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33 『あの子』に気付いて欲しかった

33 『あの子』に気付いて欲しかった

「よく見ると、この巨大な天文時計――歯車も螺旋も、どこにも繋がっていないのが分かるだろう。

 この天文時計には動力源がない」


 教授が手を振ると、天文時計のホログラムはゆっくりと回転しながら拡大表示されていく。

 

 金色の螺旋構造が、中心の砂時計全体をぐるりと取り囲み、隙間には金色の歯車がはめられている。

 ――だがどこにも、おわりとはじまりが無かった。

 すべてが独立しているのである。


 

「見て分かるとおり、砂時計に砂は入っておらず、螺旋構造も稼働するための動力源がないのだ。

 我々はこれを――『魔法』による永久機関だと考えている。なんせ、この天文時計は1万年間止まることなく動き続けているからだ」


 教授の言葉に、講堂がざわめきに包まれた。


「……魔法だって?……」

「ほんとうに、あったのか……魔法が……」

「宇宙軍は……魔法を知っていたのか!……」


 

 ――リリーゴールドは、教授の言葉に引っ掛かりを感じていた。

 ……砂時計に砂が入ってない、って言った?


 リリーゴールドは首を傾げた。

 砂は入ってるよ?  キラキラした粒がたくさん……


 それに、金色の螺旋に挟まれた金色の歯車の隣にも、半透明のガラスみたいな光る歯車が重ねて嵌められているように見える。


 キラキラの砂が落ちると、その重みで最下段の半透明な歯車が微かに動き出す。それを金色の螺旋が拾って、また次の歯車に順番に力を伝えていく。


 そうして歯車が全部ぐるりと回ると、正面の大きな文字盤のいくつかがカチカチと回る。

 それが秒を刻んでいた。


「魔女は、魔法の力を使って我々の文明レベルを多大に引きあげてくれた。まさにこの宇宙を救済した魔女なのだ」


 リリーゴールドは、教授の話も聞き流しながら、真剣にこの天文時計の仕組みを視ていた。

 じっと瞳孔を開き、原子の流れを探る。

 どれがどの分子を作って、なんという物質に練りあがってるかは知識が足りなくて分からないけど、見たままに理解することは出来る。


 ……そっかあ、このキラキラしてるとこは全部あっち側の世界――ええと、4次元宇宙だっけ――の物質なんだ!

 

 ……そういえば、あのときママが言ってたっけ。

 あの夜の、砂漠の空で――


 

 ――5年ほど前の、とある晩のこと。

 10歳になったばかりのリリーゴールドを連れて、魔女は『地球』を訪れていた。


 2人は、ふわふわと砂漠の夜空に浮かぶ。

 周りに人影はなく、2人は風に乗ってあちこちを漂う。

 夜の砂漠は、しんと冷えきっていた。


「リリー。あれがね、雲よ」


 ママが空に流れる綿あめを指さした。


「えっと……お水が姿を変えたやつ?」

「そう!  よく覚えていたわね」


 そうしてママは、黄金の懐中時計を取りだした。くるくると針を回して、空の時間を巻き戻していく。

 指の動きに合わせてみるみるうちに空の色が変わった。濃紺の夜から、灰色の昼間へ。

 浮かんでいた綿あめ――雲は、ネイビーからグレーにかわるとじっとりと重たくなる。

 やがて、雲の隙間から水が落ち始めた。


 ぽとん、ぽたん、ぽちょん……

 小さな水の雫が、幼いリリーゴールドの顔に降り注ぐ。


「ひゃ、つめたい!  ママ、これはなぁに?」

「おほほ、これが雨よ。」

「雨かあ……これ、お水に似てるね!」

「そうねえ。この世界では、水はお天気が変わると姿を変えるの。でもね、水は無くなったりしないの。雨になって落ちて、いつか姿を変えて雲になってお空に戻るのよ」

「ふしぎ!!」


 子供の頃、リリーゴールドは4次元宇宙から出たことがなかった。

 4次元宇宙では、天気はいつも晴れだ。

 風ひとつ、自然には吹かない。

 4次元宇宙は、永遠に変わらない。

 

 初めて見る3次元は、リリーゴールドにとって全てが新鮮だった。

 時間が経つと勝手に変わる天気も、触らなくても自然と姿を変える水も、なにもかもが面白かった。


「ねえママ、あたしほかのも見てみたい!」

「そうねえ。じゃあ『地球人』を見てみましょうか」


 2人はまたふわり、と宙を舞う。

 雨はいつの間にか止み、空は濃紺の夜に戻っていた。

 緩やかな砂漠の夜風に乗って、ゆっくりと降下していく。


 そこには、巨大な灰色の建造物がそびえていた。


 そうして2人は、四角い巨大な建物へ近付いていく。

 どんどんと壁沿いを下に降りていくと、枯れた植物に覆われた窓から中を見られることに気が付く。


「ママ、これは?」

「これは地球人のおうちよ。沢山の人がこの中で一緒に生活してるの」

「そうなの?!  沢山の人が一個のおうちにいるの?!」

「そうよ。地球人はね、このおうちにしか住めないの」


 そう言ってママは一つの窓をするり、と通り抜けた。手を差し出され、リリーゴールドも真似して窓をすり抜ける。


 部屋の中は、少し埃臭かった。

 薄暗い部屋に、古めかしい高級そうな絨毯が敷いてある。

 壁には、鳩のからくりが入った時計が掛かっていた。

 部屋の真ん中に、茶色い上質で重そうな机が置いてある。


 部屋の隅の台所に、長い黒髪を一つに結わえた、1人の地球人が立っていた。


「こんにちは!」


 リリーゴールドは、にこにこと声をかける。

 だが、返事は無い。


「あれえ……どうしてお返事してくれないの?」

「おほほほ。それはね、ママたちのことが見えてないし、聞こえてないからよ」

「なんで?!」


 その時、小さな少女がとてとてと歩いて部屋に入ってきた。

 彼女は、金属みたいに光るオレンジのくるくるの髪の毛を肩で切りそろえている。

 年は、リリーゴールドと同じくらいに見えた。


 リリーゴールドは、ぱっと彼女の前に躍り出た。

 話してみたいと思ったのだ。

 だが――


 彼女は、リリーゴールドをちらりとも見ずにすぐ横を通り抜けていった。

 リリーゴールドは、少女の後ろ姿を見送ることしかできない。

 少しだけ、胸がきゅっとなった。



「……ほんとだ……全然気づいて貰えない」

「ママたちの世界の生き物も、物質も、この世界の人にはひとつも見えないの」

「そっかあ……」


 しょぼん、とリリーゴールドは肩を落とした。

 この世界の子とは、気づいて貰えないんじゃ友達にはなれないみたい。


「ふふ、でもねリリー。これからたくさんお勉強して、この世界の子にも気付いてもらえる方法を学びましょう!  

 この世界の『原子』でなんでも作れるようになったら、あなたもあの子に気付いてもらえるわ」

「ほんと?!  ママ、あたしお勉強がんばる!!」



 

 ――そうだ。それであたし、10歳の頃からママに原子の練り方を教えて貰って……


 リリーゴールドの意識は、講堂の授業中に戻ってくる。掌を開いてじっと見つめた。


 ……5年かけてやっと、この世界の原子で自分の身体を作れるようになったんだ。


 掌を開いたり、閉じたりする。

 リリーゴールドの身体は、ちゃんとイチヒにも気付いてもらえるし、触っても貰える。



 ……そういえば、10歳の時に見た地球人の子、イチヒに似てたな――

 でも、イチヒはタングステンの金属星人(メタリニアン)のハーフだって言ってたし、地球にいるはずないか!

 

 ……でも、いつか地球にまた行けたらいいなぁ。

 

 リリーゴールドは、あったかい気持ちになった胸を抑える。

 ……そうだった、授業に集中しなきゃ!

 リリーゴールドが意識を授業に戻した時、ちょうど次の題材に移ったところだった。

オレンジの巻き毛の少女といえば――


(第1話、覚えてますでしょうか……鳩時計……)

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