だった。

 地響きが鳴り渡る。


 3人からほど近い崖の上から、戦車くらい大きな雪玉がイチヒたちめがけて転がり落ちてくる。

 ミチミチと、雪が重みで固く締まっていく音が響く。


「逃げろ――!!!」


 イチヒは叫んで、2人に体当たりをかます。

 振り積もった雪に、3人はもつれながら転がった。


 ついさっきまで3人が立っていた場所を、巨大な雪玉が重たい音を引きずりながら通り過ぎていく。


 バッと起き上がって崖上を見ると、そこにはとんでもなく巨大な雪玉を両手で抱えるように掴んだ、グラヴィアス大佐の姿があった。


「ゴリラかよあんた?!」


 思わずイチヒは叫ぶ。

 ……一体、どこの異星人なんだ?

 

 彼女の外見は、赤い髪と褐色の肌。

 

 確かにちょっと女性前提にするとその筋肉ダルマっぷりは、ありえないほど大きいけど。

 その点を除けば、あまり地球人の特徴と大差ないように思える。

 

 だが、その隆々とした筋肉は見かけ以上にとんでもないパワーがあるらしい。


 すると彼女はおおきく振りかぶって、また巨大な雪玉を力いっぱい投げ飛ばしてきた。

 地鳴りがして、雪玉は山肌にぶつかり雪崩を起こしながら3人に迫る。


「走れえ――!!!」


 イチヒは叫ぶと、慌てて立ち上がり走り出した。

 振り向く余裕は無いし、轟音で聞こえないがきっと2人も着いてくるはずだ。


 そのまま走りにくい雪に足を取られながらも、全力疾走する。

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