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35 この世界であなたに会うために

 授業終了のチャイムが鳴る。


「――では本日の宇宙史はここまでとする」


 教授はまた、灰色の長いローブを引きずって講堂から去っていった。 

 イチヒは、手元のノートに宇宙軍の天文時計の簡単な図を書き上げていた。じっと自分の書いた天文時計を見つめる。

 ……理屈の合わない歯車と、空っぽの砂時計か……

 動力源が無いのに動く仕組みを、教授は『魔法』の一言で片付けていたが、イチヒには他に何かがある気がしてならない。

 ――説明できる気がする。絶対、なんかある。

 リリーなら知ってるだろうか?


「なぁ、今日の授業で――」

「んー?」


 リリーゴールドが、イチヒを見下ろして返事した時だった。

 講堂を出るやいなや、リリーゴールドは人だかりに巻き込まれる。


「リリーゴールド・ズモルツァンドさんですよね?!」

「『魔女の娘』ですよね?!」

「さっきの授業のこと、詳しく教えてくれませんか?!」

「魔法見せてくれませんか?!」

「魔女ってなんなんですか?!」


 何人もに囲まれ、口々に質問をぶつけられる。

 ほとんどの人がリリーゴールドの半分くらいの身長しかないから、リリーゴールドの困って下げられた眉毛がよく見える。

 彼女は困ったまま笑って、視線を彷徨わせる。


「えっと……待って、一気に言われても聞き取れないよ?!」


 


 ――入学したての頃は、ビビって近寄りもしなかったくせに。

 イチヒの胸にもやもやが溜まっていく。

 まるで動物園の見世物みたいじゃないか。

 

 イチヒは、リリーゴールドの腕をぐいっと引っ張った。


「あー、悪いな。

 リリーは私に用があるから、失礼するよ」


 リリーゴールドを取り囲む人の群れから、彼女を引きずり出す。まだ何か言いかける人の波に、キッと睨みつけるような視線を送った。


「ふんっ!」

「えへへ、あたしが、イチヒに用があるの?」

「あるだろ!  なんだ……ほら、私と話したいだろ!」

「うんー!  お喋りしたーい!」


 リリーゴールドがへにゃりと笑う。


 ――私が先に見つけたんだ、リリーを。

 好奇心で手のひら返ししてくる連中が、気に入らなかった。

 それに、私だってまだ魔法の話は聞けてない!

 リリーに質問するなら私の後にしろ!


 

「あっ、そうだった!  イチヒに聞きたいことあったんだ!」

「なんだ?  勉強か?  教えるぞ」

「ううん!  あのね、イチヒって地球って知ってる?」


「知ってるも何も……私の故郷だが」

「えええええ?!  金属星人(メタリニアン)のハーフって言ってなかった?!」

「いや……むしろ言ってなかったか。私は地球人と金属星人(メタリニアン)のハーフだぞ?」


 イチヒが答えると、リリーゴールドはよほど驚いたのか口を開けたまま固まる。


「えっ……じゃあもしかして、もしかしてだけど、地球のでっかいおうちに住んでた?」

「ん?  でかい家?  ――ああ、シェルターのことか?  住んでたが……」


「そっかあ……あのさ、おうちに鳩時計と絨毯ある?」

「怖!!  なんだよそれ……やけに具体的だな……」

「いいから!!  あるの?!」

「……ある。母さんがアンティーク集めが趣味なんだ」

「――そっかあ」


 リリーゴールドは、心底嬉しそうに微笑んだ。

 イチヒにはさっぱり分からない。


 ……というかなんでそんな家のこと詳しいんだ?

 怖いんだけど。


 「えへへ、あのね、あたし……

 ――イチヒに会うために3次元に来たのかもしんない」


「なんだそれ?  入学するまで会ったことなかっただろ」

「えへ〜ひみつー!」


 リリーゴールドは子供みたいにいたずらっぽく笑う。

 大股で歩いて行くので、イチヒは置いてかれまいと急いで追いかけた。


「なあ、リリー。私からも質問なんだが――」

「なぁにー?」


 やっと追いついたリリーゴールドのでかい背中が振り向く。

 イチヒはぺらり、と自分のノートを開いて見せる。


「えっ!!  この天文時計イチヒが描いたの?!」

「あ、いや……そうだが……」

「ほんものみたい!  イチヒ、なんでも出来るんだねー!」


 リリーゴールドが、あまりに純粋に褒めてくるので、イチヒはちょっと気恥ずかしくなってしまう。


「あ……ありがとな。そ、それで。

 ――この天文時計、……本当に動力源がないのか?」

「え?  あるよ?」

「いやそんなさらっと言うなよ!!  そうだと思ってたけどさあ!!」


 イチヒは、自分の予想が当たって嬉しい反面、リリーゴールドがさも当然に答えるものだから悔しくなってしまう。

 ……クソ、私にも……リリーみたいに『原子』まで見える目があったらなあ……

 見えない世界を必死こいて勉強して、教科書と想像力で補ってるんだ、こっちは。

 ――見て理解できるとか、チートにも程があんだろ!!


 

「えへへ、でもイチヒすごーい!  

 イチヒには『見えてない』んだよね?  なのにあたしたちのこと、ちゃんと理解してくれるんだもん!

 嬉しい!  あたし、ひとりじゃないんだなって思えるよ」


 ……なんだよそれ。そんな簡単に、肯定されたら――

 

 リリーゴールドはいつだって素直で真っ直ぐだ。

私の「ずるい」とか「羨ましい」とか、そんな小さくて情けない気持ちなんて、簡単に飛び越えてくる。


 そうやって無邪気に褒められると、嫉妬してた自分がばかみたいで、ちょっと悔しい。


 

「まあな――友達のことは、理解したいもんだろ?」


 だから私は、つい強がってしまう。

 ……リリーの前では、嫉妬なんかする子どもじゃなくて、頼れる友人でいたいんだ。

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