21 君を絶対に守りたい
――残りエネルギー30%……
イチヒは手元の自動プラズマ小銃に目を落とす。高速連射モードで打ちまくったせいで、エネルギーパックのほとんどを消耗してしまった。
――クソ、一体どうしたらいいんだよ――?!
イチヒは唇を噛む。
リリーゴールドなら、もしかしてこの環境を打破する力をまだ隠しているかもしれない――!
例えば、食堂で使った『時間を操る金色の懐中時計』のような魔道具があるかもしれない!
イチヒは、期待を込めてリリーゴールドを振り向いた。しかし……
そこにいたリリーゴールドは、幼い子供のように震えていた。白い顔がいつもより青白くなっている。
……どうしよう、どうしようどうしよう!!!
炎が出せないよぉ! 燃えられない……!!!
リリーゴールドは生まれてから今まで、最強の魔女に守られ生きてきたのだ。
己の力の使い方も、全て母が教えてくれた。
……ママがいないとあたし、何にもできないんだ……
燃えられない恒星なんて――
その時、2人を包囲していた50機のドローンが一斉に閃光を吐き散らした。
何十発ものプラズマ光が2人の周りで次々に炸裂していく。
――リリー!!!
イチヒは考えるより先に、身体を投げ出していた。
イチヒは全力で手を伸ばす。
――そして、リリーゴールドの前に割って入った。
砲撃光が視界を焼き、衝撃波の嵐が遅れて追いかけてくる。
プラズマ弾が、イチヒの右腕を直撃した。
火花が弾け、タングステンの外殻が裂けていく。衝撃で破片が無重力空間を飛び散った。
極寒の真空に露出した金属細胞が、凍てつくように悲鳴をあげる。
それでも、イチヒは倒れなかった。
――助けられてばかりじゃダメだ、私がリリーを守る……!!
イチヒの身体は盾のようにリリーゴールドの前に立ち、次の砲撃から彼女を守っていた。
――その時だった。
――イチヒ――! だめえ――!!!
……あたしがやらなきゃ、イチヒが壊れちゃう!!!!
リリーゴールドの叫び声が、真空の宇宙空間に響くはずもない。
――ドォォォン……!!
模擬宇宙空間全体に、低く重い振動が伝わった。
リリーゴールドの身体を中心として、見えない衝撃波が同心円状に広がっていく。無数の荷電粒子が、嵐のように吹き荒れる。
リリーゴールドを中心に起きたそれは、紛れもなく太陽風だった。強い電磁波が飛び交い、LEDの星々が、波紋のように明滅を繰り返した。
空間が――歪む。
リリーゴールドを中心に、重力が急激に圧縮されていく。
50機のドローンが、まるで見えない糸に引かれるように、彼女の周囲に引き寄せられていく。完璧だった隊列が崩れ、抗えない力によって円軌道を描き始めた。
――な、なんだ――!?
イチヒは、砕けた自分の身体の痛みも忘れて、リリーゴールドを見つめていた。
リリーゴールドの瞳が、強く輝く。
鈍い金色から、とろけ出すような眩い金色へ。まるで恒星の核そのものが宿ったかのように、瞳の奥で核融合反応が始まっていた。
次の瞬間、リリーゴールドの背中から、巨大な太陽フレアが噴出する。
輝く白い炎が、彼女の身体から螺旋状に吹き上がる。真っ暗な宇宙を、まばゆく照らす光がどこまでも伸びていく。
――綺麗だ……
イチヒは、太陽から目を逸らせずにいた。リリーゴールドの全身が白く輝いていた。
軌道上を公転し続けるドローンたちに、強烈な電磁波と放射線が一斉に降り注ぐ。
ドローンの目のような赤いセンサーライトが、チカチカと点滅する。
電子回路が悲鳴を上げていた。
制御システムがオーバーロードを起こし、次々に機能を停止していく。
だが、それでも終わらない。
リリーゴールドの白炎の体積は、どんどんと膨れ上がっていく。
最初は彼女の身体を包む程度だった炎が、1m、2m、5m――と拡大を続ける。
軌道上でもがき続けるドローンたちを、その炎の球体が徐々に飲み込み始める。
機械の装甲が溶け、回路が蒸発し、ドローンは次々と光の中に消えていった。
――これが、太陽の真の力……!!
イチヒは、その圧倒的な光景に息を飲む。
リリーゴールドの白い髪が、まるで太陽風のように宇宙空間に舞い踊っている。
彼女は、もはや1人の少女ではなく銀河の中心で燃え続ける恒星そのものだった。
50機のドローンは、跡形もなく消え去った。
気付けば、模擬宇宙を照らしていたはずのLEDの星の光も消えていた。
完全な暗闇の中、リリーゴールドだけが光り輝く。
そして、ゆっくりと炎が収束し始める。
リリーゴールドの瞳の光が、再び穏やかな黄金色に戻っていく。
彼女はイチヒを振り向いて――
……イチヒ無事だね、よかった……
イチヒに向かってふにゃ、と微笑んだ。
音は聞こえなくても、唇が『イチヒ』『よかった』と動いたのだけは分かった。
ふっ、と意識を失いリリーゴールドはその場にくずおれた。
イチヒは慌てて、リリーゴールドの元へ急ぐ。リリーゴールドは気を失ったまま、宇宙空間に漂っている。
完全に光を失ったリリーゴールドの身体を抱きしめると、引きずるように真空を泳いでいく。
――リリー、無事なんだよな?!
イチヒは、彼女の発光が完全に消えた瞬間を見た事がなかった。嫌な予感が胸を占める。
速る鼓動のまま、先を急ぐ。
この模擬宇宙を抜ければそこが、ゴールラインだ。
イチヒは砕けた右腕を伸ばす。
カチッ――
何か壁のような物にぶつかり、その瞬間に暗闇が消え視界が一気に開ける。
『ズモルツァンド、ヴェラツカペア、第4障害スポットを突破――!! 新兵での初回クリアは、史上初の快挙だァ――!!』
そこにはドローンではなく、マイクを持ったサルベル教官本人が居た。
傍らには、赤い髪と、青い鱗――
グラヴィアス大佐と、セルペンス中佐も並んでいる。
――終わった、のか……
イチヒの重たい身体は、巨大な友人を背負ったままその場に崩れ落ちた。
序盤最大の訓練編の一大バトル、これにて完結!
次話から物語が加速していきます。
ここまで読んでくださってありがとうございました!
章の区切りまで来たので、ここでひと息。
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