表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

19/114

18 幻影なんかに惑わされない距離の近さ(物理)

 リリーゴールドが先頭を進み、イチヒはその後ろにピタッと張り付いて進んでいく。

 さらにドローンが、2人の歩む軌道をなぞって着いてくる。

 

「なんで……そんな近く飛んでんだ……」

 


『何故だか分からないがガスが晴れていくぞォ――!

  中和剤でも持っていたのかァ?!

  いつもこのエリアはガスでカメラに鮮明に映らないのだ。ありがたい次第である!』


 

 ドローンからサルベル教官の大声が響く。


  

「いやいつも見えてなかったのかよ?!  危険すぎんだろ?!  毒性ガスだぞ?!」

 

 イチヒのツッコミのキレも、すっかり普段通りだ。リリーゴールドが隣にいる安心感がそうさせていた。


「……イチヒ。おかしい。なんかいる――」

 

 先導するリリーゴールドが足をピタリと止めた。イチヒはリリーゴールドから離れないように、彼女の脇の下から顔をのぞかせる。


 

 前方を見ると――そこには、『リリーゴールド』が立っていた。

 

「は?!  リリー?!」

「え?!  イチヒ?!」

 

 2人の声が重なる。イチヒは、リリーゴールドの脇の下に顔を突っ込んだまま、頭上のリリーゴールドを見上げる。

 リリーゴールドも、脇の下のイチヒに視線を落とす。

 

「……どゆこと?  イチヒがふたり?」

「んな訳あるかぁ!  私が本物だよ!!  迷いようがないだろ!!  というか、」

 

 ――なるほど、『幻覚ガス』ね。

 

「私には目の前のソレは、リリーに見える」

「そうなの?!  なんであたしがふたり?!」

「いや、どう考えてもお前が本物だろうが!!」


 ――恐らく、今回の障害スポットはこうだ。

 教官のアナウンスが『ガスエリアを突破しろ』とだけ伝え、参加者は今回の試練は毒性ガスだけだと誤認する。そしてガスの中で幻覚を見せ、本物のバディがどこか探させる――チームワークと信頼を試す試練だ。


 

「まさかべったりくっついて歩いてるとは、予想外だったわけだ?」

 

 イチヒはくるりと振り返って、真後ろのドローンに問いかける。


 『………………』

 

 ドローンはだんまりを決め込むようだ。浮遊する稼働音だけが響き渡る。

 こうなってしまってはそもそも試練にすらならない訳だが――


「ひっ……イチヒがぁ……」

 

 目の前のリリーゴールドの巨大な背中が震える。

 

「どうした?  だからイチヒは今あんたの背中にくっついてるって――」

「……あ。そうだった。こっちのイチヒが本物だったぁ、よかったぁ」

 

 どうやら、意地の悪い幻覚らしい。リリーゴールドは、子供みたいに瞳を震わせてイチヒを見る。

 

「何が見えた?」

「ええとね――」


 

 ――リリーゴールドの視界に、ガスの立ちこめる中友人がひとりで立っていた。

 リリーゴールドの目は、確かにソレがイチヒの姿形をしていると認識していた。

 ソレは、イチヒの姿形でにこりと笑う。だが、何かがおかしい。

 ……どろり、と蝋が溶け出すように白銀の金属の肌が溶け落ちた。

 いつも知的に光るシルバーの瞳は、光を失っている。死んだ目で笑いながら、友人はゆっくりこちらに近付いてくる。そして。

 

 『リリー、あんたが燃やしたんだ』

 

 鼓膜の奥にノイズだらけの声が張り付いた――


 

「うわ……」

 

 リリーゴールドから幻覚の内容を聞いて思わずえづく。自分が溶けるイメージはあんまりしたいものじゃない。

 たぶん、神経毒か何かだ。幻覚は基本、本人の一番恐れるイメージを脳が作り出して起きる。

 

 ――そうか、怖いのか、リリー。

 リリーゴールドは、とんでもなく強くて、常識を吹っ飛ばした『魔法』も使える。でも、その力が自分でも怖いんだ。

 こいつは、めちゃくちゃ強い完璧な英雄じゃない。

 

 

「リリー、こっちを見ろ。私はお前に燃やされてない。お前は、――私を絶対無理燃やさない」

 

 リリーゴールドを無理やり振り向かせると、首が痛いほど見上げてその金色の瞳をしっかり見据える。不安そうな瞳が何往復か彷徨って、イチヒのシルバーの瞳とかち合った。

 

「……ん。大丈夫、あたし、イチヒを燃やさない」

 

 リリーゴールドは何度か瞬きをすると深呼吸して、イチヒのシルバーの瞳をしっかりと見つめ返して来た。

 

「そうだ。お前は力をコントロールできてる。それに、」


 

「タングステンを舐めてもらっちゃ困るな。あんたの普段の炎じゃ焦げもしないね」

 

 ――そりゃ、恒星本体の最大出力を出されたら一瞬で消し炭になるけども。

 

 リリーゴールドが普段そんな高火力を撒き散らして歩いていないことは、同室のイチヒが一番よく理解していた。

 

「えへへ、そうだよね!  イチヒ強いもんね!」

 

 リリーゴールドにいつもの調子が戻ってきた。彼女は安心したようにふにゃ、と笑う。

 イチヒは、あやすようにぽんぽん、とその長い腕を叩いた。


 

 

「さて、じゃあ私にも『幻覚』とやら見せてもらおうか?」

 

 イチヒは、ガスのもやの奥に佇むリリーゴールドの幻覚を睨みつけた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ