28 イチヒの影に、太陽は気付けない
「今日呼び出したのは他でもない――銀葬先鋒隊内定についての話だ」
グラヴィアス大佐の言葉に、リリーゴールドは無言で頷く。ついさっきまで、イチヒを呼び出して話している姿を遠目に見ていた。
――イチヒはきっと銀葬先鋒隊に選ばれてるよね! だってあんなに強いもん!
リリーゴールドは、今まで一緒に訓練してきた内容を思い出していた。何をしたら良いかわかんない時だって、イチヒがいつもリリーゴールドの歩む先を教えてくれた。
困っていたら、イチヒはいつだってなんでも教えてくれて、手を差し出して一緒に戦ってくれる。
――イチヒ、どんな顔してたかな……ううん、絶対喜んでるよね! だって、一緒に選ばれたに決まってるもん!
リリーゴールドの脳内には、照れたように笑う顔のイチヒが浮かぶ。
イチヒがその笑顔の裏でどんな影を背負っているのかなんて、リリーゴールドはこれっぽっちも思いつきもしなかった。
「本来諸君ら2人は、最終選抜訓練に参加してもらうはずだったが、今回は異例だ。次回の銀葬先鋒隊の任務から同行してもらう。本物の戦闘を通して、最終決定を下す」
「それって、あたしとイチヒが一緒に戦場に出れるってことですか?」
リリーゴールドは、小首を傾げると尋ねた。自分より何十cmか小さいグラヴィアス大佐を見下ろしながら、目を輝かせる。
「……さよう。もちろん、事前に銀葬先鋒隊として訓練には参加してもらうがな!」
「ありがとうございます! がんばります!」
リリーゴールドは、ぴしっと綺麗に敬礼をした。
子供の頃は、ママと一緒に宇宙船にのって海賊退治をして回っていた。
今度は、イチヒと一緒に戦えるんだ!
先日の複合環境障害突破訓練では、リリーゴールドは生身で模擬宇宙に突っ込まれ、最初は上手く力を扱えなかった。だが、イチヒを守りたい――そう思った時、自然と力が漲った感覚を心が覚えていた。
彼女と一緒ならば、どんな敵と対峙しても勝てる――そんな気がした。
「ハッハッハ! 慎重なヴェラツカとは違い、お前は本当に無鉄砲だな、ズモルツァンド!」
グラヴィアス大佐が大声を上げて笑っている。
リリーゴールドは、イチヒと比べられて何がそんなに面白いのか分からず、キョトンとしていた。
金色の目をぱちぱちと瞬かせる。
「ヴェラツカは、飛び級した自分がきちんと隊に馴染めるかとか、訓練について行けるかとか……きちんと悩んでいた様子だったぞ。なのにお前と来たら……戦場がそんなに楽しみか?」
「んー、戦場はちょっとこわいです。でも、イチヒと一緒にもっと色んな戦いをしたいと思ってます!」
「ほほう? ヴェラツカと共に戦うのはそんなに実りあるものだったか」
グラヴィアス大佐の言葉に、ちょっと立ち止まって考える。
……イチヒは、固くて強くて、頭が良くて。あたしはただ原子を見ることしか出来ないけど、イチヒは分子配列とかも知ってて。
痛いことも、イチヒが守ってくれたから乗り越えられた。
だから……
イチヒと一緒なら、ちゃんと光れるって思ったんだ!
それには……ママに教わった、『魔法』もちゃんと使えるように勉強しなきゃ。
今のあたしじゃ、イチヒみたいに難しいこと何にもできないから……だからもっと、強くならなきゃ!
「はい! イチヒとならどんな作戦だってこなせます!」
リリーゴールドは胸を張って答えた。グラヴィアス大佐は、その様子を見て満足気に微笑んだ。
「その真っ直ぐさは、お前の武器だな、ズモルツァンド! だが、分かっているな?
戦場はそんなに甘くないぞ。その無鉄砲さで隊を危険にさらしかねん。お前は、覚悟を持たねばならない」
グラヴィアス大佐は、そうして少し怖い顔をした。リリーゴールドには、いまいちその“覚悟”が何なのか分からなかった。でも、イチヒを危険には晒したくない。もう二度と。
だから、深く頷いた。
――次はあたしも、絶対にイチヒを守る――!!
「よし。では、今後の日程を伝えよう――」
「イエスマム!」
リリーゴールドは、タブレット型の携帯端末を取り出すと必死にメモをとりはじめた。
――今後の日程は、午前中は新入生としての座学を学ぶ時間となり、午後はイチヒと共に銀葬先鋒隊の訓練に参加する時間となる。
「では、次の訓練で会える時を楽しみにしている。そうそう、諸君らの学年からは、α班のお前たち内定組の他に、β班から『候補生』が出ている。彼は、規定通り最終選抜訓練に参加するから、会う日もあるだろう。
――なんなら、最終選抜訓練にお前ら2人も参加するか?」
「イチヒも一緒ですか? ならがんばります!」
リリーゴールドは、深く考えずに返事をしていた。――それが地獄の幕開けになるとも知らずに。
そして、イチヒにめちゃくちゃ怒られることになるとも知らずに。
「ふむ……冗談のつもりだったが、訓練の一種としてうけるのもよかろう! 残念ながら、複合環境障害突破訓練よりはキツくないかもしれんがな!」
グラヴィアス大佐の楽しげな笑い声が響く。
リリーゴールドはなおも必死にメモをとるのに夢中だった。
――それを遠目で見ていたセルペンス中佐が、やれやれと言った顔で両手を上げて肩を竦めた。
そうして、今後グラヴィアス大佐から言いつけられるであろう『最終選抜訓練』の日程確認のため、端末を取り出してスッスとスワイプしていく。
「これだから、ウチの大隊長は……困った人です」
呟きながら、手際よく『最終選抜訓練』に関する資料と日程表を探し出すと、『銀葬先鋒隊大隊長 グラヴィアス大佐』宛にファイルを送信した。
そして、『上にはご自身で許可を取ってきてください』と書き込むと端末をそっと閉じる。
――まあ僕も、新人と訓練するのは楽しみですけどね!
そうして彼は、悪巧みするような笑みを唇に乗せた。
いつだって、リリーはイチヒが大好き。彼女の影になんて気付けないくらい、彼女をことを真っ直ぐに信じている。
でも、そんな彼女がイチヒを変えていきます。




