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37 地獄のサバイバルの幕が上がる

 ――どこかで紛争や、戦争が起きていたとしても、イチヒたちの毎日は変わらず過ぎていく。

 今日もいつも通り、午前の授業が終わった。


 イチヒとリリーゴールドは書類ケース片手に食堂へ向かっているところだった。


 目の前に、見覚えのある赤い髪の筋肉が走ってくるのが見えた。



「おーい!  ヴェラツカ!」


 グラヴィアス大佐である。

 イチヒは気付かれないようにすっとリリーゴールドの1歩後ろに下がる。


「今日のタングステン細胞の調子はどうだ?」

「イエス・マム。お陰で変わりなく」


 銀葬先鋒隊(ガラクス・セパルト)に内定してからというもの、グラヴィアス大佐はいつもこの調子でイチヒのタングステン細胞を愛でてくる。


 ……この人、金属オタクなんだよなあ……

 イチヒは、努めて心の声が漏れ出ないよう唇を引きしめた。

 

「それは良かった!  それに調度良い、ズモルツァンドも一緒なのだな!」


 彼女は、白い歯をみせてアッハッハと豪快に笑う。



「――ついに決まったぞ、最終選抜訓練の日取りが!!」



 その一声が、地獄への幕開けだった。

 イチヒたち2人の平穏な日常が音を立てて崩れていく。



 ――その日から、2週間後のある日。

 

 ――最終選抜訓練。

 それは、本来であれば銀葬先鋒隊(ガラクス・セパルト)正式配属をかけた、命懸けの1週間に及ぶサバイバル。

 だが、イチヒとリリーゴールドは理事長たっての強い希望で、最終選抜訓練をパスしてすでに内定が決まっていた。


 なのになぜ、戦闘服を着てとんでもない雪山地帯(こんなところ)にいるのかと言うと――



「……はぁい、あたしがおためし体験、受けるって言いましたあ……」


 リリーゴールドがヘナヘナと勢いを失い、その巨体を縮こめる。

 隣にはイチヒ、そして――イチヒの因縁の相手、サフィール。

 

 その向かい側には、腕組みして仁王立ちするグラヴィアス大佐。

 なんと今日の彼女は、制服ではなく戦闘服である。


 

 訓練兵と教官の周りに反り立った岩壁が立ち並び、轟音と共に雪をまとう冷たい風が吹き荒れる。

 あちこちでは雪崩の起きる音すらも響いていた。


 

 

「――え……。変わってるんですね、ズモルツァンドさん」


 サフィールは引きつった笑顔で、リリーゴールドを見つめた。

 しかしその後、地を這う声でぼそっとつぶやく。


「……なんだコイツ。余裕ってこと?  ぼくを笑いにでも来たのか、嫌味なヤツ……」


 だが、サフィールの小さく重低音な囁きは、誰の耳にも明瞭には届かない。


 イチヒは、じろりとサフィールを見た。

 ――またなんかブツブツ言ってんな。正々堂々、顔みて文句言えっつーの!


 彼が、私たちをライバル視するのは理解できる。

 問題はこの、表でニコニコしながら裏でブツブツ言ってるその態度だよ!!


 イチヒは、意識的に深呼吸する。

 こんな事でカロリー消費してる場合じゃない。

 


「――さて、銀葬先鋒隊(ガラクス・セパルト)最終選抜訓練へようこそ。先鋒隊大隊長の、グラヴィアス大佐だ。では、ルールを説明する!」


 グラヴィアス大佐の大声が吹雪の中こだまする。


「諸君らには、この山域に点在する指定アイテムを全て回収し、168時間以内に回収ポイントへ集結してもらう。


 回収に失敗した者、時間内に到達できなかった者、そしてアイテムを紛失あるいは破損させた者は、問答無用で失格とする」

 

「どのような手段を用いても構わん。――生き延びろ」


 それから、グラヴィアス大佐はニヤリと笑った。

 

「なお――山には諸君らの『敵』も潜んでいる。

 10機のドローンが見張っており、生存不可能状態と判断されれば試験は中止して、強制的に軍病院行きだ」


 

 珍しく戦闘服を着て、ニヤニヤと笑うグラヴィアス大佐を見やる。

 ……これどう考えたって、大佐敵役やる気だろ?!

 

 彼女のその不敵な笑みが、イチヒたち試験生の背筋を震え上がらせた。


 

「……まあでも、達成条件はアイテムの回収だ。敵を一掃しろ、とかじゃないだけマシだと思うべきか……」

「でもイチヒ――多分ここ、獰猛な生き物いるっぽい」

「はぁ?!  マジかよ……敵役いらねえんじゃね?  十分、野生動物で手一杯だろ……」

 

 イチヒは、リリーゴールドの声に肩を落とす。

 せめて、大型肉食動物に出会わないよう祈るばかりだ。



 山をじっとみつめる。

 標高はそこまで高く無さそうだが、とにかく吹雪が酷い。

 冷たい氷を含む風が容赦なく吹き付けてくる。

 風の音に混じって、獣の咆哮に似た声も聞こえてくる。



 対して、イチヒたちの装備は貧弱だった。

 宇宙空間対応戦闘服一式を身につけ、背にはバックパックひとつ。

 持ち込みが許されたものは、ギリギリ生還できる程度の荷物だけ。

 

 現地調達を前提として、3日分のみの缶詰とエネルギーゼリー。

 その場で浄水ができる光触媒水浄化タブレット。

 簡単な包帯や、ガーゼ、消毒液などの個人用救急キット。(しかしイチヒの金属細胞には使えないので、代わりに金属パッチと、酸化防止剤と金属洗浄液を持つことを許可された)

 テントの代わりに持ち込めるのは、保温シート、メタルロープ、ステンレスワイヤー。

 火起こし用の虫眼鏡とマッチ。

 夜間活動用のLED懐中電灯。

 硬すぎるものか厚すぎるもの以外なら、なんでも切断できる超振動ナイフ。

 紙の地図。アナログコンパス。アナログ時計。

 メモをする為のマーカー。

 もちろん、デジタルデバイス類は持ち込み禁止だ。


 ――たったこれだけだ。

 ちなみにリリーゴールドは、火起こしはお前の力でやれ、と言われマッチも取り上げられていた。

 虫眼鏡は、まあほかの用途もあるから許されたんだろう。


 ……よかった、お前は髪の毛からメタルロープを編め、とか言われなくて。

 私、そもそもショートカットだからロープ編めるほど髪の毛長くはないんだが。

 イチヒは、ふぅとため息をつく。


 

 キッ、とこれから向かう山を睨みつけた。 

 ――どうせやるなら、絶対に生還してやる……!

  

 イチヒは、バックパックを背負い直す。



「それでは、訓練開始は本日深夜だ。時を待て!」


 

 グラヴィアス大佐の号令が轟いた。


物語中盤の、一大実践訓練編が始まります。


世界の謎にも迫っていくバトルが、ここから始まります⚔️

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