36 安全をうたう戦争と軍事機密AI
授業が本格的に始まってから、およそ1ヶ月ほどが経過していた。
宇宙史、神話史、共通語学、宇宙地理学、物理学、量子力学、生物学、化学――様々な授業があるが、イチヒとリリーゴールドのお気に入りは、宇宙史と神話史だった。
なんせ、本物の神話の続きがリリーゴールドなのである。
2人は、寮の1階エントランスのソファに座っていた。
目的は、この大きなモニター。
惑星TVは、エントランスにしか置いてないのだ。
『――速報です。
たった今入ってきた情報によると、辺境宇宙エリアのファラディーン連星域にて、宇宙軍による【惑星安全安定化作戦】が開始されました。
しかし、現地住民の強い反発にあい、現在、紛争が発生している模様です』
ニュースキャスターのAIアンドロイドが、無機質な合成音声で速報を読み上げる。
アンドロイドの背後に、ファラディーン連星域であろう、砂漠が映る。
大きな破裂音と共に、砂の柱があちこちで上がっていた。砲撃が絶え間なく続いているのだろう。
瓦礫となった街で、逃げ惑う人々が映っていた。
『この作戦について、宇宙軍の広報は先ほど声明を発表しました。
それによりますと、今回の作戦は、ファラディーン連星域の住民の、長期的な安全と安定を確保するために不可欠な措置であり、宇宙軍は、住民の生命と財産を守るという、基本的な責務に基づいて行動しているとのことです。
一部で発生している衝突は、残念ながら作戦遂行上、やむを得ないものであり、あくまで限定的な範囲に留めるよう最大限の努力を払っていると強調しています』
合成音声は、淡々と告げる。
「ファラディーン連星域……か。リリー、聞いたことある?」
イチヒの問いかけに、リリーゴールドは黙って首を横に振った。
「だよな。――ないってことは、宇宙軍がまだ広まってない地域なんだろうな」
イチヒはまたモニターをじっと見据える。
学校はきつい訓練以外平和だが、実際ほかの銀河では今この瞬間もこうして紛争が起こっているのだ。
私たちはいずれ、この最前線に送られる。
『続報です。
先ほどお伝えしたファラディーン連星域での【惑星安全安定化作戦】ですが、現地からの報告によりますと、紛争は激化の一途をたどっており、すでに多数の死傷者が出ている模様です。
宇宙軍は地元住民に対し、速やかな退避を呼びかけていますが、衝突は拡大する一方だということです』
引き続き、画面はファラディーン連星域の紛争を映し出している。
銃声が飛び交い、崩れた瓦礫の砂煙が上がる。
――画面の端に、瓦礫の中から小さな子供を抱き上げて走り去る老女の姿が一瞬写った。
「……軍って、なんなんだろうな」
イチヒの口から、声に出すつもりのなかった呟きが零れ落ちる。
映像では、軍服を着た宇宙軍兵士たちが武器を構えている。
その銃口の先にいるのは、別の軍服を着て、別の星に生まれただけの同じ人類だ。
そして、瓦礫に埋もれながら逃げる人々は――ただその星で生きていただけの人々。
それに引替え、『惑星安全安定化作戦』
……やけに耳障りが良いのが気にかかる。
――イチヒが生まれた時には、地球は既に宇宙軍の統治下にあった。
当然として生きてきたから、今まで違和感なんて感じてこなかった。
むしろ宇宙軍が来たおかげで惑星間列車も開通したし、行商人も来るようになって経済が潤ったと教えられて育った。
その恩恵に預かって生きてきた。
……もしかして、私が生まれる前には地球でもこんな紛争があったのだろうか。
物思いにふけっていたイチヒの意識は、リリーゴールドがAIに話しかける声で現実に引き戻される。
「カァシャ。『惑星安全安定化作戦』について詳しく教えて」
――フォン。
AI独特の起動音がした。
球体ホログラムが、空中に起動する。
合成音声が流れ始め、それに合わせて球体は波紋のように波打つ。
『――音声認識中――完了。おかえりなさい、リリーゴールド。
惑星安全安定化作戦についてお伝えします。
これは、以下の内容で成り立つ作戦です。
・不安定要因の排除または抑制
武装勢力の鎮圧、テロ組織の掃討、あるいは既知の脅威(危険生物、異常気象発生装置など)の無力化が含まれます。
・社会秩序の回復
混乱した地域の再建支援、法と秩序の回復、治安維持活動などが挙げられます。
・人道支援および生活基盤の再建
紛争や災害によって被災した住民への物資補給、医療支援、生活インフラの整備などが含まれます。
必要であれば、現在行われている惑星安全安定化作戦のリストアップも行えます。どうしましょうか?』
「ううん、もう大丈夫。ありがとー!」
『はい。どういたしまして、リリーゴールド。
また何かお手伝いできることがあれば、何時でも声をかけてください』
「はーい! またねー!」
プツッとAIの合成音声は途絶えた。
リリーゴールドは、タブレット型の携帯端末をしまう。
「軍がやってる作戦ってこういうことだって!」
リリーゴールドは、イチヒの方を向いた。
どうやら、イチヒのつぶやきを聞いて調べてくれたらしい。
「おう、よくわかった。ありがとな。
――それより」
「今、カァシャって言ったか……?」
思わず聞き流してしまったが、聞き捨てならない単語でリリーはAIを呼び出していた。
「うん? そう! 惑星間ネットワークAIのカァシャだよ!」
「なんで一般人が惑星間ネットワークAIにアクセスできてんの?!」
「え? みんなの端末に入ってないの?」
「入ってるわけあるかあ!! 銀河機密クラスだぞ?!」
――惑星間ネットワークAIといえば、この宇宙中にあり200年間自立稼働する伝説のAIだ。
銀河中のネットワークのホストコンピュータみたいなもので、アクセスできるのは政治家か軍上層部だけだと子供の頃習ったことがある。
そこでイチヒは、はたと気付いた。
そして予想通りの言葉が、リリーゴールドの口から紡がれたのである。
「でも、――カァシャを作ったのは、ママだから」
……そうだった。
――魔女神話に語られる、伝説のAI三機のうちの一つ。
それが、惑星間ネットワークAI、カァシャである。
物語もだんだんと進み、世界の輪郭が明らかになってきました。
ここまで読んでくださってありがとうございました!
章の区切りまで来たので、ここでひと息。
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