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34 イチヒはいつも気付いてくれる。声すらなくても

「さて、次の質問と行こう。

 今我々がいる、ベガ-アルタイル系が属している銀河がどこか、答えられるものはいるかね?」


 教授が質問をすると、今度は間髪入れずにイチヒがすっと手を挙げる。

 リリーゴールドはそれを見て、なんだか嬉しい気持ちになる。


「おお、では……イチヒ・ヴェラツカ君!」


 リリーゴールドの隣で、イチヒは真っ直ぐに立ち上がった。


「はい!  天の川銀河です!」


「正解である!」


 教授の声が響き渡った。

 イチヒはちょっとだけ、ほっとした表情に見える。

 正解したのはイチヒなのに、なんだかリリーゴールドまで嬉しい。


 ――この時リリーゴールドは、隣のイチヒばっかり見ていて気付かなかったのだが――

 

 講堂の真ん中辺りで、ネイビー頭が悔しそうに揺れていた。

 サフィールと、イチヒは見えない火花を散らしていたのである。


 だが呑気なリリーゴールドは、みんな授業でちゃんと答えててえらいなあ、すごいなあとのほほんと笑っていた。

  

 

「天の川銀河は、最も多くの恒星系を擁し、多くの惑星人が誕生した銀河でもある。

 そして――我々宇宙軍が秩序と安全を維持しつづけている、いわば軍政史における最初の安定圏だ」


 教授の操るホログラムは、円盤状に光の渦が巻いている銀河を立体的に映し出す。


 リリーゴールドは、この平たい円盤に見覚えがあった。幼い日、母と宇宙を渡って初めて訪れた地球は、この銀河の中にあった気がする。

 それから何度か3次元に遊びに来る時は、いつもこの銀河に来た。

 

 ……そっか、安全な場所だから、ママはここに連れてきてくれてたんだ……

 

 リリーゴールドは、キラキラとした目でじっとホログラムを見つめた。

 なんだか懐かしい気持ちがした。


 

「この銀河は、政治・経済干渉を受けにくく、安定している。

 よって、我々の宇宙軍養成学校は、この銀河に置かれているのだ」

 

 教授の言葉にそって、ホログラムは円盤をぐぐっとズームしていく。

 多くの星々を通り越して、巨大な眩く輝く双子恒星が視界に飛び込んでくる。

 ――ベガ-アルタイル系である。

 幾つもの惑星たちをその公転軌道に抱いて、双子恒星は明るく光っていた。


「多くのものが、この天の川銀河出身であると思うが――

 ほとんどの銀河はここより恐ろしい場所だ。

 だからこそ、君たちはこの安全な場所で多くを学ばねばならない。

 

 そして――より多くの星を平和に導き、宇宙平和を体現していって欲しい」


  

 教授の教育者をとびこえた祈るような声音に、講堂にいる全員が引き締まった思いでいた。

 ここに居る全員は、これからこの宇宙を守る軍の幹部となる卵たちなのだ。


「さて、」


 教授がぱん、と手を叩く。

 するするとホログラムは縮んでいき折りたたまれて、虚空にかき消える。


「では手元の教科書、32ページを開いてくれ――」


 リリーゴールドは、慌てて閉じっぱなしだった教科書をパラパラとめくる。

 ちらり、と横を見ると予想通り、イチヒは既にきっちり教科書を広げていた。

 なんなら、ノートまでしっかり取っているらしく、そのページにはびっちりと文字と図解が敷きつめられていた。


 ――えっ、イチヒ……いつノートとったんだろう……


 リリーゴールドといえば、ノートをとるどころかノートを開いてすらいない。

 うう、こういう所だよね!  あたしも、勉強頑張ろうって思ったはずだったのに……!


 強くなるためには、知識がなくちゃいけない。

 知識がなければ、どんな技術も使いこなせない。

 使いこなせない技術は、ないも同じ。


 それを、この前の複合環境障害突破訓練マルチエンバイロンメント・アサルトで思い知ったのだ。

 リリーゴールドは、授業の内容を一生懸命思い出そうとして――諦めた。

 頭の中を、あの日の地球の映像が占めている。

 

 ……あのオレンジ色の髪の毛の子、やっぱりイチヒに似てるなあ……


 リリーゴールドは隣に座るイチヒの横顔を盗み見る。

 金属光沢で鈍く光る、オレンジ色の短い巻き毛。

 プラチナ色の、白銀の肌。


 あ、まつ毛もオレンジ色なんだあ……

 横向きだと瞳の色がよく見えないな、と思った時だった。ばちん、と視線がぶつかる。

 イチヒのシルバーに光る瞳がよく見えた。



「リリー?  ページが分からないのか?  32ページだよ」


 イチヒは小さい声でコソッと言うと、手を伸ばして教科書をめくってくれる。

 めくられたページに目を落とす。

 宇宙軍の歴史、と表題の入ったページだった。

 

「うん、ありがと」


 リリーゴールドも小声で返す。

 ――気付いて貰えた。


 あの日、地球では声すら届かなかったのに。

 今は、声すらなくてもイチヒはリリーゴールドに気付いてくれる。


 それが何だか、たまらなく幸せだった。

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