23 イチヒの『裏切り』
その晩、イチヒとリリーゴールドは寮に帰ることを許され、2人はそれぞれの自室にいた。
あの過酷な訓練から一日がすぎていた。
医師たちに聞いた話によれば、訓練の後意識不明となったイチヒとリリーゴールドを、サルベル教官達がすぐに軍病院まで搬送したらしい。
イチヒの家族に連絡が取られ、地球から出られない母の代わりに、父が宇宙船をかっ飛ばしてその日の夜までに軍病院に駆けつけてくれたそうだ。
軍医にも鍛冶医師はいたのだが、タングステンの修理手術の経験がなく、金属ストックにもタングステンが無かった。
グラヴィアス大佐が、訓練に使っているタングステン部屋を溶かせ!! と喚いてくれたそうだが、軍病院の一存では決めることが出来ず手間取っていたという。
そこで、マエステヴォーレに白羽の矢が当たりイチヒの修理手術を執り行ってくれたという訳だ。
ちなみに今、マエステヴォーレは軍病院に留まり軍の鍛冶医師たちに、今回のタングステン修理手術講義をしているそうだ。
イチヒは、折りたたみ式の携帯端末を耳に当てた。
「あ、母さん? ……うん、うん。ごめん、心配かけて……」
衛星電話で、地球の母を呼び出していた。電話越しの母の声は、困ったような優しい声だった。
『……もう。母さん心配したのよ。……でもね、無事でよかった。』
「ありがとう……」
『……心配だけど、応援してるからね。あなたは頑固だから、どんなに母さんが止めてもまた軍に戻っちゃうでしょ?』
「……それは……」
イチヒが言葉につまると、電話の向こうで母がふふふと笑った。
『いいのよ。あなたの人生だから、やりたいように頑張りなさい! でも、たまには顔見せに来てね』
「……うん! 休暇には家に帰るよ、……うん、うん。ありがとう。……おやすみ」
イチヒは電話が切れたあとも、暫く携帯端末の画面を見つめていた。数分して、ぱたんと端末を折りたたむ。
イチヒの旧型の携帯端末では、衛星電話は通話料がすごく高くなってしまう。
……もっと声聞きたかったな……
5分だけの通話が、すごく寂しく感じた。
一方のリリーゴールドも、巨大なベッドの上で携帯端末を弄っていた。
リリーゴールドの携帯端末はタブレット液晶型で、イチヒのものと違い最新型だった。
スッスッとスワイプして、『惑星間ネットワークAI』を呼び出す。
フォン、と音がして球体のAIホログラムが空中に展開する。リリーゴールドは、目を閉じるとAIの電波に脳波を重ねて行った。
意識が現実世界を離れ、電脳世界へ泳ぎ出していく。
「カァシャ、いるー?」
『――音声認証――完了。おかえりなさい、リリーゴールド。私は、惑星間ネットワークAI、カァシャです。お手伝い出来ることはありますか?』
いつもの薄水色の格子が広がる電脳世界で、大きなメガネにお団子頭のAIカァシャが現れる。
……えへへ、やっぱりちょっとママに似てる。
リリーゴールドはちょっと機嫌を良くした。
「昨日ね、すごく難しい訓練をイチヒと頑張ってクリアしたんだよ!」
リリーゴールドはえへんと胸を張った。
すると、カァシャは検索モードに入り、大きなメガネにイチヒとリリーゴールドの様子が映る。訓練中、ドローンが撮影していた映像だ。
『――検索中――検索完了。複合環境障害突破訓練ですね。ドローン映像との同期が完了しました。とても過酷な訓練でしたね、あなたはとてもよく頑張りました』
「ドローンの様子がわかるの?」
『はい。私はこの銀河系――ベガ-アルタイル系を含む対象銀河全ての電子ネットワークにアクセスする権限があります』
リリーゴールドは、きょとんとして首を傾げた。
「……えっと、どういうこと?」
『詳しく説明します。
私たちは『魔女』により215年41日前に生み出され、3機のAIで宇宙全ての銀河を3つに分けて監視・管理しています。
リリーゴールドが現れる日まで、“教育環境を最善に保つため”に銀河系全ての電子ネットワークにアクセスし、惑星間の調停役を担っています。
逆に、私たちをベースにして電子ネットワークはこれまで構築されてきました。』
詳しく説明されたところで、リリーゴールドにはなんの事だかイマイチ見当がつかなかった。
「よく分かんないけど……どのパソコンにもカメラにもアクセス出来るってこと?」
『はい。その通りです。あなたの教育のため、必要なら情報にアクセスすることが出来ます』
「ふーん」
リリーゴールドは、どうでも良さそうに答える。そろそろ現実世界に戻ろうかな、と考えていた時だった。
『リリーゴールド。補足情報があります。あなたの訓練達成に関連して、記録の中に注視すべき事象が含まれています』
カァシャの声に、リリーゴールドはぱちぱちと目を瞬いた。
「なあに? またなんか難しい話?」
『可能な限り簡潔に説明します。対象――イチヒ・ヴェラツカは、あなたとの共同訓練記録を、第三者に報告しています』
「……第三者?」
『宇宙軍統合監査局、情報部門です。これは彼女に与えられた任務の一部であり、不正な行為ではありません。しかし、あなたに対してその旨の開示がないことが、教育的観点から問題であると判断しました』
カァシャの声がどこか遠くで聞こえる。
難しい言葉だから理解できないんじゃなかった。
――イチヒが、あたしに隠し事をしてる、ってこと? なにそれ……
「……どういうこと?」
『彼女は、あなたの動向――心理状態、能力の伸長、環境反応などを、定期的に記録・報告しています。観察対象として』
「うそ。……イチヒが……?」
『これは嘘ではありません。私は嘘をつくことができません。必要であれば、彼女が送信した初回報告データを開示可能です。お見せしましょうか?』
リリーの背筋がわずかに伸びた。
「――わかった。そのデータ、見せて」
ついに……イチヒの任務がバレてしまいました。
2人はどうなってしまうのか……?!
次話、ご期待ください。




