19 それ、幻覚にしては怖くなさすぎる
突然、前方に現れた光――
ほのかに発光する白い巨体が、立ち込めるガスの中で蜃気楼のように揺らめく。
「……これは、リリーだな……」
イチヒには、これが幻覚だととうに分かっている。だが……
――たまたまリリーにくっついていたから回避できたが、もしもひとりきりの時を狙われたら?
私はこの『友人の幻覚』を、きちんとニセモノだと判断できただろうか……
イチヒの記憶そっくりなリリーゴールドが、ゆらりと揺れる。
だが、その金色の瞳は冷たい。
かつて食堂で笑っていた彼女の面影は、そこにはない。
まるで恒星そのもののような、何もかもを焼き尽くす、圧倒的な熱量と重力だけがそこにあった。
リリーゴールドの幻が口を開く。
「……ひとりぼっちは嫌だよぉ……」
……ん?
これ、怖くはないな?
イチヒはぱちぱちと瞬きをする。本来、幻覚は無意識下の恐怖が呼び起こされるはずだが――
その刹那、リリーゴールドの幻影の背後にバチバチッと静電気のような光が走った。
「……偽物なんか消えちゃえ!」
本物のリリーゴールドが、目の前に電磁波を飛ばしていた。
ガコン、と幻影が音を立てて落下した。
――2人で真っ直ぐ歩いた先には、壊れてひび割れたホログラムを投影し続けるドローン型ユニットが落ちている。
どうやら、ただの幻覚ガスではなくホログラムとの合わせ技だったらしい。
下手に味方に擬態しようとした結果、イチヒには中途半端に怖くない幻影が見えてしまったようだ。
「……本当に怖いとするなら……」
――私が、リリーを裏切り続けてる現実だ。
私は、いつまで理事長の『任務』の言いなりになる気なんだ……?
イチヒは、ギュッと拳を握る。
「……イチヒ?」
「あ、ああ。なんでもない」
心配そうに覗き込んでくるリリーゴールドを、イチヒは下手くそに誤魔化した。
そのままガスエリアを突っ切って歩くと、見覚えのある高い人工壁に行き着いた。
2人で扉に触れると、壁にぽっかりと穴が空く。
『い、イレギュラーはあったが、ズモルツァンド、ヴェラツカペア、第3障害スポットを踏破ァ――!』
お馴染みのサルベル教官の大声が、スピーカー越しに響き渡る。
『残るエリアは1つ! 心して最後の試練に挑め!』
――最後のエリアは、『極寒無重力エリア』だ。
恐らく、イチヒにとって最も過酷な試練となる。
……タングステンは高温では最強だが、低温では簡単に割れてしまう。
人工壁に空いた入口から、入ってきた時と同じように外へ出る。
出た瞬間、イチヒは息を飲んだ。
「……綺麗だ……。これ、模擬宇宙か?」
数メートル先に、真っ暗な世界が広がっていた。あちこちに人工の星の光が瞬いている。
「わ〜! キラキラしてる!」
リリーゴールドも少し屈んで手を伸ばす。
「つめた?!」
リリーゴールドは慌てて手を引っ込めた。
宇宙空間対応戦闘服越しでも、温度が全く分からなくなるわけじゃない。
人工星の輝きの向こうに、赤く点滅する『!』マークが見える。最後の障害スポットだ。
『ズモルツァンド、ヴェラツカペア、第4障害スポットに到達! 残り時間は50分! 時間内に障害を全て排除し、ゴールラインに到達せよ!』
サルベル教官のドローンがブーンと高く上昇していく。
その時、模擬宇宙から音もなく50機はあろうかという攻撃用ドローンが現れた。
真空空間では音が伝わらない。
聴力に頼らず、この膨大な数のドローンを全て撃ち落とさなくてはならない。
1機づつの攻撃力も、防御力も大して高くは無い。だが、フォーメーションを組んで数の暴力で降りかかる敵をどう排除するか――
……何より問題は、この極寒環境でタングステンがかなり弱いことだ。
常温より寒い環境では、ガラスと同じ強度ぐらいしかなくなってしまう。
「硬さ以外で、どう勝負するか……」
イチヒは口の中で呟く。
だが、リリーゴールドは恒星だ。
そもそも宇宙空間に存在しているはずだから、むしろ彼女の独擅場になるかもしれない!
イチヒは期待してリリーゴールドを振り向いた――
「……ママなしで、ひとりで燃えられるかな……」
リリーゴールドは青い顔で、浮かび上がる50機のドローン郡を睨みつけていた。
「……リリー、魔女と一緒に宇宙海賊討伐したって言って無かったか?……」
「言ったけど……ママの宇宙船乗っててママと一緒だったし……」
「つまり、……自分単騎で宇宙空間に行ったことは……?」
「なーい!!」
「なるほどね?!」




