26 リリーゴールドは『魔女の娘』なのか?
『ドォォン――!』
薄暗い会議室の巨大スクリーンに、白い太陽が燃え盛る様子が映っていた。
スクリーンの中では、模擬宇宙を構成するLEDが明滅して、ふっと消える。
真っ暗な宇宙で、ドローンを公転軌道にまとい、リリーゴールドだけが真ん中でまばゆく光り輝いていた。
先日の複合環境障害突破訓練の記録映像だ。
その会議室の静寂を最初に割いたのは、冷ややかなセルペンス中佐の声だった。
その薄水色の鱗の生えた腕で、映像端末をカタカタと操作する。スクリーンに映し出された映像は、リリーゴールドが太陽のような炎の球体となった場面で一時停止した。
「被害が軽微だったのは幸いでしたね」
「……正直、あの時訓練を中断すべきだったと思えるであります……反省であります」
基礎訓練の総指揮をとるサルベル少佐は、両手をぎゅっと握ると俯いた。たてがみのような金髪も、勢いを失ってうなだれる。
「なぁに辛気臭い顔をしている! 訓練中断を命令しなかったのは私だ! 私に責任を取らせろ」
赤い髪のグラヴィアス大佐が、勢いよくデスクから立ち上がる。
ゆっくりと歩きながら、スクリーンに投影された白い映像へ近づいていく。
「お前たちも、あの時こいつらの『その先』を見てみたい、そう思ったから途中で訓練を中断しなかった。違うか?」
グラヴィアス大佐が、席に座ったままの2人を振り返る。セルペンス中佐も、サルベル中佐も神妙な面持ちで押し黙ったままだ。
重たく暗い空気が会議室を支配する。
「……私は見てみたかったんだ。困難に直面したあいつらが、どうその困難に立ち向かうのか。どんな力を我々に見せてくれるのか、知りたかったのだよ」
――実際、今回の訓練でリリーゴールドが使った『魔法』は凄まじいパワーを持っていた。
入学すぐの頃、グラヴィアス大佐が監督した『技力テスト』で、AI戦闘アンドロイドとの戦闘訓練で使った『魔法』がおままごとに感じられるくらい。
磁気嵐が起きてしまい、訓練をモニタリングしていた計器はみな狂った数字を記録しており、本当の彼女のパワーを数値化は出来ていない。
だが、あの現場を目撃した教官陣3人はあれが『本物の太陽と同じパワー』だったと肌で感じていた。
「万が一、今回の複合環境障害突破訓練のことで軍法会議にかけられる事があれば、責任は私がとる」
グラヴィアス大佐はまっすぐと前を見据えたまま、力強く重々しく告げた。
その時、扉の向こうからその覚悟を軽くいなす男の声がした。
「――それには及ばないよ、大佐」
扉を開けて現れた初老の男の姿に、席に着いていたセルペンス中佐とサルベル少佐も慌てて立ち上がり敬礼する。
その初老の男は、軍服を隙なく着こなしていた。
肩には煌びやかな星章が何個も並び、金モールが何本も胸元までぶら下がっている。
そして胸元には、おびただしい数の勲章。
襟元と胸元に飾られた精緻な金属プレートが、その地位を示していた。
「……理事長!!」
「はっはっは、私を会議に呼んでくれないなんて水臭いじゃあないか」
グラヴィアス大佐も敬礼をしたまま、スクリーンに向かって歩いてくる理事長を迎える。
理事長も彼らに美しい敬礼で返すと、ニッコリと微笑んだ。
「申し訳ございません、理事長。報告書をまとめるための会議で、教官3人で訓練映像を確認している段階でした!」
グラヴィアス大佐は、直立不動の姿勢をとると朗々と告げる。
「構わないよ。今回は異例づくめだ、報告書の提出が多少遅れることぐらい予想していた。だから直接私が出向いたのだよ」
そうして理事長は会議室の最前列へと腰を下ろした。
それにならってセルペンス中佐とサルベル少佐も、席に着く。
理事長の登場で、会議室の空気が一層張りつめた。
「――さて、私から質問をしても良いだろうか」
「イエス・サー。何なりと」
理事長は、最前列で足を組んで座ったまま語りかける。微笑んではいるが、目の奥の光は鋭いままだ。
グラヴィアス大佐が、3人を代表して返答する。
「君たち3人から見て、『リリーゴールド』は魔女の血縁者だと感じるかね?」
「……イエス・サー。彼女の力は大いなる『魔法』の力だと我々の目には見えます」
グラヴィアス大佐の返答に、セルペンス中佐とサルベル少佐も同意するように頷く。
「……ふむ、データは取れているのかね?」
「ノー・サー。残念ながら、リリーゴールドの力の余波のため計器は全て誤作動しておりました」
「ほう……それは確かか?」
理事長からの静かな問答に、その場にいる全員が緊張に包まれる。
グラヴィアス大佐が、サルベル少佐の方を向いた。
「……サルベル少佐、訓練前に間違いなく計器の点検は行ったか?」
「イエス・マム! 訓練前の点検では問題がありませんでした」
「……なるほど。大佐、映像を巻き戻してリリーゴールド君が力を発揮したはじめから見せてくれないか」
「イエス・サー。直ちに」
グラヴィアス大佐の返事を聞くと、セルペンス中佐がスっと立ち上がり彼女に目配せした。
グラヴィアス大佐が頷くと、セルペンス中佐が端末を操作する。
パッと画面は切り替わり、前のスクリーンには、イチヒがドローンからの一斉射撃をその身一つで受け止めるシーンが流れた。
間髪入れずに、リリーゴールドが空中に浮かび上がると、画面が揺れるほどの衝撃波が彼女を中心に広がる。ドローンの映像もノイズが走り、ジジッとぶれた映像が録画され続けている。
次の瞬間、模擬宇宙の星を模したLEDは激しく点滅してかき消える。リリーゴールドの周りを取り囲んでいたドローン50機が、見えない力で歪み、リリーゴールドの周りを規則的に円を描いて公転し始める――
理事長は、無言のままじっとスクリーンを見つめていた。
教官陣3人も、固唾を飲んでその様子を眺める。
「……『魔女神話』には、『見えない力で時間を操る』ことと、『見えない力で空中から何かを出した』とある。リリーゴールド君も、手を使わず『見えない力』でドローンを操り、周囲の計器をも狂わせた……」
理事長は己の顎を撫でながら、静かに語り出す。
その表情は、心なしか楽しげですらあった。
まるで、リリーゴールドの力が強ければ強いほど、理想的だとでも言うように。
「……『我々の宇宙』でこのような力のある種族は、確認されていないようだね」
「イエス・サー。私の教官人生でもリリーゴールドのような存在は一度も見たことがありません」
「……もちろん、偶然の一致という可能性も排除はできない。だが、科学的に証明できない現象を前にした時こそ、我々は古代の神話の中に答えを探すことも必要だ。そう思わないかね?」
「イエス・サー。その通りです」
グラヴィアス大佐の返事に、理事長は満足げに頷いた。
「……リリーゴールド君と、そのバディイチヒ君を必ず銀葬先鋒隊に入れなさい。この力は、私たちがきちんと管理し使用するべきだ」
「イエス・サー! 必ずや!」
「宇宙軍の体制はこれでまたひとつ磐石なものとなるだろうね。指導に励みなさい」
理事長はまた腹の底のしれない笑顔をニッコリと浮かべ、立ち上がると部屋を後にする。
3人は、その背中を敬礼して見送った。全員の背中に嫌な汗が伝い、会議室は異様なまでの緊張感に支配されていた。
扉の閉まる音がして、会議室にまた元の静寂が戻る。
――恐れていた予想通りの展開だな。
グラヴィアス大佐は、気づかれないようにため息をついた。
その力故に、少女たちは望むと望まざるとに関わらず、宇宙軍の兵器として利用されるだろう。時に非道に。
「――これにて会議を終了とする。サルベル少佐! 本日の議事録をまとめ、報告書として提出せよ」
「アイアイ・マム! 直ちに!」
グラヴィアス大佐の声に、サルベル少佐は敬礼すると立ち上がり部屋を出ていく。
「……僕たちが、できる限り彼女たちを大人から守りましょう、大佐」
「そうだな……私たちが教えねばならん。世界は綺麗事だけでできてる訳じゃないことをな」
セルペンス中佐とグラヴィアス大佐も、静かに会議室を後にした。




