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25 『4次元の賢者』は魔女の娘を知っている

 その夜、イチヒとリリーゴールドは外出許可を貰い、シジギアの街にいた。

 宇宙軍養成学校の周りは、観光地化しているようだった。

 許可をとってなさそうな宇宙軍グッズやら、宇宙軍焼きなどという食べ物を売る屋台やらが軒を並べている。


 

「見てみて!  イチヒ!  見たことない食べ物売ってる!」


 リリーゴールドに腕を引っ張られる。

 今夜のリリーゴールドは、珍しく私服の白いシンプルなワンピース姿だった。ぼんやり光る身体と相まって、ちょっとお化けみたいだな……とイチヒは思う。

 夜道でぬぼーっとたたずまれたら怖いに違いない。

 隣にいる分には、懐中電灯代わりになるんだが。


「こら、リリー。人を待たせてるんだから、いちいち引っ掛かるな!」


 ほぼ全ての店の前で立ち止まるリリーゴールドを急かしながら、待ち合わせの公園に向かう。




「ごめん、父さん。遅くなった」

「いいんだよ。突然来てもらってありがとな。……父さん、帰る前にゆっくりイチヒと話したかったんだよ」


 イチヒたちが公園に着く頃には、既にイチヒの父とマエステヴォーレが待ってくれていた。


「フォフォフォ。久しぶりの学外じゃ。物珍しくもあるじゃろう」

「そうなのー!  変な食べ物売ってた!」

「フォフォフォ!  そうかそうか」


 長い白い髪のリリーゴールドと白い長髪に白い髭のマエステヴォーレは、色彩も相まってまるでおじいちゃんと孫に見える。

 なんだか2人は馬が合うようだ。



「それじゃ、父さんと食事に行ってくるよ」

「うん!  また後でね、イチヒ!」


 リリーゴールドと手を振って別れる。

 

 イチヒは、父と久しぶりに2人で外食に行くのだ。

 リリーゴールドは、マエステヴォーレから『魔女の娘』と話してみたいと言われて2人で出かけるらしい。



 ――それから1時間後。

 リリーゴールドと、マエステヴォーレはオーブン焼きの店で食事をしていた。


「……それで、あたしに聞きたかったことってー?」


 リリーゴールドは、スプーンで海老をすくう。

 平たくて小さめの鉄フライパンみたいなお皿に、ピンクの海老を白いチーズと赤いトマトで煮た料理が入っている。

 緑のパセリがふりかけられ、白いチーズはオーブンで焼かれてとろとろのカリカリだ。

 メニュー名は覚えられなかったけど、シジギアの有名な料理らしい。

 人気みたいで、ほかのテーブルでもほとんどの人がこれを食べていた。


「なーに、イチヒ嬢のことはこーんなちっちゃい頃から知っておってな。その友人を見てみたかったんじゃ」


 マエステヴォーレは、そう言ってグラスをかたむけた。

 リリーゴールドは、スプーンに載せた海老をぱくりと頬張る。じゅわ、とスパイシーな香りが口に広がった。

 それから、じっと瞳孔を開いて、目の前の長い白髭の小柄な男を見る。


「――ほんとにそれだけ?……マエステヴォーレさん、『こっち側の世界』の人じゃないよねー?」

「……ほう。正解じゃよ、リリー嬢……『目』はしっかりと使いこなせておるのぅ」


 マエステヴォーレはワインを一口飲み込んでから、ゆっくりと口を開いた。

 彼の緑色の瞳が、優しい微笑みでそっと細められる。


「儂は――おぬしの母とおなじ『4次元宇宙』から来てこっちに住み着いておる。

 儂はメタルコアと、そこに住む金属星人(メタリニアン)をたいそう気に入っておるのじゃ」

「それって……イチヒたちのこと?」

「うむ。金属のように真っ直ぐで壊れやすい不器用なあやつらに、ちぃと生きる術(リフォージ)を教えてやったのじゃよ」


 それを聞いて、リリーゴールドは今回のイチヒの修理手術(リフォージ)で金継ぎをしたのが目の前のドワーフだったことを思い出した。


「イチヒのこと、直してくれたんだよね!」

「フォフォフォ、そうじゃ。タングステンは硬すぎて、直すのがちいと難しいからのぅ」


 マエステヴォーレは、笑いながらその三つ編みの長い髭を片手で弄ぶ。

 それから少し、考える素振りをした。


「あの魔女の娘が3次元で暮らすと知った時は、どうなる事かと思っておったが……まさかイチヒ嬢と、こんな仲良くなるとはの、運命とは分からぬものよ」

 

「マエステヴォーレさん、……ママのこと知ってるの?!」

「フォッフォッ、もちろん知っておるとも。あの子は儂らにとっては末っ子みたいなものじゃ」


 マエステヴォーレは優しく微笑む。


「産まれたばかりのあの子は、おぬしに少し似ておった」

「それって、ママの子供のころ?」

「儂らは歳を取らぬのじゃよ。生まれた時から今の姿のままじゃ。だから子供の頃と言うと少し語弊があるが――」

「えっ?!  じゃあマエステヴォーレさん生まれた時からおじいちゃんだったの?!」

「待てい。それはかなり語弊があるぞ」


 ごほん、と咳払いをひとつするとマエステヴォーレはまた語り聞かせる。

 リリーゴールドは、目を輝かせながら彼の話に耳を傾けた。


「おぬしは……儂ら4次元と、3次元の入り交じった存在のようじゃな。儂にもとんと見えぬが――

 儂ら4次元の存在と、3次元の存在ではルールが違うのじゃよ、リリー嬢。儂らは不変のルールに従って生きておる」

 

 

「そうじゃ、『魔女神話』は知っておるか?」

「うん!  こっちの世界で沢山きいたー!」

「あれはな、おぬしの母が産まれたての頃3次元に来てあちこちの惑星でやらかした話じゃ」

「そうなの?!」


 マエステヴォーレは、懐かしむように遠くを見つめる――


 『魔女』は、生まれてすぐひとりぼっちだった。

 なぜなら、彼女は3次元宇宙で言うブラックホールそのもの――『特異点』として生まれ、その誕生の瞬間、星々を引き寄せ、押し潰し衝撃波(ビックバン)を起こした。

 そしてあたりの星々から光を奪い、故郷の星さえ吹き飛ばしてしまったのだ。

 頼るものもない彼女は、どこか静かに暮らせる場所を求めて、『3次元』へ渡った。

 それが3次元では1万年ほど前のこと。



「儂も、メタルコアではちいとばかし『神話』になってしもうたが、あの子は手当り次第色んな惑星を渡り歩いたもんだから、あちこちの惑星に神話を残しておるのじゃ」


 リリーゴールドは、この話を聞いて遠くに感じていた『魔女神話』をなんだか身近に感じていた。

 今はママに会えないけど、3次元宇宙で『神話』を読んだら、いつでもママに会える気がした。


「なにせ生まれたてじゃからのぅ、善悪の判断もつかんし、4次元の技術がどんな影響を与えるかなんか考えもしなかったんじゃろう――」


 マエステヴォーレはふっ、と目を伏せる。まるで何かを憂うように。

 


 リリーゴールドには、彼の気持ちはまだ理解できそうになかった。

 彼女もまた、――生まれたてだからだ。


 4次元の魔女と3次元の太陽から生まれたリリーゴールドもまた、不変に近い寿命がある。

 そんな彼女にとって、15年など瞬きのようなものなのだ。



「よく分かんないけど……、あたし『魔女神話』ちゃんと勉強する!  ママがどうやって生きてきたか、知りたい!」

「よいよい。学ぶことは良い事じゃ。おぬしはこの世界で学ばねばならないことが山のようにある」


 マエステヴォーレはまるで賢者のような、深い笑みを浮かべた。


 

「さて、もう帰るとするかのぅ。遅くなってはイチヒ嬢が心配するじゃろうて」


 

ついに、世界の謎が紐解かれはじめました。

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