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17 光分解でイチヒをいつの間にか守っていた件

「ん? 何て?」

 

 イチヒは今聞こえた単語が理解できずに反射で問い返す。

 

 ――今、『引火しない』って言ったか?


 


「あたし、――恒星なんだよね」

 

 リリーゴールドがさらりと言った台詞が、イチヒの脳みそに到達したのは数秒してからだった。


 

「いやいやいや、恒星って、あの恒星?!」

「うん? どの恒星のこと言ってるかわかんないけど――あたし、燃えてる恒星のほう」

「いや、どのほうだよ?! ってことは、太陽とか、ベガとか、アルタイルとか! 核融合してるあの恒星?!」

「うん」

 


 ――全く理解が追いつかない。リリーが恒星だって?

 人間が太陽なことがあるか? 比喩ではなく、物理的に?


 

 だが、イチヒの脳内に授業初日に見た、チタン合金アンドロイドとタングステンを燃やした青い炎の記憶が蘇る。

 そして、入学前の『太陽の力が使える』という噂も。

 食堂で見た、手を触れずに上級生を潰した重力魔法も。

 ――今目の前で、体が青白く発光していることも。


 本当にリリーゴールドが太陽と同じ恒星ならば、理解は出来る。

 恒星は常に燃え盛る星。

 恒星の引力と重力が、周りの惑星の重力のルールを決めるのだ。

 

「あんた本当に……『太陽の魔法』が使えたのか……」

 

 イチヒの呟きに、リリーゴールドは笑ってやんわり否定する。

 

「もー、イチヒ。言ったでしょ? 魔法じゃなくて物理だって。まぁでも……」

 


「こっちの世界じゃ『魔法』かもね!」

 

 リリーゴールドはいつものように、子供じみていたずらっぽく笑った。


 

「頭も治ったし、次行こっかー!」

 

 リリーゴールドに促され、頭の整理もつかないままイチヒも後に続く。

 今日は、宇宙空間対応戦闘服を着ているから恐らくこのまま壁の中に突入しても大丈夫なはずだ。

 イチヒは金属だし、リリーゴールドは恒星だ。

 ならば、仮にガスが生体に有毒でも恐れることは無い。


 2人は重たい壁に埋め込まれた扉に触れた。

 扉は、ブロック体にほろほろと解けながら、壁に吸収されていく。

 その瞬間、目の前に点滅する『!』マークが現れた。

 ぽっかりあいた入口からは、青緑がかったもやが足元に溜まっているのが見えた。

 ガスが充満して光の屈折を歪めたのか、入口の奥の空間は揺らめいて見える。


 

 『ズモルツァンド、ヴェラツカペア第3障害スポットに到達! ガスエリアを乗り越え、次のエリアに到達せよ!』


 

 ドローンからサルベル教官の声が落ちてきた。


 

 『なお、今回のエリアでは顔面保護具を支給する!』


 

 その声とともにドローンは低空飛行すると、かこん、とふたつのゴーグル付きガスマスクを放出する。


「……もしかして、結構やばいやつなのか……?」

 

 イチヒはガスマスクを拾い上げ、装着するとカチッとロックをはめた。

 そして、狭まった視界からもう一度地面にたまるガスを凝視した。

 リリーゴールドもガスマスクを装着して、金色の瞳を見開いてガスを観察している。

 

 ――原子が見えると言ってたな? 

「リリー、ガスの成分はわかるか?」

 

 イチヒの問いに、リリーゴールドはくんくんと鼻を鳴らしながら、もやの漂う空間をじっと見つめ続ける。

 

「うーん、見えるんだけど……原子の粒が沢山あって、何の分子になってるかわかんない……酸素もあるし、硫黄っぽいのもあるし、たまに水っぽいのも見えたかなあ……」

「……お前、さては頭に化学式入ってないな?!」

「ごめーん、量が多くて覚えてないよお」

 

 リリーゴールドがガスマスクの向こうで申し訳なさそうな顔をしている。

 

 ……見えてもそれがなんなのかわかんないんじゃ、特定しようがないか……

 ――待てよ? 『見える』? 知覚できるんだよな?

 

「リリー! 目で見える以外に、なんか分かることないか? ……匂いとか、触り心地とか」

 

 イチヒの声に、リリーゴールドはぱぁっと明るい顔に戻る。

 

「分かるよー! えっとね……」


 

 ――イチヒには成分は見えないし、原子の触り心地なんか分かるわけない。でも。

 特徴さえ分かれば、化学式が頭に入っているのだ。


 

「……ちょっと焦げくさくて、あと、魚が腐ったみたいなにおい。ピリピリする感じもある。あと、なんか……重い。まとわりつく感じ?」

「焦げた匂い? ……リンか? 魚の腐敗臭も一致するな……ホスフィンかもしれない。リンを含む毒性の強いガスだ。まとわりつくなら、何か揮発性のケイ素系かも……」


 イチヒはガスマスク越しに周囲を睨む。

 空気の層が微かに揺れて見えるのは、光が屈折しているせいだ。酸性の成分が多い空気のせいで、視界も歪んでいる。

 

「湿度も高いし、硫酸のエアロゾルが混ざってるかもしれないな。つまり、皮膚に触れたら焼ける」 

「わー、やだやだ、そういうの。あたし、顔だけ出てるからなあ……」

 

 リリーゴールドがマスクの頬をぽんと叩いて、冗談めかす。

 

「でもね、これ――」

 

 そう言ってリリーゴールドが一歩、ガスの中に踏み出す。すると、彼女の体の周囲のもやが、光に照らされるようにふわっと後退した。

 

「……たぶん、大丈夫! あたしが歩くと、空気が勝手に逃げてく感じするー」


 

「逃げる……光でガスを分解してるのか?  恒星の本体スペックがレベチすぎて意味わからん……」

「へへー。あたし、燃えてるし? 光も出してるし?」

 

 リリーゴールドは得意げに胸を張って笑う。金色の瞳が、ほのかに光を反射している。

 

「……いやでもそれ、本気ですごいことだぞ。

 紫外線か――いや、もっと短波長のエネルギーか? 

 ……プラズマに近いか?

 ――とにかく、光で化学物質を壊してるんだ。お前の後ろにいれば、このガスから逃げられる。

 ガス除去、恒星版……」


 

「んーとつまり、あたしが前歩いて、イチヒが後ろついてきたらオッケーってこと?」

「そう。それが一番安全だ」

「よーし、あたし、そういうの得意!」


 そう言って、リリーは軽やかにガスの中へ踏み出した。もやが晴れ、青緑の靄が道のように開けていく。イチヒはその背に続きながら、心の中で呟いた。


 ――太陽かよ、お前……ほんとに。

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