20 『無力な太陽』と『弱い金属』、ついに絶望を知る?
イチヒは真っ暗な模擬宇宙空間をキッと睨みつける。LEDの星の光があちこちで瞬いていた。1歩進む。
もう1m先からは宇宙だ。
『各自、自動プラズマ小銃のエネルギーパックを補充し、敵を殲滅せよ!』
上空からドローン越しに、サルベル教官の声が降り注ぐ。
イチヒとリリーゴールドの元に、手のひらサイズのエネルギーパックが降下してきた。それを受け取ると、背中に背負っていた自動プラズマ小銃に素早く充填する。
キィィン……。小銃の起動音が響いた。
2人は、両手でそれをぎゅっと抱え直す。
「……リリー。狙撃訓練の成績は?」
「……えへ……下から数えた方が早いくらい……」
「だよな!!」
イチヒは、何日か前の狙撃訓練の様子を思い出していた。
射撃訓練は、まだ数える程しか参加していない。
――私も、10発で1回当たればいいレベルだ……
自動プラズマ小銃のエネルギーパックは、出力調整すれば100ショット以上撃てる。だが、高速連射モードでは高出力になりショット数はもっと減少してしまう。
つまり。
2人で全エネルギー撃ち尽くしても、50機の殲滅はかなり絶望的だ。
「クッソ、なんでもう実戦訓練なんだよ――!!」
イチヒは、複合環境障害突破訓練の目的が、『訓練兵を絶望させるため』だとまだ知らなかった。
――音もなく、黒い宇宙空間に浮かび上がる50機の攻撃用ドローン。
真っ暗な背景に、規則正しく並んだ赤いセンサーライトがぼうっ、と灯っている。
それは、漆黒の天井に吊された無数の目のようにも見えた。
ドローンは、全機が楕円状に隊列を組み上空約30メートルの位置に静止している。
小さな羽音も立てず、かすかに姿勢制御用の推進粒子の輝きを散らしながら、まるで生き物のように見下ろしてくる。
イチヒたちが射程に入ってくるのを待つかのように、誰一体として動かない。
不気味なほど統率の取れた沈黙だった。
――でも、残り時間は50分しかない――!
イチヒはごくりと喉を鳴らした。額にじんわりといやな汗が滲む。
今回の試練は『殲滅』だ。
こいつらをかいくぐってゴールラインを踏んでも、クリアしたことにはならない。
「リリー、……あいつら全部バグらせることは出来るか?」
とにかく時間を稼ぎたい。50機に包囲されたら、こちらの攻撃が通る前に、イチヒの身体が割れてしまう。
リリーゴールドが目を閉じて……すぐに眉間に皺を寄せて目を見開く。
「……無理ぃ!!! 数が多すぎて電波の特定が追いつかないよー!!」
「……そうか。なら仕方ないな!」
イチヒは覚悟を決めた顔で走り出す。
リリーゴールドも、同じように腹を括ったのか険しい顔で走り出した。
「――イチヒ! ……やってみる!……燃えるかわかんないけど!」
「おう! 頼んだ!」
リリーゴールドが地面を蹴って跳躍する。無重力空間にその勢いのまま突っ込むと、ふわり、と宙を舞う。
リリーゴールドの白い髪が、真っ暗闇の宇宙に煙るように広がった。意志を持つように、髪のひとすじひとすじが青い炎を纏い、揺らめいている。
リリーゴールドは一気に燃え上がると、ドローン部隊めがけて突撃した。
しかし突っ込んだ瞬間、ドローン部隊は迷いなく離散していく。
まるでひとつの意思で繋がっているかのように、50機が正確な角度で放射状に散った。
空間を立体的に分断しながら、全方位から包囲陣形を再編成していく。
一方リリーゴールドの炎はどんどんと収束していき、ほのかに身体を照らす程度に収まってしまった。
内部から燃やすはずのエネルギーが、まるで空間に吸い取られるように立ち消えていく。
――なぁんでえ?! 炎が弱い!!
リリーゴールドは、真空空間でパクパクと口を動かした。
……あ、声出ないんだった!!
イチヒは、無重力で漂いながらじたばたと悔しがってるリリーゴールドの様子を見る。
――音が聞こえないから、何て言ってるかわかんねえ!!
……でも、1機も燃やせてないってことは……
イチヒは、隊列を組んでリリーゴールドの炎から逃れたドローン部隊を睨みつけた。
――ドローンがめちゃくちゃ俊敏な上に、リリーの火力が不安定なんだ……
先程の様子を見るに、リリーゴールドの火力は地上に居た時よりだいぶ弱まっているように見えた。
太陽ならば、真空でも核融合により発火出来るはずだ。
イチヒはリリーゴールドの言葉を思い出していた。
『つまり、……自分単騎で宇宙空間に行ったことは……?』
『なーい!!』
真空空間での、己の出力レベルをコントロール出来ないのかもしれない。
地上では、周りにいくらでも引火出来る可燃物質がある。自分の出力が少なくても火がつきさえすれば、燃える。
真空空間では周りに引火できる物質がない。純粋に自分の核融合だけで、膨大なエネルギーを生み出せなかったら燃え続けられない。
――リリー! 火力を上げろ!!
口パクで伝えてもこの距離じゃ、唇の動きなんか見えるわけもない。そもそもイチヒもリリーゴールドも、読唇術は学んでない!
……聞こえるわけないか、なら、
――私が突っ込むしかない!!
イチヒは、擬似惑星の大地を強く蹴って、無重力の空間を滑るように突っ込んだ。
照準を素早く合わせると、右手の小銃を高速連射モードに切り替えて引き金を引く。
音もなく、濃紺の宇宙に鋭い光線が連続で走った。
銃の反動だけが、無音の世界でイチヒにプラズマショットの実感を与える。
だがその直後、ドローン部隊が異様な速度で左右にばらけた。
標的はまるで攻撃を予測していたかのように、0.3秒単位で揃って旋回、反転、急停止を繰り返しながら立体回避行動を取る。
なっ……!? 速ッ……!!
発射されたプラズマ光は、わずかに遅れて虚空を裂くだけ。
高速連射による弾幕さえ、連中には通じない。まるで自分の照準とタイミングが、常に読まれているかのようだった。
ちくしょう、こっちはスピードでおせば当たると思ってたのに!!
イチヒはなおも撃ち続ける。だが、センサーが捉える命中反応はゼロのままだ。
――AIに照準リズムを解析されている……そんな嫌な予感がイチヒの引き金を引く手を止めた。
視界の端で、ドローンのひとつが素早く身体をひねり、プラズマ光をギリギリでかわしたのが見えた。
――ただ回避しているんじゃない。こいつら、戦闘AIで精密計算して避けてるな……?!
イチヒの背中に冷たい汗がつうっと伝う。
突破口が――見えない。
ご安心ください。バトルは次話まで続きます。




