38 最強チート内定組VS秀才ライバル
夜を待つ山小屋で、3人は思い思いに過ごしていた。
「あーっ待って待って、イチヒ、そのカードはやめたほうがいい……あーっだからだめだめ……」
「こっちか? お、こっちか?」
「あーっ……なんちゃって」
「こらてめ、リリーッ! 謀ったな!」
山小屋に置いてあったカードで、イチヒとリリーゴールドはババ抜きに興じていた。
一方サフィールは、部屋の隅で真剣にバックパックの中身とにらめっこをしている。
この最終選抜訓練で、最も過酷な心理状況にいるのが、サフィールだった。
イチヒとリリーゴールドは、既に内定が出ている。
それなのに、体験だと称してこの最終選抜訓練になぜか参加しているのだ。
――人を馬鹿にしているとしか思えない。
サフィールはぎゅっと拳を握りしめる。
こんな屈辱、許せるわけなかった。
彼は、両親が軍の大佐同士というエリート家系に生を受けた。
入学する前から、ずっと宇宙軍で成果を立てることを目標に努力し続けてきたのだ。
入学してすぐの『技力テスト』だって、β班ではぶっちぎりのトップの成績をたたき出した。
サフィールの脳裏に、あの日の記憶が蘇る。
「――では、制限時間は15分。逃げ切るか、AI戦闘アンドロイドを完全停止させるように!」
ビーッ。
戦闘開始のアラームが鳴り、サフィールはぐっと拳を握る。
銀色に鈍く光る、AI戦闘アンドロイドを見据える。
流線型のボディに、金属が床を蹴る軽い音が響く。
――ただ逃げ回ったんじゃ、銀葬先鋒隊の推薦枠は貰えない……それなら!
サフィールは、この狭いタングステンで出来た戦闘練習室の真ん中に立っていた。
AI戦闘アンドロイドの足が、滑るように金属の床を蹴る。
どんどんと加速しながら、サフィールに迫ってくる。
アンドロイドは、刃のように細い腕をしならせ高く振り上げた――!
サフィールは、ひらり、と空間を泳ぐように右に旋回してその攻撃をかわす。
……そんな速度しかないの? 父様の斬撃の方が……ずっと速かった!!
アンドロイドは、頭部パーツの真ん中の目みたいな赤いサーチアイでサフィールをじっと観察する。
――まだ手の内は見せない。時間ギリギリまで、攻撃はしない……
AIは、戦闘相手の行動を収集して分析する。ならば、AIに情報を与えないよう動けばいい。
それがサフィールの対策だった。
アンドロイドは素早く跳躍すると、今度は天井を蹴って頭上から突っ込んでくる。
サフィールは、その群青の瞳でじっとアンドロイドを見極める。ギリギリまで引き付けて――
また右へ旋回してかわす。
――膠着状態が続いていた。
テスト開始から、すでに10分間が経過している。
サフィールは永遠に、右旋回だけを繰り返してアンドロイドの攻撃を全て避け続けている。
そう、『右旋回だけで』逃げ続けていたのだ。
行動を分析するAIに対して、なぜそんな芸当ができるのか?
それは、次の瞬間明らかになった――
サフィールは、泳ぐように滑らかに攻撃に転じた。
今まで右回転にしか動かなかったのに、ジグザグに床を滑るようにアンドロイドに迫る。
アンドロイドは回避行動をとろうとして――床に足を取られ、足をもつれさせて倒れ込んだ。
だが……鳴るべきはずの金属のぶつかる音が一切しない。
アンドロイドは立ち上がれずに、床を滑っていった。
――床一面が、水をまいたように濡れていた。
よく見ると、水よりも粘度の高いぬめった質感。
「お前の速度は……ずっと落ち続けてたんだよ!!」
サフィールは、深海の惑星で生まれた。
水棲星人は、本来水の中でしか生きられない。しかし、彼らは進化の過程で水中から出る能力を手に入れたのだ。
サフィールが手を上げる。
彼の袖口から手をつたって、どろりとした水滴が指先からしたたり落ちた。
この粘性の水を皮膚表面にまとい続けることで、水中から出ても乾燥しない力を手に入れたのだった。
サフィールがアンドロイドから逃げ続けられたのは、床に逃げながらこの粘性の水をまき続けていたからだった。
アンドロイドはもはや、本来の速度を出せない。
未だに立ち上がれずもがくアンドロイドに、サフィールが一気に距離を詰めた。
アンドロイドに肉薄して、思い切り足を振り上げ蹴り飛ばした。
アンドロイドはサフィールに蹴り飛ばされ、ぬめる床を勢いよく滑る。部屋の隅まで滑って、やっとぶつかって止まった。
だが、アンドロイドが立ち上がる前にサフィールが追いつくと、次の蹴りを叩き込んだ。
間髪入れない攻撃に、アンドロイドは防御姿勢もとることができない。
それは、蹴りというよりは……海獣の狩りのようだった。尾びれで何度も獲物を打ち付け、捕捉する。
ビビーッ。
15分を告げるアラームが鳴り響いた。
『サフィール・エレイオス、テスト完了。規定時間内にAI戦闘アンドロイドの機能を停止させた。
記録――完璧な制圧による勝利!』
スピーカー越しに教官の声がして、サフィールはやっと攻撃を止めた。




